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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第41話 九州地方奪還作戦、参加メンバー

――氷室龍也視点――


端末の通知音が鳴った瞬間、俺は手にしていたグラスを静かに置いた。

氷が溶ける音だけが、山小屋の中に響く。


差出人は、探索者協会。

件名を見ただけで、内容はだいたい察しがついた。


「……九州、か」


北海道方面の深層制圧。

それが、今の俺の主戦場だ。


氷結系の魔法は寒冷地との相性がいい。

環境に恵まれていたのは事実だし、それを最大限活かすのが俺の戦い方でもある。


だからこそ、俺は“最強候補”なんて呼ばれている。

派手に前へ出るタイプじゃない。

凍らせ、止め、削る。


敵の動きを奪い、味方が安全に戦える時間を作る。

それが俺の役割だ。


通知を開く。


――九州地方奪還作戦

――魔境認定区域

――参加は義務ではない


その一文に、わずかに口角が上がる。


相変わらずだな、探索者協会。

建前は、いつも同じ。


「……まあ、行くしかないだろ」


魔境。

熱量が異常に高く、瘴気の質も歪んでいると聞く。


通常の氷結魔法は効率が落ちる。

それでも、完全に無意味になるわけじゃない。


急激な温度差。

空間そのものを凍結させる技術。

氷は、単なる冷気じゃない。


俺は、氷を“形”として使う。


防壁。

拘束。

戦線の分断。


前に出るやつがいるなら、俺は後ろで地盤を固める。

それでいい。


それに――


「若手最強の刀使いも来る、か」


鷹宮刹那。

名前くらいは、嫌というほど聞いている。


他にも、関西の指揮官。

自衛隊の狙撃手。


……人選は悪くない。


俺は立ち上がり、外套に手を伸ばした。

窓の外では、雪が静かに降っている。


「北海道は、しばらく留守にする」


誰に言うでもなく呟く。


救える範囲は、限られている。

一人で全部は無理だ。


だからこそ、届く場所には行く。


「凍らせるだけだ。いつも通り」


氷室龍也は、淡々と装備を整え、

魔境へ向かう“準備”を始めていた。



――久遠寺 恒一視点――


静まり返った指令室で、無数のモニターが淡く光っている。

地図、瘴気分布、ダンジョン反応、探索者の位置情報。


そのすべてが、私の意識の中に重なって見えていた。


端末に届いた通知を、視界の隅で捉える。


探索者協会。

九州地方奪還作戦への参加要請。


「……来ましたか」


私は椅子に深く腰掛けたまま、念話のチャンネルを一つ閉じる。

今この瞬間も、関西圏では複数のクランが私の指示待ちだ。


私のクラン――

千里眼せんりがん


関西を拠点とする大規模クランで、正規メンバーは約百二十名。

探索・支援・後方管制に特化した編成で、単独の戦闘力よりも統制を武器にしている。


前線で派手に戦う者はいない。

だが、スタンピート鎮圧の成功率は国内トップクラス。


理由は単純だ。


「見えているから、死なせない」


私の固有魔法は、距離を無視した意思疎通――念話。

そして、そのパスを通じた支援魔法の同時展開。


さらに、超広範囲を網羅する探査魔法。


戦場を“俯瞰”する。

それが、私の戦い方だ。


通知を開く。


――魔境

――九州全域

――前例なし


「……厄介ですね」


正直な感想が漏れる。


魔境では、地形も、法則も、常識も変わる。

探査魔法の精度も落ちるだろう。


だが、ゼロにはならない。


「不完全でも、情報は武器です」


誰かが、全体を見る必要がある。

前で殴る者。

守る者。

撃ち抜く者。


その全員を、同時に繋ぐ存在が。


「私の役割、というわけです」


私は立ち上がり、指令室の中央に向かう。


「第一管制を私が担当します」


念話を開き、クラン幹部へ一斉通達。


『九州方面、私が抜ける。第二管制は副長に委任』


即座に、返答が返ってくる。

誰一人、理由を問わない。


それが、《千里眼》だ。


「大規模クランの長として」


そして、探索者として。


「行かない選択肢は、ありませんね」


誰もが自分の戦場を持っている。

