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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第35話 餌付けの先で、竜は懐く

営業を再開してから、数日。


正直に言えば――

忙しかった。


「心配したんだぞ、店主」

「もう閉めたのかと思った」

「次は何かあったら貼り紙だけでも出してくれ」


カウンターに座る常連たちから、そんな言葉を何度も投げられた。

責める口調じゃない。

むしろ、当たり前みたいに“戻ってくる前提”で言われるのが、少しだけ胸に来た。


「悪い」


俺はいつも通り、短くそう返すだけだ。


バフ盛り定食は、相変わらず出る。

バフどか盛り定食も、様子見で数を絞りつつ提供したが、探索者たちは文句一つ言わなかった。


「やっぱ、ここが一番だな」

「戦闘前に食うと、腹の底が安定する」


そんな言葉を聞くたびに、

俺はようやく実感する。


――必要とされている。


探索者としてじゃない。

戦えなくなった過去の自分としてでもない。


料理人として。


二週間、店を閉めたことで分かったことがある。

かくりよ亭は、俺が思っていた以上に、

探索者たちの“生活の一部”になっていたらしい。


定休日の朝。

シャッターを下ろし、店内を軽く確認する。


「店長、行ってらっしゃい」


理央にそう言われ、俺は手を軽く振った。


「留守、頼む」


向かう先は――

第七区画ダンジョン。


深縁市から電車で一本、

少し前に開放されたばかりの新しいダンジョンだ。


そして、俺の隣を歩いているのは――


「久しぶりですね、店主がダンジョンに入るの」


鷹宮刹那。

相変わらず、無駄のない装備。

刀一本、軽装、それでいて隙がない。


「探索者は辞めたって言っただろ」


「ええ。でも“入らない”とは言っていません」


軽く笑って、刹那は言う。


制度上、探索者でなくてもダンジョンに立ち入ることは可能だ。

ただし条件がある。


探索者ライセンスを持つ、正式な探索者が同行すること。


護衛、調査補助、後方支援、研究目的。

理由は問われないが、

同行する探索者が全責任を負う。


事故が起きれば、

責任は同行者に問われる。


だからこそ、

信頼関係がなければ成り立たない制度だ。


「今回は、わたしが責任を持ちます」


刹那はそう言って、ゲートの前に立つ。


武骨な鉄製の構造物。

瘴気が、目に見えるほどに滲んでいる。


「……懐かしいな」


思わず、そう零れた。


探索者を辞めてから、

俺はダンジョンの“中”に入ることはほとんどなかった。


入口の近くまでは行く。

食材の受け取りもある。


だが、ゲートをくぐるのは――

久しぶりだ。


一歩、踏み出す。


空気が変わる。

湿り気と、鉄と、土と、瘴気の混ざった匂い。


「平気ですか、店主」


「ああ。……問題ない」


身体が覚えている。

怖さよりも、妙な落ち着きの方が先に来た。


かつて、ここが俺の日常だった。

今は違う。


だが、無関係でもない。


「今日は、食材の確認と……少しだけ、実地だ」


「ええ。無理はさせません」


刹那が先行し、俺は一歩後ろを歩く。


探索者ではない俺が、

再びダンジョンの中に立っている。


それは、過去に戻るためじゃない。


――これから先の料理のためだ。


瘴気の奥で、

何かが蠢く気配を感じながら。


俺は、久しぶりのダンジョンの空気を、

肺いっぱいに吸い込んだ。


ここまでして、俺がわざわざダンジョンに潜っている理由。


それは――

《かくりよの手》にある。


歩きながら、頭の中で何度も同じ結論をなぞる。


モンスターにすら、道理を無視して食わせられる。

生理的な食欲がなくても関係ない。

“食べた”という事実だけを、対象に通す。


そこに――


・精神に作用するバフ

・バフ効果の永続化

・対象指定


これらを、重ねる。


「……できる、よな」


俺は一度、足を止めた。


刹那が振り返る。


「何かありましたか、店主」


「いや。考え事だ」


正直に言えば、気付いた瞬間は背筋が冷えた。


テイムできる。


モンスターを、従わせることが。


テイマーという職業は存在する。

希少だが、実在する。


モンスターと心を通わせ、命令を通し、共に戦う探索者。

それは“専用のスキル”を持っているから可能だと、俺はずっと思っていた。


だが違う。


手段が違うだけで、やっていることは同じだ。


信頼を植え付け、敵意を削ぎ、

「この相手は安全だ」と認識させる。


《かくりよの手》は、それを――

料理を通して、強制的に成立させる。


「……テイムスキル、か」


呟いて、自嘲する。


探索者時代の俺が聞いたら、鼻で笑っただろう。

料理人のスキルが、テイム?


