巻き込んでみる?
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「いやー、このクッションいいなぁ。快適に馬車の旅ができるじゃねえか」
低反発クッションをお尻の下に敷きながら、ご機嫌に話しかけてくる第三王子。深入りしたくないのに自ら名乗って来たんだよ。
名前はボルグド・ヴェルダント。こっちの国にしか生えてない薬草を取りに来たんだって。採取の最中に部下がポイズンブラッディーベアに襲われて、退治はしたけど毒を貰ってしまったそうなんだ。
……どうでもいいけど、本名名乗らないでよね。僕らに何を期待しているんだか。
それに、ボルグド王子の話はどうやら全部本当らしい。フェイのマンションコンシェルジュの能力に看破スキルがあるんだけど、そのフェイが黙っているんだよね……
しかも念話で『この人物はどうやら信頼に値する人物です。誠実、実直、力もあり、地位も権力もあります。マスターの後ろ盾に丁度いいかと』なんて言ってくるんだよ?
正直僕のスキルで色々やるには、確かに後ろ盾は必要なんだよね……
それに入居者が増えるとそれだけマンションがグレードアップするんだ。だとしたら、騎士団員は丁度いいんじゃないか、と思っていたんだよね……
遠征によく行くだろうし、それじゃなくても定住してくれるかもしれないし……
『でもさ、王族に使い回されるのはごめんだよ?他の王族はどんな感じなの?』
『ヴェルダントは王政ですが、善政と評判の王で民に人気があります。そして稀な事例ですが家族仲は良好です』
『ふーん……でも何で正直に名乗ったのか、まず聞いてみてもいいかもね』
僕とフェイが念話で会話している為、静かになった車内で不思議そうにしていたボルグド王子。
「おいおいおい、何黙ってんだ?なんか気になる事でもあったか?」
「あの、不敬でなければ質問してもよろしいですか?」
「ああ、勿論だ。それに、恩人なんだ、敬語なしでいいぞ?」
「いえ、とりあえずこのままで。そして単刀直入に聞きます。本名を明かすなど何をお考えになってますか?」
真面目な表情で聞いた筈なのに、へえっと驚いた表情からニヤリとしたボルグド王子。
「いや、俺の事を知っているとは驚きだ。確信もしているから、そちらには看破か鑑定持ちがいるんだな?」
「……まずは質問にお答えください」
「ハッ、ますます気に入った!俺は込み入った事はしたくないんだ。だから直接言うぞ。俺の庇護下に入らないか?」
「……騎士団に入れではなく、庇護下にしたのはなぜですか?」
「いや、お前らが取り込まれるのを嫌っていそうだからな。まず能力がある奴で、王族と明かすと売り込んでくる奴が多いのに、それを一切してこない。それに最初名乗りを挙げる時も、誰か適正者がいたらお前ら名乗り出なかっただろう?」
……毒にやられていたのに、よく見てる。
「それにそれだけの腕があって冒険者なんてやっているんだ。何か目的があるんだろ?違うか?」
ニヤリとする表情が似合いすぎていて悔しいが、そこまで見抜いているならばこちらとしても都合がいい。
「……少しこちらで話させて下さい」
「おお、いいぜ」
僕は隣にいて目を瞑ったままのゲンデに声をかける。
「ゲンデ、起きているんだろう?ゲンデはどう思う?」
「バレてたか……俺はアラタに任せる。フェイが何も言わないところを見ると、裏は取れていそうだからな」
「そっか。フェイは?」
「アラタの決定に従います。ですが、この物件はおススメです」
フェイってば、王族を物件って…!!
流石に苦笑したボルグド王子。「度胸があるな」とかえって気にいられたらしく、より笑顔になったんだ。
……僕が生きているのを父上が知ったら追っ手も来る。そうなって逃げ回るのも御免だ。対抗手段はいくらでもあっていい。しかも、このビッグウェーブに乗らない手はない。
どうせなら手放せないくらいに、がっしり心を掴んでおくのもいいか。
「ボルグド殿下。そのご提案に乗らせて頂きたいのですが、殿下からの条件は何でしょう?」
「そうだな、遠征先での協力。王家からの指名依頼には随行する事ぐらいか?だが、見たところ、手の内を全て明かしてないだろう?せめて俺だけには能力を全て見せるってとこだな」
「成る程、わかりました。ではまず殿下だけご招待します。フェイ」
「はい」
フェイが返事と共に馬車の扉とマンション扉を同期させる。すると、馬車扉がマンション扉の仕様に変わり「は?」と間抜けな声を出すボルグド殿下。
「殿下、僕のスキルは回復魔法だけではありません。我々と一緒に扉を潜って頂けますか?」
そう言って僕はガチャっとドアを開ける。
扉を開けても見えるのは外の景色ではなく、少し成長したマンションエリアの内部。出迎えてくれる正面エントランスは、大理石の床に明るい照明、緑の観葉植物がセンスよく置かれている広々とした空間なんだ。
そこにまずはオーナーの僕から扉を潜り、次にフェイ、ゲンデがいつものようにマンションエリアに入ってくる。
そして最後に殿下がキョロキョロと辺りを見回しながら入ってくると……