私の戦場は、地図の外側。


――混沌の中に、秩序を引く。


久遠寺 恒一は、静かに準備を進めながら、

すでに魔境の“全体像”を思い描いていた。



――早乙女 澪視点――


照準を覗いたまま、私は呼吸を数え続けていた。


三百。

風向き、微風。

魔力干渉、許容範囲。


引き金にかけた指先に、余計な力は入れない。


「――着弾」


次の瞬間、遠方で小さな爆ぜる音。

補助魔法を重ねた矢が、的の中心を正確に貫いた。


私は弓を下ろし、肩の力を抜く。


「……問題なし」


中部方面防衛線。

自衛隊探索者部隊の射撃訓練場。


ここが、私の居場所だ。


矢筒を整えていると、背後から足音がした。

振り向く前に、声が飛んでくる。


「早乙女一等陸尉」


「はい」


即答し、姿勢を正す。


上官は、端末を手に、必要最低限の言葉だけを投げてきた。


「九州方面だ。魔境認定区域」


その一言で、理解する。


「奪還作戦への参加命令が下りた」


探索者協会ではない。

これは――自衛隊としての指令。


「了解しました」


考える余地はない。

命令だから、ではない。


私は、自衛隊探索者だ。

防衛線を支えるために、弓を引く。


戦い方は、昔から変わらない。


魔法で補助した弓。

極端な長射程。

敵の攻撃範囲に入る前に、排除する。


前線の一歩後ろ。

だけど、誰よりも遠くを見る。


「魔境は、視界が悪いでしょう」


私がそう言うと、上官は頷いた。


「だからこそ、お前が必要だ」


その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。


「現地では、民間探索者との混成部隊になる」


鷹宮刹那。

氷室龍也。

久遠寺恒一。


名前を聞きながら、頭の中で距離と役割を組み立てる。


「了解です」


私は弓を背負い、装備を確認する。


感情は、表に出さない。

恐怖も、不安も。


「撃つべきものを、撃つ」


それだけでいい。


的を守るために。

後ろにいる誰かを、生かすために。


早乙女 澪は、静かに敬礼し、

魔境へ向かう準備を始めていた。



――アレクサンダー・“グリム”・ハワード視点――


 俺の一日は、数字で始まる。


 目覚めて最初に確認するのはニュースでも天気でもない。

 口座残高。

 正確には、俺のスコアだ。


 ――悪くない。昨日より増えている。


 それだけで気分は上向く。金は嘘をつかない。努力と結果を、最も公平に数値化してくれる。

 だから俺は戦う。だから俺は生き残る。

 単純で、健全で、実にアメリカ的だ。


 そんな俺の端末が鳴ったのは、コーヒーを一口飲んだ直後だった。


 表示された名前を見て、俺は口笛を吹く。


「……はは。ずいぶんと大物から来たな」


 回線の向こうにいるのは、合衆国大統領。

 直属の補佐官を介さない、直通回線だ。要するに――本気の案件。


『アレクサンダー・ハワード。九州地方の魔境奪還作戦に参加してほしい』


 要件は簡潔だった。嫌いじゃない。

 だが俺は、即答しない。


「で? 報酬は」


 沈黙。

 ほんの一拍遅れて、提示された金額を聞いた瞬間――俺は眉をひそめた。


「安いな」


『……妥当な額だ』


「命を張る仕事に“妥当”はねえよ。しかも相手は魔境だ。

 アメリカ最強の探索者を使うなら、プレミアムを払ってもらわねえとな」


 交渉は、いつも冷静に。

 感情を挟むのは三流だ。


 俺は数字を並べる。

 過去の討伐実績、生還率、被害軽減率、作戦成功率。

 俺が戦場に立ったことでどれだけの金が守られ、どれだけの金が生まれたか。


「この条件じゃ赤字だ。最低でも、ここまでだな」


 提示した金額は、最初の倍。

 我ながら美しい跳ね上がり方だ。


『……検討する』


「三秒でいい」


『……』


 沈黙は、長かった。

 だが最後に返ってきた言葉は、悪くない。


『条件を飲もう。追加報酬も付ける』


 俺は笑った。

 交渉成立だ。


「契約成立だ、大統領閣下」


 通信を切り、もう一度スコアを確認する。

 まだ増えてはいないが――増える未来が確定した数字ほど、心躍るものはない。


 それに。


 魔境?

