閑話 不安からの脱却 宿屋のジョナサン視点
「はーい、みなさーん!今日もしっかり食べて頑張りましょうねー!」
……今日も来てくれたのか、アラタ様は。
「父さん。私、みんなの分とってくるね」
「姉さん、俺も行く!」
俺達避難者の最近の生活の楽しみは、もっぱら冒険者ギルドの一階で支給される料理にある。
「ふふっ。ターラはゲンデ様が見れるからって率先して行くようになったわね。ゾラのお目当てはフェイ様かしら」
「ナーシャ……そういうお前も最近は目が『フェアリーズ』に釘付けじゃないか」
「あら、貴方。だってそこらの男よりも格好良いのよ?素敵だわー、ダルク様とノビア様!」
「いや、ダルク様は俺らだって憧れの人だが……」
「あら、でも1番は貴方だから安心してちょうだい。あ、今日は丼もの店『どんとこい(丼と恋)』さんね!私この間のてんぷらって気に入ったのよ!ちょっと行って来るわ!」
「ああ、俺はカツ丼があったら頼む」
娘と息子に駆けよる妻の後ろ姿を見送り、一人席を確保に動いた俺。
……こんな状況下だが、家族が明るいのも、みんなダノン様とアラタ様のおかげなんだよなぁ。
俺達はスティール家に対して裏切り行為をしたと言って処罰されてもおかしくないのに……!
「よお、ジョナサン。お前んとこも今来たのか?」
感慨深く浸っていると、後ろからポンと肩を叩かれ声をかけられる。
「なんだ、ヘーゼルか。そっちは片付いたか?」
鍛治屋のヘーゼル、俺と同じ歳の腐れ縁で飲み仲間だ。確か、コイツの家もかなりやられていた筈。
「ハッ、鍛治屋っちゅうのは戦争になると1番に荒らされるんだ。そんな簡単に片付くかよ」
「だろうなぁ。うちの宿屋でもかなりやられていたからな」
「お、待て。今日の飯はどんぶりじゃねえか!マルカ!頼む、俺のぎゅーどんも持って来てくれ!」
「あいよ」
良い笑顔で俺に手を上げて挨拶をして行くヘーゼルの妻のマルカも、数日前はかなり悲壮感があったが……どうやら、いつもの笑顔に戻ったみたいだな。
それもこれも、ダノン様達のおかげで先の見通しがついたからだが……
「なあ、ジョナサン。それよりも、とうとう今日だな!」
コイツもやっぱり楽しみにしていたんだろう。まあ、俺だってやっと気を使わずに過ごせる仮家が出来るのは楽しみにしていたがな。
「ああ、そうだな」
「お前らはどうすることにしたんだ?俺達は決めたぜ!セレナ様から大量の剣と防具の受注があったんだ!だから購入する事にしたぜ!」
「そうか。俺達は宿屋だからなぁ……とりあえず、一時的に解放している期間だけにするつもりだ」
「そうか。まあ仕事柄仕方ねえか」
「だが、お前も気が早いな。まだ下見もしていないってのに」
「お前……こういうのは安く買えるうちに買っておくべきだろう?なんたって騎士やダノン様達から見ても評判が良い物件なんだぜ?」
「まあ、そうなんだよなぁ……」
俺も実は悩んでいたんだ。今回俺達領民に解放される住居は、最新式の綺麗な『マンション』という住居なんだ。
一定期間は無料解放するが、期間が過ぎると賃貸か買い取りになるらしい。但し、領民特典として安くはなるがそれなりの値段はするんだ。
「ま、見てからでも遅くはないだろ」
「そりゃ、そうだ」
なんて言っていたら、家族も戻って来てそれぞれまずは食事にする為に一旦別れる。いや、一緒に食べれたら良かったが、いかんせん人数が多過ぎるからな。
家族との食事中にヘーゼルとの話題を聞かれ説明すると、家族は結構乗り気でいた事も判明。
いやいや、宿屋やりながらは無理だろう、と突っ込むと残念そうにしていた表情に少し考えてしまったが。
因みに、我が息子が選んだ『海鮮どん』なるものがまた俺達に衝撃を与えたのも伝えておこう。生の魚など食べれるとは思ってなかったからな……!
