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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第26話 刃は、さらに冴える

 ――ふと、気づいた。


「……あれ?」


 刀を振るう手を止めたわけじゃない。

 視線を逸らしたわけでもない。


 ただ、違和感が消えていた。


 さっきまであったはずの、

 「誰かが倒れるかもしれない」という不安。

 それが、ない。


 周囲を見る。


 防衛隊員の動きが、揃っている。

 盾が下がらない。

 剣が、鈍らない。


「……怪我人、いない?」


 モンスターの数は、まだ多い。

 それなのに、誰も苦戦していない。


「……はは」


 思わず、息が漏れる。


 理由は、一つしかない。


「店主……」


 後方。

 あの人がいる方向。


 戦場に来ないと決めて、

 それでも“戦い続ける”人。


 料理で、ここまでひっくり返すなんて。


「……やってくれますね」


 前線は、完全に安定している。

 なら――見えてきた。


「終わりが、近い」


 モンスターは、無限じゃない。

 原因がある。

 スタンピートには、必ず“核”がある。


「……そこさえ潰せば」


 それまで、持たせられるか?


 私は、刀を握り直す。


「――余裕です」


 今の私たちなら。


 視線を、ダンジョンの奥へ。


「原因、探します」


 終わらせるために。


 ――そのとき。


「刹那」


 背後から、懐かしい声がした。


 思わず、刀を下げる。


「……来たんだ」


 振り返ると、そこにいたのは――

 かつて、同じパーティを組んでいた連中。


 私が深層で倒れ、

 命を拾ったあの日。


「恩返しだ」なんて勝手な理由をつけて、

 一方的にパーティを抜けていった人たち。


 正直、気まずい。

 でも――


「店主から、これ預かってきた」


 差し出された包み。

 中身が何かなんて、聞くまでもない。


「刹那の分も、あるってさ」

「……まだ、仲間だって」


 胸の奥が、きゅっと縮んだ。


「……勝手ですね」


 そう言いながら、笑ってしまう。


「仲直り、ってことでいいか?」

「最初から、喧嘩してたつもりもない」


 短いやり取り。

 でも、それで十分だった。


「食うぞ」


 包みを開ける。


 匂いが、鼻を打つ。

 ――間違いない。


 私は、噛まずに飲み込む勢いで食べた。

 彼らも同じだ。


「……っ」

「これ……」


 言葉にならない。

 体の奥から、力が溢れてくる。


「よし」


 刀を構え直す。


「行きましょう」


 全員が、頷いた。


 ダンジョンの闇へ、踏み込む。


 ――今度こそ。


 スタンピートを、終わらせるために。



――――――


 ダンジョンの中へ足を踏み入れた瞬間、違和感を覚えた。


 ――静かすぎる。


 いつもなら、入口付近だけでも小型の魔物がうろついている。

 索敵を怠れば背後を取られる、そんな“当たり前”が、ここにはない。


「……いないな」


 誰かが小さく呟いた。


「やっぱり、全部外に出てるか」

「スタンピートだもんな。中身を吐き出す現象だ」


 足音だけが、やけに大きく響く。


 私は周囲に意識を張り巡らせながら、前に進む。

 魔力の流れが、はっきりとわかる。


 ――外向きだ。


(なるほど)


 ダンジョンが、限界まで膨れ上がって。

 溜め込んだものを、一気に“外へ逃がしている”。


「中に残ってるやつは、ほぼいない」

「だから侵入できたんだな」


 仲間の一人が、納得したように言う。


「逆に言えば……」


 私は視線を、奥へ向ける。


「この流れに逆らって進めばいい」

「源まで、一本道だ」


 空気が、重い。

 奥へ進むほど、圧が増していく。


「原因は、逃げ場を失ってる」

「外に出せるだけ出して、それでも止まらない何か、か」


 剣を握る手に、自然と力がこもる。


(終わりは近い)


 ここまで来られたのは、

 外で持ちこたえてくれている人たちと――


(あの人の料理のおかげだ)


 私は一歩、さらに踏み込む。


「行こう」

「流れに逆らうだけだ」


 私たちは、

 スタンピートの“源”へ向かって、静まり返ったダンジョンを進んでいった。


 拍子抜けするほど、あっさり辿り着いた。


(……楽すぎる)