「参った……!予想以上だ……!」
額に手を当てながら困ったように立ち尽くしている。
そんなお客様対応は、マンションコンシェルジュのフェイにお任せだ。
「ようこそおいで下さいました、ボルグド殿下。ここはアラタ様のスキルで作られた居住空間。いつでもどこでも、快適で安全な生活を保証する[ニューマンション]でございます」
「ここがアラタのスキルの中……?」
「はい、マスターのスキルの真骨頂は、快適な空間を生み出すだけでなく、更に成長する居住空間の進化にあります。まずは、現在の一階の空き部屋をご案内しましょう」
唖然としている殿下をまだこんなものじゃないとばかりに煽るフェイ。
ゲンデに至っては最早考える事を放棄していたのか、気にせず先頭を歩くフェイの後をついていく。
近くの1R部屋の認証装置に手を当てて「さあ、殿下。ご覧になって下さい」と扉を開けて入室を促すフェイ。……僕も協力するか。
「さあ、一緒に入りましょう」
立ち尽くしていた殿下に更に促し、危険はない事を示す僕を見て、ようやく動き出した殿下。
このマンションは日本式。玄関で靴を脱ぐのが決まりだ。これには驚きはしたものの、柔軟に受け入れて靴を脱いだ殿下にスリッパを渡す。
「へえ……足が楽なものだな」
「僕の好みなんです。お気に召して頂き嬉しいです」
スリッパに好感触の殿下に、まずは廊下の両隣にある水洗トイレと洗面脱衣所、浴室を見せる。
「なんて綺麗なトイレだ……!それに水で流すのか…?王宮でもないぞ、こんなトイレ……!」
「殿下、更に浴室にはシャワーと湯船というものがございます。お湯にザプンと身体を浸からせる爽快さは格別なんですよ」
トイレに感動する殿下に、更に自慢するようにお風呂を説明する僕。
だってこの世界、貴族でも浴槽文化はなくて、サウナ式風呂だからね。日本人からすると、物足りなかったんだ。
「うん?……直接浸かるとまた違うのか?」
「全く違います!気持ち良さは僕はこちらが上だと思います!」
「そ、そうか」
つい熱意を込めて殿下に紹介してしまった僕。うん、こればかりは入ってもらわないとどうしようもないからね。
ともかく後のお楽しみという事で殿下に廊下に出て貰うと、今度はフェイが奥へと促す。
廊下の先には絨毯や家具も揃っていて、内装もモデルルームのように、立派なソファーにテーブルと壁掛けTV。手前のキッチンには調理器具、奥には大型ベッドを設置している。
それに一階全室ワンルームとはいえ、部屋の広さは二十畳くらい。異世界の大柄な人でも天井にかなり余裕のある造りになっているんだ。
「ここは一人部屋です。ゲンデはこちらの間取りで暮らしております。今回であれば騎士達に利用して頂く事が可能でございます。そして殿下に致しましては二階のお部屋へとご案内させて頂きます」
一階の間取りを案内し終わったフェイは、すかさず殿下を二階へと促している。
……しかもわざわざエレベーターに乗って。
「へえ!動く箱か!面白い!」
殿下も意外に柔軟だよなぁ。
僕がなんとなく感心していると、僕のベースルームの隣の201号室をフェイは殿下に見せていた。
二階の間取りは2LDK。
広い玄関の先、L字の廊下の左側が洗面脱衣所・バスルーム。右側にクロークとトイレ。廊下を突き当たると二十畳のリビングとキッチン。リビングの右奥が主寝室。左奥が客室兼寝室って感じになってるんだ。
どれもこれも異世界版だから天井は高いし、トイレや浴槽も広い。それに二階の良さはこれ!
「殿下。檜造りの浴室は心穏やかに過ごせますし、何より源泉掛け流しという身体の疲れによく効く効能のお湯が常時流れております。マスターは暇さえあればよくお入りになるくらいこの場所がお好きなようです」
とまあ、僕のいらない情報まで殿下に伝えるフェイ。最後ににっこりと殿下にとどめを刺すのも忘れない。
「本日は殿下をお迎え出来た記念に、マスターから祝い酒をご用意させて頂いております。この世界にはまだないウィスキーという度数の強いお酒です。酒を嗜む殿下にはこちらをお選びいたしました」
フェイはやり切った感満載の笑顔だが、案内された殿下は二階に来てからは口が開いた状態で、更に口元がひくついている。
「おや?殿下?どういたしました?我がマスターの素晴らしさがようやくお分かりいただけたでしょうか?」
フェイってば、更に追い討ちかけてるよ……
そんな殿下といえば、「待て待て……移動式住居?……しかも王宮以上の性能?……え?でも回復魔法も使えたよな?ん?待て、付与魔法も使えた筈……⁉︎」と一人混乱中。
ゲンデはそんな殿下の様子にわかると言わんばかりに頷いているんだよ。
フェイはそんな殿下の様子にご満悦な様子で、僕は「どうしよっかなぁ、これ」と苦笑い。
「殿下?一旦お食事になさいますか?」
気を利かせたつもりで、僕は宅配ボックスからコンビニ弁当やスーパーの惣菜を出していたら、殿下がキレた。
「なんだこの非常識空間とスキルはああああああ!」
……僕に言われても、僕だって困りますって。