「父さん、次の辻馬車が来たよ!」
「まあ、御者が居なくても本当に目的地に来るのねぇ」
しっかり食事をとった後は、仮住居の登録の為にマンションへと移動する事になっていたのだが、ここでも息子と妻が楽しみにしていた事が態度で分かる。
「『アラタ交通巡回バス』があれば、街とマンションの行き来が楽だし安全よね!」
娘は色々情報を掴んでいるようだ。情報通である街の商店の長女と仲が良いのもあるが……俺に期待の目を向けているようだな。
「お待たせしました〜!次の30名様どうぞ〜!」
馬車が到着し案内されるも、周囲がザワザワし始めた。そりゃ、そうだろう。馬が人間になるなんて何回見ても慣れないさ。
「ささ。今日みなさんの足になるのはこの俺、精肉店のかしわってんだ!マンションの案内も担当するから、宜しくな!」
そんな周囲の状況も気にせず威勢の良い30代くらいの男性に変化した馬は、俺達を馬車へと案内し規定の人数が乗り込むとまた馬に変化して馬車を引き始める。
「貴方、この馬車凄いわね……!」
「ああ。揺れがないどころか、まさかの空間拡張付きだとはなぁ……!」
乗車すると隣に座る妻から驚きの声がかかるが、俺だってこんな高級馬車が来るとは思ってなかった。
流石に馬車の定員が埋まれば快適に移動が出来るとは言い難いが、普通の馬車とは乗り心地が違い過ぎる……!
そんな感じで驚く俺達とは違い、娘や息子は既に馬車に順応したのか興味はマンションに向かっているようだ。
ん、なんだ?もう着いたのか?
驚きの余り移動時間が短く感じたが、どうやらマンションに到着したらしい。
……が、降りて更に驚いた……!
「凄え!こんなおっきい建物初めて見た!」
普段大人ぶっている息子も声を上げるほどの巨大な建物が俺達の前に聳え立っていりゃ驚かない方がおかしい。
……街で1番デカいギルドでさえ小さく見えるな。この建物が俺達の仮住居なのか?
「驚くのは分かるが、先に進まんと後ろが詰まっているぞ?」
誰もが降りて足を止める為、待機していた騎士様から声がかかるがやはり声が出ない。
———だが、これは始まりに過ぎなかった。
「父さん、父さん!ここ本当に俺達住んで良いの!?」
「母さん!お水が憧れの魔導具よ!」
「まあ!魔導コンロ付きなの!?」
「灯りの魔導具がこんなに……!」
「きゃあああ!私達のうちにもお風呂があるなんて!お貴族様みたい!」
「凄え、凄え!隙間風がないし、部屋が明るい!」
「まあ!魔導トイレなんて……!なんて贅沢なの……!!!」
割り当てられた家に案内されて、入った途端家族から口々に感嘆の声が上がる。
どうやら家族持ちはイース棟と呼ばれる建物の一角が与えられるようで、一階の広い空間のえんとらんす?という所で各家庭に鍵が渡されたんだが……
ここに来るまで魔導えれべーたーという動く箱にも驚き、清潔な内装に驚き、設備に驚き、窓から見える景色に驚き……!
一生分の驚きを経験したかに思えたが、それでもまだまだ序の口だったらしい。
「おーい、305号室さん!一度出て来てくれ!ノース棟の共用棟に案内するぞー!」
案内役のかしわさんに玄関から呼ばれて、興奮したまま連れて行かれた先には……
「さあ!いらっしゃい、いらっしゃい!本日限定の大安売りだよー!」
「出来立てのパンはいかが?」
「新鮮な野菜だよー!今が旬のキノコはどうだい?」
「揚げたてコロッケ、一個銅貨一枚(100円)だ!美味いぞー!」
「ここらじゃ手に入らない新鮮な魚さあ!切り身にも対応するぜ!」
「騎士様御用達の肉弁当はいかがですか〜!」
「新鮮な果物も買ってってー!」
なんと商店が立ち並び、あちこちから賑やかな掛け声が聞こえて来るじゃないか!
案内役のかしわさんによると、どうやらここで商売している人達も今日のみの出張商店らしい。
普段はアラタ様の『マンション』に出店しているらしく、俺達住民に使い方を説明する為の措置の一つだとか。
ゼネスト街の商店店主なんてそれはもう熱心に見ていたし、八百屋や肉屋や食堂の連中なんか、それぞれの店に行って質問責めにしている姿も見かけた。
俺達家族も久しぶりに買い物の楽しさを味わう事が出来た。支給金もあったし、半額だのその場でおまけだのがあったからなぁ。
妻と娘の真剣な表情には若干引いたが、これで仮とはいえ家が与えられ、生活の環境が整えられた。
俺達家族も含め領民達の気力が蘇っているのは、周囲に溢れる笑顔と明るい会話で感じられる。
「母さん!商業ギルドに戻って仕事貰って来よう!」
「あ、俺も行く!でも、今日は新しい家で過ごそうぜ!」
「そうねぇ。……調理道具は買った方が良いわね」
家族はもうすっかりここが気に入ったようだ。何より家族に笑顔が戻ると俺の肩の荷も軽くなった。
今回の出来事で、もう二度とダノン様達に反抗する者は居なくなるだろう。
何より俺自身が思う。
この領地を盛り立てる為に、辺境伯家の為に生涯仕えて行こう、と————
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