 だから何だ。


 確かに未知だ。危険だ。

 だが俺は、そういう場所でこそ生き残ってきた。


 俺の戦い方は単純だ。

 圧倒的な火力、徹底した効率、無駄な動きを一切排した殲滅戦。

 恐怖? そんな感情はコストに見合わない。


「魔境だろうが地獄だろうが、

 倒せば金になる」


 それだけだ。


 アメリカ最強?

 ああ、自負はある。


 だがそれは慢心じゃない。

 生き残ってきた結果としての事実だ。


 九州か。

 遠いが、悪くない投資先だ。


 俺は装備リストを開きながら、口角を上げる。


「さて……スコアを、どこまで伸ばせるか」


 魔境?

 問題ない。


 数字は、裏切らないからな。



――???視点――


――暗号化された国際回線が接続される。


 画面の向こうに映るのは、日本の総理大臣。その背後には官房長官と数名の高官が控え、空気は張りつめていた。

 対する画面には、中国政府の高級外交官と、その横に静かに立つ一人の人物。


 外交官が、形式ばった微笑みを浮かべて口を開く。


「日本国総理大臣閣下。

 まずは、日米による九州地方奪還作戦の開始決定、承知いたしました」


 言葉遣いは丁寧だが、声音には探るような圧がある。


「魔境の拡大は、もはや一国の問題ではありません。

 我が国としても、極めて強い懸念を抱いております」


 総理は一瞬、目を細めてから答えた。


「ご懸念は理解します。しかし今回の作戦は、日本の領土回復を目的としたものです。

 現時点では、日米間の協力体制で――」


「ええ、承知しております」


 外交官は言葉を遮らず、しかし被せるように続ける。


「だからこそ、我が国は支援を申し出るのです」


 その瞬間、画面の端に立っていた探索者が一歩前に出た。


 黒髪。

 感情の読めない瞳。

 軍服でも探索者装備でもない、しかし一切の隙を感じさせない佇まい。


「我が国政府直属探索者、

 ――趙 天嵐ジャオ・ティエンラン


 外交官が名を告げる。


「対深層・対災害戦闘において、単独行動での成功率は九十八パーセント。

 現在、中国最強と認定されている存在です」


 趙は、軽く一礼しただけだった。

 視線は画面越しに総理を捉え、微動だにしない。


「日本側の指揮権を侵害する意図はありません」

「しかし、魔境という前例のない脅威に対し、戦力は多いに越したことはないはずです」


 総理は沈黙する。

 官房長官が小さく息を吸う音が、マイクを通して聞こえた。


「……これは、参加要請というより――」


「既に準備は整っております」


 外交官は、穏やかに、しかし断定的に言った。


「輸送ルート、補給計画、指揮系統の調整案。

 すべて、日本政府の承認待ちという段階です」


 趙 天嵐が、初めて口を開く。


「魔境は、国境を選ばない」


 低く、淡々とした日本語だった。

 だがその一言には、圧倒的な確信が宿っている。


「日本が戦うなら、我々も戦う。

 それだけだ」


 総理は、ゆっくりと息を吐いた。


 日米。

 そして――中国。


 九州地方奪還作戦は、いつの間にか世界規模の力学を引き寄せ始めていた。


「……検討の場を設けましょう」


 そう答える総理の背後で、誰もが同じことを感じていた。


 ――魔境を巡る戦いは、

 もはや単なる奪還作戦では終わらない、と。

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