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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第39話 九州へ、料理人も出陣

――その連絡が来たのは、かくりよ亭の昼営業が終わり、店内にゆるやかな静けさが戻った頃だった。


テーブルを拭き終え、カウンター裏の座敷でまかないを待っていた私は、端末の振動に気付いて画面を見る。

表示された差出人を見た瞬間、胸の奥がわずかに冷えた。


探索者協会。

正式な連絡用の、無機質なアドレス。


……来た、か。


九州。

第十八区画。

魔境認定。


ニュースを見ていなかったわけじゃない。

全国が騒然としているのも、探索者界隈がざわついているのも、嫌というほど伝わってきていた。


それでも――

「私に」直接来ると、話は別だ。


端末を操作し、要件を確認する。

簡潔で、事務的で、それでいて重い文面だった。


――九州地方奪還作戦。

――探索者協会を通じた協力要請。

――参加は義務ではない。

――だが、あなたの戦力を必要としている。


読み終えた瞬間、私は小さく息を吐いた。


義務じゃない。

それは、はっきりと明記されている。


探索者は兵士じゃない。

命を賭けることを強制される存在ではない。


それでも。


「……若手最強、か」


自嘲気味に呟くと、妙にその言葉が浮いて聞こえた。

過去に与えられた称号。

誇らしくもあり、同時に重荷でもある名前。


私は一度、深層で死にかけた。

あの時、もし店主の料理がなければ――

私はもう、ここにはいない。


刀を握る手も。

誰かを守ろうとする意思も。

全部、あの一食で繋ぎ止められた命だ。


だからこそ。


「……助けられるなら、助けたい」


それは、探索者としての使命感じゃない。

義務感でも、名誉欲でもない。


ただ、自分が生きている理由として、自然に浮かんだ言葉だった。


私は立ち上がり、座敷を出る。

カウンターの向こうでは、店主が片付けを終えた鍋を火から下ろしているところだった。


「店主」


声をかけると、彼はちらりとこちらを見ただけで、特別な反応はしない。

いつも通りの、ぶっきらぼうな横顔。


「どうした」


「少し……話がある」


理央さんも、レジ締めを終えたところだったらしく、こちらに気付いて会釈をする。

ヒースは、カウンターの影で丸くなっていて、私の気配に気付くと小さく尾を揺らした。


私は、全員の視線が集まったのを確認してから、ゆっくりと口を開く。


「探索者協会から、連絡が来た」


その一言で、空気がわずかに引き締まったのが分かる。


「九州地方奪還作戦への、協力要請だそうだ」


理央さんが息を呑む音。

店主は、手を止めないまま、静かに聞いている。


「……参加は義務じゃない。断っても問題はないって、ちゃんと書いてあった」


そこは、強調しておきたかった。

誰かに背中を押される形にはしたくなかったから。


「でも」


私は、言葉を選ぶように一拍置く。


「それでも、って思った」


視線が、自然と店主に向いた。


「私は、一度死にかけた。若手最強なんて呼ばれてても、あっさりだ」


刀一本で、どれだけ強くなっても。

限界は、確かにあった。


「それを助けてくれたのは……店主の料理だった」


はっきりと言うと、胸の奥が少し熱くなる。


「だから今の私は、ただ強い探索者じゃない。支えられて、ここに立ってる」


カウンター越しに、店主の視線が一瞬だけこちらに向く。

その目は、いつも通り冷静で、でも逃げない。


「若手最強なんて、大層な名前で呼ばれる立場なら」


私は、拳を軽く握る。


「助けられる命があるなら、助けたい」


それが、自分勝手な願いだとしても。

無謀だと笑われたとしても。


「……私は、行こうと思ってる」


言い切ると、不思議と心は静かだった。


「ただ、勝手に決めたって思われたくなくて」


だから、ここで言った。

かくりよ亭の仲間に。

私が帰ってくる場所だと、信じている人たちに。


「店主。理央さん。ヒース」


一人ずつ名前を呼ぶ。


「私は、探索者として行く。でも……ここで過ごした時間を、無駄にはしない」


料理を食べて、笑って、守られてきた日常を。

ちゃんと、背負っていく。


そう告げたところで、私は言葉を切った。


この先、どう返されるのか。

それを聞く覚悟は、もうできている。


――かくりよ亭の静かな店内で、

次に交わされる言葉を待ちながら、

私はただ、立っていた。


――店主の返事は、私が身構えるよりもずっと軽かった。


「なら、俺も行くか」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……は?」


間の抜けた声が、自分の口から零れるのを自覚する。

店内に流れていた静かな空気が、その一言でぱきりと音を立ててひび割れた気がした。


店主は、まるで明日の仕入れ先を変えるかどうかを相談するみたいな調子で、エプロンを外しながら続ける。


「魔境だろ。ああいう特殊環境なら、探索者ライセンス返上してるかどうかなんて、正直形骸化する」


視線が合う。

その目は、冗談を言っている人間のそれじゃない。


「それに――」


店主の足元で、気配を察したヒースがむくりと起き上がり、短く喉を鳴らした。

三メートル級の本体を内側に押し込めた、幼体の姿。

