第24話 溢れる群れ、折れる線
――警報を聞いた瞬間、体が先に動いていた。
私が第四区画に駆け付けた時、すでに最悪に近い状況だった。
武骨な鉄製ゲートの向こうから、瘴気が噴き出している。
視界が白く霞むほど濃い瘴気。その中から――溢れている。
「……数、間違ってない?」
思わず、そう呟いた。
ゴブリン。
オーク。
牙を剥いた狼型、粘液を引きずるスライム。
種類も階層もばらばらなモンスターが、雪崩のように地上へ吐き出されている。
スタンピート。
ダンジョン内部で何かが起き、モンスターが“逃げ出している”証拠。
「くそ……」
視線を走らせると、すでに防衛線は敷かれていた。
その場に居合わせた探索者たち。
ダンジョン庁が常駐させている防衛隊。
即席とは思えない連携で、ゲート前に壁を作っている。
「前衛、下がりすぎるな!」
「後衛、魔法の回転落とすな!」
怒号、魔法の閃光、鋼と牙がぶつかる音。
地面には倒れたモンスターの死骸が積み重なり、その隙間を縫うように、次の群れが押し寄せる。
防衛隊の盾が鳴り、探索者の刃が血を弾く。
だが――足りない。
数が、多すぎる。
「このままじゃ……」
防衛線は維持している。
だが、押し切られるのは時間の問題だと、Sランクの勘が告げていた。
私は刀の柄を握り、深く息を吸う。
――間に合って。
店主の顔が、頭をよぎった。
あの人は、きっと戦場には来ない。
でも、できることをやる人だ。
「……よし」
私は一歩、前へ出た。
今ここにいる最強は、私だ。
なら、私が壁になる。
「鷹宮刹那、参戦します!」
叫びと同時に、瘴気の中へ踏み込んだ。
――踏み込んだ瞬間、世界が研ぎ澄まされた。
「邪魔」
最初の一太刀で、先頭のオークを縦に断つ。
骨ごと、肉ごと。手応えは軽い。
返す刃で、背後から飛びかかってきた狼型を薙ぐ。
跳躍の勢いごと叩き落とし、地面に血を散らした。
「数が多いだけ……!」
自己強化を最大まで引き上げる。
脚に力を溜め、一気に前へ。
ゴブリンの群れに突っ込み、回転。
円を描くように刃が走り、三、四、五体が同時に崩れ落ちる。
「――っ!」
背後で、誰かの声が上がった。
「な、なんだあれ……」
「一人で前線押し返してるぞ……!?」
構わない。
今は、斬るだけ。
粘液が飛ぶ。
スライムの核を正確に貫き、刀を引き抜く暇もなく次へ。
「はあっ!」
踏み込み、突き。
咆哮を上げかけたオークの喉を潰し、そのまま体を盾にして後続の魔法弾を防ぐ。
「……速すぎる」
「剣筋が、見えねえ……」
防衛隊の盾越しに、ざわめきが広がる。
私は呼吸を乱さない。
店主の料理で整えた体は、まだ余裕がある。
「この程度で、通れると思わないで」
瘴気の濃い場所へ、あえて踏み込む。
湧き出るモンスターを、出てきた端から斬り伏せる。
血と魔石が転がり、防衛線の前に“山”ができ始めた。
「前線……上がってる?」
「押されてたはずだぞ!?」
誰かが叫ぶ。
防衛隊の指揮官らしき男の声が、遅れて響いた。
「――全隊、前進! 彼女に続け!」
「了解!」
盾が動き、魔法が前に出る。
私が作った隙間に、戦力が流れ込んでくる。
「……助かります」
小さく呟き、再び刀を振る。
「鷹宮刹那だ……」
「若手最強って、本当だったのか……」
背後の声は、もう驚愕から信頼に変わっていた。
私は止まらない。
止まれない。
この防衛線が崩れれば、街が危ない。
店主の店も、日常も――全部だ。
「――ここは、通さない」
刃が光り、
無数のモンスターが、私の前で沈んでいった。
――――――
――一時間。
体感では、もっと短く感じる。
けれど、現実には確実に時間が流れていた。
ダンジョンのゲートは、まだ吐き続けている。
瘴気は薄れない。
モンスターの数も、減らない。
「……しつこい」
私は刀を振るいながら、状況を確認する余裕を残していた。
腕は重くない。
呼吸も乱れていない。
雑魚相手に消耗するほど、私は弱くない。
それに――
直前に食べた、店主の賄い。
あの、何気ない一杯。
味噌の香りと、腹に落ちる温かさ。
身体の芯が、まだじんわりと熱い。
「……効いてる」
自己強化を維持したまま、オークを斬り伏せる。
切り返し、突き、薙ぎ。
動きに一切の鈍りはない。
――でも。
視線を横に走らせる。
私が立っている、この一区画。
ここだけは、安定している。
防衛線は崩れず、モンスターは出てきた端から処理されている。
隊列も整っている。
対して、それ以外。
「……っ、下がれ!」
「回復、間に合ってない!」
悲鳴混じりの声。
防衛隊員の動きが鈍り、探索者の剣が重くなっているのが、はっきりわかる。
ポーションを飲む手が震えている。
数は足りていない。
即効性はあっても、持続しない。
「……このままじゃ」
私の場所が、いくら安定していても意味がない。
線は、面で保たなければいずれ破れる。
誰か一人が限界を迎えれば、そこから崩れる。
スタンピートは、容赦しない。
「……店主」
刃を振るいながら、心の中で呼ぶ。
あなたは今、きっと別の場所で戦っている。
包丁と鍋で。
「このままじゃ……もたないぞ」
それは、誰にも聞こえない独白。
でも、間違いなく本音だった。
私が強くても、
私一人では、守り切れない。
――だから、早く。
私は刀を握り直し、再び前を向いた。