 皮肉が、胸の内に浮かぶ。

 いつもの探索なら、ここに来るまでに何度も足を止められているはずだ。だが今は違う。敵が、いない。すべて外に吐き出されている。


 そして――


 視界の奥、空間そのものが歪んでいる。


 巨大。

 いや、「巨大」という言葉ですら、正確じゃない。


 輪郭が定まらない。

 肉とも霧ともつかない何かが、脈打つように揺れている。

 ダンジョンの壁と同化し、同時に侵食しているようにも見える。


「……あれが、源か」

「イレギュラー確定だな」


 仲間の声が、わずかに強ばる。


(でも)


 不思議と、恐怖はなかった。


 負ける気がしない。

 根拠のない自信じゃない。


 たった一日。

 それでも、かつての仲間が、今は隣にいる。


 背中には、

 この場にいないくせに、確かに支えてくれている人がいる。


(あんたが用意した料理だ)


 体の芯が、熱い。

 魔力も、感覚も、研ぎ澄まされている。


「行くぞ」


 私が一歩、前に出る。


「外で暴れた分、全部ここで清算してもらう」

「覚悟しろよ……」


 異形が、こちらを“認識した”。


 空気が震え、圧が跳ね上がる。


 私は、躊躇なく踏み込み――

 刃を振り上げた。


 踏み込んだ瞬間、空間が軋んだ。


 異形が、波打つ。

 形を持たないはずのそれが、こちらに向けて“圧”を放ってくる。


「――っ」


 足元が削られる感覚。

 それでも、止まらない。


 次の瞬間、横合いから風が走った。

 視界の端で、空気が刃の形に歪む。


(来た)


 異形の動きが、ほんの一瞬、鈍る。

 同時に、乾いた音が重なった。見えないはずの“核”に、確かな手応え。


 私は、その隙に身体を滑り込ませる。


 刃を振るう。

 重い。

 けれど、通る。


 手応えがあった瞬間、背後で鈍い衝撃音。

 地面が揺れるほどの一撃が、私の進路を守るように叩き込まれていた。


(ああ……)


 思わず、口元が緩む。


 懐かしい。


 ほんの数か月前まで、当たり前だったこの感覚。

 何も言わなくても、動きが噛み合う。


 異形が形を変え、触手のような何かを伸ばしてくる。

 それが私に届くより先に、風が巻き上がり、軌道が逸らされる。

 同時に、体の奥に温かい感覚が満ちた。


(無理するな、ってか)


 苦笑しながら、前に出る。


 私は、ただ斬る。

 斬るための道は、全部、仲間が作ってくれる。


 足場が崩れそうになれば、重たい一撃がそれを支える。

 視界が塞がれれば、空気が切り裂かれ、道が開く。

 呼吸が乱れれば、体の内側から整えられていく。


(そうだよな)


 このパーティは、

 私という“剣”を、どうやって当てるかだけを考えて組まれていた。


 異形が、怒りとも悲鳴ともつかない振動を放つ。

 ダンジョン全体が、共鳴するように軋む。


「まだだ」


 私は踏み込む。

 仲間が作った、ほんの一瞬の静止。


 その中心へ――


「これで、終わらせる」


 刃を、振り抜いた。


 刃を振り抜いた、その先。


 異形は――崩れた。


 肉でも、骨でもない。

 断末魔すら上げず、霧が散るように、音もなく。


 その場に残ったのは、たった一つ。


 宙に浮かぶ、歪んだ光の塊。

 鼓動のように脈打つそれを、私は知っている。


(……イレギュラーコア)


 ダンジョンにおいて、イレギュラーと呼ばれる所以。

 他のモンスターのように、死体は残らない。

 討伐の証として残るのは、この“よくわからない何か”だけ。


「終わったな」

「ほんとに、終わった……」


 緊張が切れた瞬間、力が抜ける。


「生きてるか?」

「当たり前だろ」


 短いやり取り。

 それだけで、十分だった。


 顔を見る。

 少し疲れていて、少し汗まみれで――でも、どこか楽しそうで。


(ああ……)


 笑ってる。


 私も、自然と笑っていた。


 イレギュラーコアを回収し、互いの無事を確かめ合う。

 怪我は、ない。

 多少の疲労はあるけど、それだけだ。


「帰ろう」

「ああ」


 ダンジョンの奥に、もう用はない。


 私たちは背を向け、来た道を戻り始める。

 外ではきっと、まだ混乱の名残があるだろう。

 でも――


(大丈夫だ)


 もう、終わった。


 たった一日。

 それでも、確かに“仲間”だった時間を胸に抱いて。


 私は、ダンジョンを後にした。

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