けれど、その内側にある力を、私は誰よりも知っている。


「ヒースがいる。明確な戦力だ」


さらりと、言い切る。


「加えて、俺自身もサポート役としてなら、もうSランク相当って評価されても文句は出ないだろ」


……否定できないのが、腹立たしい。


《かくりよの手》による即時回復。

精神干渉を含む安定化バフ。

環境耐性、疲労軽減、魔力循環の補助。


しかもそれを、“料理”という形で面としてばら撒ける。


前線に立つ戦闘力だけならともかく、

魔境という長期戦・異常環境下で求められる能力としては、理想に近い。


「客観的に見てだぞ?」


念を押すように、店主は肩をすくめた。


「前で殴るのはお前に任せる。俺は後ろで支える。それで十分だろ」


――正直。


「……心強すぎる」


思わず、そう本音が漏れた。


私一人で行くより、何倍も。

いや、比べること自体が馬鹿らしい。


生きて帰れる確率。

守れる範囲。

撤退判断の余裕。


全部が跳ね上がる。


それでも。


「……それでも、です」


私が言葉を継ぐより早く、理央さんが一歩前に出た。


「店長、やめてください」


声は震えているのに、言葉ははっきりしていた。


「九州は“魔境”です。ダンジョンじゃありません。補給も、救助も、保証がない」


「それに、店主は探索者を辞めた人です」


私も、続ける。


「今は料理人でしょう。かくりよ亭の店主で、私たちの――帰る場所です」


胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


「あなたがいなくなったら……」


言い切れなかった。

その先を想像してしまったから。


理央さんも、唇を噛みしめている。


「ヒースさんが強いのは分かります。でも、それでもです」


二人して、ほとんど同時だった。


「行かないでください」


私は、さらに踏み込む。


「私が行くのは、探索者だからです。戦う覚悟も、死ぬ覚悟も――」


「店主には、必要ない」


そう言った瞬間、喉の奥が熱くなった。


「あなたは、もう十分やってます」


支えてくれた。

救ってくれた。

生き方を、選ばせてくれた。


「これ以上、前に出る必要はありません」


ヒースが、私たちの間を行ったり来たりしながら、小さく鳴いた。

不安なのか、分かっているのか。


店主は、そんな私たちを見て、少しだけ――ほんの少しだけ、困ったように眉を動かした。


軽い調子のままなのに、

その背中は、もう覚悟を終えた人間のそれで。


「……なあ」


短く、呼ばれる。


この人を、どうやって止めればいいのか。

その答えが見えないまま、私は次の言葉を待っていた。


「刹那」


名前を呼ばれて、背筋が伸びる。


「お前、今はかくりよ亭の従業員だろ」


「……はい」


反射的に答えてしまう。


「ダンジョンに潜る時も、無理はしない。深追いしない。引き際を間違えない」


一つずつ、指を折るみたいに言葉を並べる。


「それでも行くのは、戦う力があって、救える力があるからだ」


胸を、正確に射抜かれた。


「魔境に行く理由として、それ以上でも以下でもない」


店主は、視線を私から理央へ移す。


「理央も分かってるだろ。刹那が行くのを、最終的に止めてない理由」


理央さんは、答えられずに視線を落とした。


「なら、俺も同じだ」


さらりと、重たい言葉を置く。


「今の俺には、できることがある」


《かくりよの手》。

ヒース。

料理という形での支援。


それを、一つも誇張せずに、当たり前の事実として。


「前で殴るのは刹那だ。後ろで折れないようにするのが俺」


役割分担。

無理をしない宣言。


「探索者を辞めたのは、才能がなかったからだ。今もそこは変わらない」


一瞬、胸が痛む。


「でもな」


店主は、ふっと笑った。


「支える才能があるのに、使わない理由はないだろ」


――ああ。


この人は、最初から変わっていない。


「できるやつが、できるだけのことをやる」


軽い調子のまま、でも一切の迷いなく。


「それだけだ」


短い。

派手でも、英雄的でもない。


それなのに、どうしようもなく強い宣言だった。


私は、刀を握るときと同じくらい、深く息を吸ってから、ゆっくり吐いた。


「……ずるいです、店主」


そう言って、力なく笑う。


「その言い方、反論できません」


理央さんも、しばらく黙ったまま俯いていたが、やがて小さく首を振った。


「……条件があります」


震える声で、でも逃げずに。


「無茶はしないこと。最前線には立たないこと。危険だと判断したら、必ず撤退すること」


「全部守る」


即答だった。


「約束です。破ったら……本気で怒りますから」


「はいはい」


いつも通りの返事。


それで、終わった。


私たちは、完全に説得されたわけじゃない。

ただ――受け入れた。


この人が、私たちと同じ場所に立つことを。


「……一緒に、行きましょう」


そう言ったとき、胸の奥にあった不安よりも、確かな心強さの方が大きくなっているのを、私は否定できなかった。


かくりよ亭の店主は、戦わない。

でも、折れない。


その背中を信じて、私は魔境へ向かう覚悟を、改めて固めたのだった。

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