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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第28話 薬師連盟の代替わり

パソコンの画面を見つめながら、俺は指先に力を込めてキーボードを叩いていた。画面いっぱいに広がるSNSのタイムライン、ハッシュタグ、民間人の投稿……俺の顔を見ずに勝手に判断し、勝手に称賛している連中。何も分かっていない、ただの一般人どもが、俺の背後で操ってきた秩序を踏みにじる。


「ふざけやがって……!」


声にならない怒号を漏らしながら、俺は画面を殴るように手を振った。指先が痛い。だが、痛みよりも、理解のない民間人たちが悠斗などという料理人に喝采を送る現実が、血の気を引きずり出す。規制も統制も、俺の権限も――すべて無視される。


――その時だ。


ノックの音もなく、俺の執務室の扉が静かに開く。驚きの衝撃で手元のマウスがわずかに滑った。

「……何だ?」


部屋に入ってきたのは、いつもなら忠実に動く部下だ。だがその顔は、いやに冷静だ。怒りの入り混じった俺の視線を真正面から受けても、表情はまったく動かない。まるで氷の壁のように静かだ。


「会長……。」


声も穏やかだ。ここまで苛立っている俺の前で、平然とした口調で名を呼ぶ。まるで、今この場で何も問題が起きていないかのように。

俺は椅子の背もたれに深く沈み、両手を机に押しつけながら、荒い息を漏らす。

「……何のつもりだ、こんなタイミングで入ってくるとは……」


部下はただ一歩、ゆっくりと近づき、俺の目の前に立つ。背筋がひんやりする冷たさだ。俺の頭の中で、これまでの権力や支配の幻想が音を立てて崩れ落ちる。だがその冷静な面構えに、怒りだけではどうにもならない何かを感じる。


「……会長、報告です。状況を整理しました。もはや、SNSでの世論の後押しを受け、民間人側の圧力が強すぎます。現状、会長の指示通りの規制は、実行できません」


俺は思わず吐き出すように笑った。怒りが、憎悪が、吐き気に変わる。

「……何だと、俺の命令が……無効だと……?」


部下はただ黙って頷き、俺を見下ろすでもなく、ひたすら冷静に、整然と事実を告げる。


その静けさが、逆に俺をさらに追い詰める。世界が、権威が、今まさに俺の手の中から滑り落ちていく感覚――。


机の上のパソコン画面が、無数の“悠斗擁護”投稿で赤く光る。怒りも焦燥も、ここでは何の力も持たない。


俺は息を荒くしたまま、背もたれに深く沈み込むしかなかった。


机の上に置かれた封筒の重みが、冷たく俺の手にのしかかる。ダンジョン庁の公式通達――表面には「会長職停止」の文字が、くっきりと印刷されている。読むまでもない。先刻から覚悟していたことだ。だが、現実に突きつけられると、怒りが体中を駆け巡る。


「な……何だこれは……!」


俺は椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、部屋を大きく行き来した。怒りと苛立ちが、心臓の奥でごうごうと燃え上がる。目の前には、さっきから嫌に冷静な顔をして立っているあの部下――今や俺の会長職を代行することになった男だ。


「お前……お前が、俺を……?」


怒声が部屋の壁に響く。机を叩き、書類の束をひっくり返そうとしたが、怒りで指先が震えて止まる。目の前の部下は、微動だにせず、ただ淡々と通達書類を差し出している。まるで、自分の行為が何の重みもないかのように。


「俺の座を、何の手も打たずに奪いやがって……この状況をお前の手で作ったのか……!」


部下は、眉一つ動かさず、静かに封筒を手に取ったまま頷く。

「会長、事実として報告いたします。庁の決定により、会長職は一時停止されます。私は会長代理として対応します」


その言葉に、俺の血が煮えくり返る。怒りが、抑えきれぬ形で言葉となって飛び出す。

「何を言っている! お前ごときが、俺の座に――俺の権威を、代わりに……!」


部下はなおも冷静だ。口を開くこともなく、俺の怒声をただ受け止める。まるで、俺の憤怒が何の意味も持たないかのように。


「お前……俺の背中を刺したのは、間違いなくお前だ……!」


拳を握り、机を叩きつける。目の前の部下を睨みつける視線は、怒りと侮蔑で熱く燃えていた。だが、部下は顔色ひとつ変えず、淡々と書類を置き、まるで何事もなかったかのように立ち去ろうとする。


「ふざけやがって……俺の会長職を、俺の権威を……お前が……お前が……」


叫びながらも、胸の奥では焦燥と苛立ちが絡み合う。何もできない怒り――だが、目の前にいるこの冷静な男こそが、今の怒りの全ての象徴だった。



――――――


夕暮れの公園は、子どもたちの声もまばらで、薄暗く冷たい風が吹いていた。俺はベンチに腰掛け、手にした安酒の缶をぎゅっと握る。ラベルの文字も、もう読もうとは思わない。今の俺に価値があるのは、残ったこの酒と、夜の冷たい空気だけだ。


妻も子も、俺の前からいなくなった。家に帰っても誰もいない。電話をかけても出ない。残ったのは、怒りと恥、そして虚無だけだ。会長職を世論によって奪われた――それだけで、俺は完全に孤立した。財産はあるが、それで満たされるものは何もない。


缶を傾け、酒を喉に流し込む。アルコールの刺激が、少しだけ痛みを鈍らせる。しかし、目に映る町の景色はどこか冷たく、無機質だ。歩道をすれ違う人々の視線が、嫌なほど刺さる。あの視線の中に、同情も、理解も、尊敬もない。


ふと、町の電気屋の前で立ち止まった。店頭の大型テレビに目を向ける。


そこには、かつての部下が、会長として正式に就任し、胸を張って演説する姿が映し出されていた。笑顔を浮かべ、整然とした言葉を並べるその姿。背筋を伸ばし、まるで世界を掌握したかのような振る舞い。


――この野郎……この小僧が……!


怒りが、理性の抑えを突き破った。

酒の缶を握る手が、震える。怒りが血管を打つ。咳き込み、唾を吐くように声を荒げる。


「ふざけやがって……俺の座を、俺の権威を……全部奪いやがって……!」


声が店の中まで響く。周囲の通行人が振り返る。

人々の視線はますます冷たく、俺を不審者として包み込む。だが、そんなことはどうでもよかった。俺の世界は、あのテレビの中の部下にしか存在しない。


怒りのまま、手に持っていた缶を投げつける。

ガツン、と音が響き、テレビが揺れた。映像が一瞬乱れ、店内から驚きの声が上がる。


さらに、理性を失った俺は、両手で売り物のテレビに殴りかかる。ガラスが割れ、火花が散る。金属フレームに拳を打ち付け、血が滲む痛みさえ怒りの燃料になった。


「全部……全部、俺の物だったんだ……!」


叫びながら振り回す俺の姿は、町中で異様に映った。通行人が警察に通報する。数分後、制服を着た二人の警官が現れ、制止の声をかける。


「猪原金治さん、手を止めてください!」


だが、怒りに支配された俺は振り返りもせず、声を荒げ続ける。

「ふざけやがって……ふざけやがって……!」


警官が両腕を掴む。反抗し、叫び、蹴り、叩き――それでも止まらない怒りを吐き出す俺を、力ずくで制し、手錠をかける。


街の冷たい視線と、割れたテレビの破片の輝き。俺の怒りはまだ収まらず、酒の臭いと血の匂いが入り混じった公園を、警察署へと連れて行かれる。


――何もかもを失った。妻も子も、権威も、部下に奪われた会長職も。そして、尊厳も。


俺の叫びだけが、夕暮れの町に残った。

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