ふざけるな、と。


だが今なら分かる。


俺が気付いていなかっただけだ。

このスキルは――

探索者としてやっていくことも、できた。


やらなかっただけで。


「目的地は、この先です」


刹那の声で、意識を戻す。


第七区画ダンジョン。

比較的新しいエリア。


ここに棲息しているのが――

ドラゴンパピー。


小型。

羽根付き。

見た目はトカゲに近いが、分類上は竜種。


まだ幼体で、炎も吐けない。

だが成長すれば、間違いなく危険種になる。


同時に――

テイムの成功例が、報告されている数少ないモンスターでもある。


「……相手としては、丁度いい」


俺は背負ったバッグを軽く叩く。


中には携帯用の調理器具。

簡易コンロ。

最低限の刃物。


そして、可能な限り詰め込んだダンジョン食材。


ここで作る。

現地で、相手を見て、相手に合わせて。


恐怖を刺激しない。

警戒心を煽らない。

攻撃衝動を沈める。


その上で――

俺に親愛を抱くよう、調整する。


洗脳と言われるだろう。

実際、否定できない。


やろうと思えば、人間にだって使える。

永続化まで絡めれば、なおさらだ。


「……やらねぇけどな」


即座に、心の中で線を引く。


それは、俺の領分じゃない。

料理人のやることじゃない。


外向けには――

餌付け、でいい。


モンスターを餌で慣らした。

よくある話だ。


俺自身も、それでいい。


ただ一つ、欲しいものがあるだけだ。


納得。


《かくりよの手》というスキルが、

俺が思っていたよりもずっと可能性を秘めていて、

それでも俺は――


探索者ではなく、

かくりよ亭の店主として生きる道を選んだ。


その選択が、間違っていなかったと。

自分自身で、腹の底から納得したい。


「来ます」


刹那が、静かに刀に手をかけた。


瘴気の向こう。

羽ばたく音。


小さな影が、岩陰から姿を現す。


――ドラゴンパピー。


ここからが、本番だ。


俺はバッグを下ろし、

携帯用コンロを取り出した。


火を点ける。


料理人として。

そして、《かくりよの手》を持つ者として。


このスキルの答えを――

俺自身の手で、確かめるために。


火を入れると、携帯コンロの小さな炎が静かに揺れた。


「……よし」


俺はしゃがみ込み、下処理済みの肉を取り出す。

中層で仕入れた魔獣肉。脂は少なめだが、繊維が細かい。


ドラゴンパピーは、少し離れた岩の上からこちらを見ていた。


警戒。

だが敵意は薄い。


羽根を小刻みに震わせ、首を傾げている。

鼻先が、ひくりと動いた。


「肉、か」


やっぱりな、という感覚が指先に伝わる。

《かくりよの手》が、相手の“嗜好”を曖昧に掬い上げてくる。


――肉食寄り。

――だが、生よりも“火を通した匂い”に反応が強い。


フライパンに肉を落とす。

音は小さいが、香りが立つ。


ドラゴンパピーの羽根が、ぴくりと跳ねた。


「……来ないなら、置くぞ」


独り言みたいに呟き、

焼き上がった一口目を、小皿に乗せて前へ滑らせる。


対象指定。

“お前に向けた料理だ”と、静かに通す。


パピーは一瞬だけ躊躇い、

それから、恐る恐る近づいた。


くん、と匂いを嗅ぎ。

ぱくり、と口にする。


――食った。


次の瞬間。


ぱたぱたと羽根が揺れ、

尻尾が、小さく左右に振れた。


「……効いてるな」


俺はもう一切れ、焼く。


二切れ目。

三切れ目。


わんこそばみたいに、食うたびに出す。

量は少なめ。

間を空けない。


精神に作用する微弱な安定バフ。

警戒心を削り、満腹感を抑え、

“次も欲しい”という感覚だけを残す。


ドラゴンパピーは、もう岩の上にいない。


俺の正面。

火を使っているフライパンの、すぐそばだ。


「ほら」


差し出すと、ためらいなく食う。


肉が好みらしい。

魚は反応が鈍い。

野菜系は――興味なし。


だが、香草を少量混ぜると、反応が変わる。

匂いに敏感。

ドラゴンらしく、嗅覚が発達している。


――攻撃衝動、低。

――知能、想像より高め。

――好奇心、強。


《かくりよの手》を通して、

そんな“情報”が、ふわりと流れ込んでくる。


モンスターとしての輪郭が、少しずつ薄れていく。


唸り声が消え、

威嚇が消え、

代わりに出てきたのは――


「……じっと見んな」


黒くて丸い目で、俺を見上げている。


四切れ目。

五切れ目。


今度は永続化を、ほんの少し。


効果は弱い。

だが、“認識”として定着する。


――この相手は、安全。

――この相手の近くにいると、落ち着く。


