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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第40話 リオ、裏方の戦場へ

店内に流れる空気が、ひとつの結論に落ち着いたあと。

私は胸の奥に残ったざわつきを、無理やり整えながら背筋を伸ばしていた。


覚悟は、決まった。

それでも、怖くないわけじゃない。


そんな私に、店長はいつもの調子で声をかけてくる。


「理央」


「はい」


反射的に返事をすると、店長はカウンターにもたれ、淡々と指示を出し始めた。

その声音は、戦場に向かう人のものというより、繁忙期前の段取り確認みたいで――逆に、胸に刺さる。


「まず一つ目」


指を一本立てる。


「かくりよ亭は、臨時休業だ」


予想していた。

それでも、正式に言われると喉が少し詰まる。


「公式アカウントから告知を出してくれ。理由は正直に。しばらくの間、店主不在で営業できないって」


「……承知しました」


私はすぐに頷いた。


「あと、今日は店に残ってくれ」


「残って、ですか?」


「来た客には、直接事情を説明してほしい」


常連の顔が、頭に浮かぶ。

納得してくれる人もいれば、心配してくれる人もいるだろう。


「誤魔化すな。変に美談にもするな」


「……はい」


その方が、かくりよ亭らしい。


「二つ目」


店長は、次の指を立てた。


「麗華に連絡を取れ」


その名前が出た瞬間、私は即座に理解した。


「西園寺グループとの連携ですね」


「ああ。魔境に入った俺のところまで、ダンジョン食材をできるだけ安定して送れる補給路を作りたい」


魔境。

通常の物流が完全に死んでいる場所。


「単発の支援じゃ意味がない。継続的にだ」


「……難易度は高いですが」


私は、ゆっくりと息を吸う。


「西園寺グループなら、可能性はあります」


「だろ」


店長は、当たり前みたいに言う。


「協力要請だ。頭は下げていい。条件も詰めていい」


「分かりました。私が交渉します」


言い切ると、不思議と怖さが薄れた。

役割がある。

それだけで、人は前に進める。


「三つ目」


最後の指。


「……奥の手だ」


その言葉に、私は自然と表情を引き締めた。


「深淵クラスのダンジョン食材を、フルパーティ分」


一瞬、頭が真っ白になる。


深淵。

国家レベルの管理対象。

流通そのものが存在しない領域。


「すぐに使うとは限らない」


店長は、視線を逸らさずに言う。


「でも、使えるなら命を救える。切り札は、用意できるうちに用意しておく」


……相変わらず、無茶だ。


「可能性を洗います」


私は、はっきり答えた。


「ギルド、研究機関、保管庫。西園寺グループ経由も含めて、動けるところは全て当たります」


「頼む」


その一言が、重くて、でも嬉しかった。


指示は、以上。

私が頷いたのを確認してから、店長は刹那さんの方を見る。


「前は任せた。後ろは、俺と理央で固める」


刹那さんは、静かに頷いた。


「了解です、店主」


ヒースが、小さく鳴く。

まるで、「行こう」と言っているみたいに。


店長は、最後に全員を見渡して、軽く手を叩いた。


「それじゃ」


ほんの一瞬、空気が張り詰める。


「各々、行動開始だ」


その宣言を聞いた瞬間。

私はもう、迷っていなかった。


かくりよ亭は、止まらない。

形を変えて、前に進む。


私は深く一礼し、端末を手に取る。


――支える番は、私の仕事だ。



――――――


カウンターの上に端末を置き、深く息を整える。

感情のままに動くわけにはいかない。

今の私は、かくりよ亭の“後方司令”だ。


連絡先を開き、迷わずその名前を選ぶ。


西園寺 麗華


数コールもしないうちに、映像が繋がった。


画面の向こうには、いつも通り――

腰まで届くドリルのような巻き髪、場違いなほど整ったドレス姿。


けれど、その表情はいつになく真剣だった。


「ごきげんよう、高瀬さん。……連絡が来ると思っていましたわ」


既に察している。

さすが、西園寺グループの後継者。


「はい。状況はニュースの通りです」


私は簡潔に切り出した。


「店主と鷹宮さんは、九州魔境奪還作戦に参加します」


一瞬、麗華さんの瞳が揺れる。

けれど、すぐに理性で抑え込んだのが分かった。


「……店長さんも、ですのね」


「はい」


肯定すると、画面の向こうで麗華さんは、ゆっくりと背筋を伸ばした。


「それで。わたくしに求めるのは」


「補給です」


言い切る。


「魔境内部の店主の元へ、ダンジョン食材を可能な限り安定して供給できる補給路を構築したい」


「通常の流通は不可能。単発では意味がありません」


「継続性が必要です」


一拍置いて、続ける。


「これは、かくりよ亭のためでも、西園寺グループの利益のためでもありません」


「――前線を、生かすための話です」


麗華さんは、目を閉じた。

数秒。

考えているというより、覚悟を整えている時間だった。


「高瀬さん」


目を開け、はっきりと言う。


「その役目、わたくしが引き受けますわ」


即答だった。


「よろしいのですか?」


「もちろんです」


麗華さんは、ほんの少しだけ微笑む。


「店長さんが魔境に入るというのなら、西園寺グループが支えない理由がありません」


「物流部門、装備部門、探索者支援部門を横断して特別チームを組みます」


次々と、具体的な言葉が出てくる。


「魔境周縁までの輸送ラインを確保。そこから先は、探索者協会および自衛隊との連携が必要になりますわね」


「ダンジョン食材の確保は?」


「浅層から中層は、既存ルートを再編成すれば安定供給可能です」


「深層食材は……数は出ませんが、質を重視した選別を行います」


私は、自然と拳を握っていた。


「ありがとうございます」


「当然ですわ」


即答。


「それと」


麗華さんは、少しだけ声のトーンを落とす。


「“奥の手”のお話ですわね?」


「……深淵クラスです」


そう答えると、彼女は静かに頷いた。


「西園寺グループの保管庫に、国家研究機関との共同管理下にあるサンプルが存在します」


心臓が跳ねる。


「フルパーティ分は……正直、難しいです」


現実的だ。


「ですが」


続く言葉に、息を呑む。


「“使える形”に加工できる前提であれば、可能性はあります」


――店主なら、できる。


その確信が、私にもあった。


「手続き、政治的調整、責任の所在」


麗華さんは、きっぱりと言った。


「全部、わたくしが引き受けます」


一人娘としてではなく。

西園寺グループの代表として。


「ありがとうございます……麗華さん」


感謝の言葉しか出てこない。


「礼は、全員が生きて戻ってきてからで結構ですわ」


画面越しに、強い視線。


「それまで、後方は完璧に回します」


通信が切れる。


私は、端末を胸元に抱え、静かに息を吐いた。


やれることは、決まった。


・臨時休業の告知

・来店客への説明

・西園寺グループとの補給路構築

・深淵クラス食材の確保交渉


――全部、私の仕事だ。


視線を上げると、店の奥で店長が準備を進めているのが見えた。


「……任せてください、店長」


小さく呟き、私は次の連絡先を開いた。


支える覚悟は、もう揺らがない。

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