ドラゴンパピーは、食い終わったあと、

そのまま動かなくなった。


逃げない。

離れない。


代わりに、ちょろちょろと歩き回り――

俺の足元に、鼻先を押し付けてきた。


「……は?」


次の瞬間。


ごろ、と喉を鳴らすような音。

尻尾が、ぱたぱたと床を叩く。


そして――

前足で、俺の靴にじゃれついてきた。


「……おい」


軽く足を引くと、追ってくる。

楽しそうに。


完全に、モンスターの動きじゃない。


刹那が、少し離れた場所から様子を見ていたが、

思わず息を呑んだ気配が伝わってくる。


「……餌付け、だよな」


誰に言うでもなく、呟く。


ドラゴンパピーは、俺の足元で転がり、

羽根をばたつかせながら、じゃれ続けている。


モンスターらしさは、もうほとんど残っていない。


俺は深く息を吐き、

その小さな頭に、そっと手を伸ばした。


――温かい。


それだけで、十分だった。


これでいい。

これで、納得できる。


俺は探索者じゃない。

だが、このスキルは――


確かに、

“戦えた”スキルだった。


それでも俺は、

料理人として生きる。


足元でじゃれつく、小さな竜を見下ろしながら、

俺は静かに、そう決め直していた。



――――――


第七区画から戻ったその足で、俺たちは探索者ギルドに向かった。


深縁市支部。

見慣れた建物だが、今日は少しだけ立場が違う。


「……まさか、本当に連れて帰ってくるとは」


受付カウンターの向こうで、ギルド職員が目を瞬かせている。


俺の足元。

コートの裾に隠れるようにしながら、羽根付きの小さなトカゲ――ドラゴンパピーがちょろちょろと動いていた。


尻尾が、楽しそうに揺れている。


「規定上は問題ありません」


職員はすぐに書類を引き寄せ、事務的な口調に切り替わった。


「テイマー職の探索者が存在する以上、

テイムモンスターそのものは“私有可能な存在”として扱われます」


「探索者を引退した元探索者や、

元から民間人として生活しているテイマーが、

個人的にテイムモンスターを所有・管理しているケースも確認されています」


つまり――

前例は、ある。


「そのため、民間人によるテイムモンスターの登録も制度上は可能です」


刹那が、俺の横で静かに頷いた。


「管理責任は、登録者本人。

事故や逸脱行動があった場合、すべて登録者の責任となりますが……」


「構わない」


即答だった。


職員は一瞬だけ俺を見て、それから書類に視線を落とす。


「では、登録を進めます」


ペンが走る音。

項目を一つずつ確認していく。


種別。

ドラゴンパピー。


危険度。

低(幼体)。


管理形態。

テイム。


「……名前を教えてください」


顔を上げ、職員がそう言った。


俺は、足元を見る。


ドラゴンパピーは、こちらを見上げていた。

丸い目。

警戒は、もうない。


「ヒース」


そう告げる。


「ヒース、だ」


その瞬間。


ヒースは、ぴたりと動きを止めた。


一拍置いて――

ぱた、と羽根が揺れる。


尻尾が大きく振られ、

「それが自分の名前だ」と理解したみたいに、

俺の足に体を擦りつけてきた。


「……理解、してますね」


職員が小さく呟く。


バフの影響だ。

対象指定と、精神安定、微弱な永続化。


**“それが自分を指す音”**として、定着している。


「問題ありません」


職員は淡々と続ける。


「登録名:ヒース」


書類に記入され、

端末に情報が入力されていく。


「これで、正式にテイムモンスターとして登録されました」


「市街地への同行は、

必ずリード装備、もしくはキャリー等を使用してください」


「ダンジョンへの再同行は、

探索者ライセンス所持者を伴う場合のみ可能です」


「定期的な状態確認のため、

月一回の簡易チェックをお願いします」


「了解」


短く答える。


職員は最後に、少しだけ表情を緩めた。


「……元探索者の方が、こういう形で関わり続けるのも、

悪くないですね」


俺は答えなかった。


ヒースが、俺の足元で小さく鳴く。

喉を鳴らすような、甘えた音。


それで十分だ。


探索者を辞めた俺が、

探索者として戦えたかもしれないスキルを持っていたと知った。


納得は、もうした。


これから先も――

俺は変わらない。


かくりよ亭の店主で、

料理人だ。


ヒースの頭を軽く撫で、

俺はギルドの出口へ向かった。


日常へ、戻るために。

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