アラタが寝ている間に ダノン視点
その日も武人として鍛錬する為に、朝早くに目が覚めた。
しかし……この『マンション』はどうも過ごし易くていかんな。まあ、今までが今までだったという事もあるだろうが……
「おはようございます、ダノン様」
「ああ、イヴァンか。いつも悪いな」
俺が起きると、いつもイヴァンがコーヒーを持って来てくれる。この侍従はいつ寝ているのか、いつも本気で心配になるがな。
しかし、このコーヒー然り。この『マンション』では新しいものに出会えて、魅了される事が多い上に毎日刺激があって興味が尽きる事はない。
クイッとコーヒーを飲み干し、侍従の顔を見る。
「イヴァンも随分慣れたな」
「慣れざるを得ません。ここは今やウェルダント国の最前線と言えましょう。常に情報と知識を取り入れないと、ダノン様に仕える上で妨げになりますから」
イヴァンは俺からカップを受け取り、すぐに騎士服の用意をする。
俺は曲がりなりにも貴族だからな。服は自分でも着替える事も出来るが、侍従の仕事を奪ってまでやるつもりはない。
「今日は何か変わった事はあったか?」
着替えさせて貰っている間にマンション情報を聞かねば。ここはいつも驚きで満ちているからな。
「昨日の夜遅くに、掲示板に新たな施設が今日設置される事が張り出されておりました。どうやら、教育や文化に力を入れた施設と、知識の源の図書室が既に一階に設置されているようです」
む……俺の苦手分野か。フィットネスジムやトレーニングフィールドのようなものなら歓迎するんだが……
「ブライアンは既に調査に向かっております。私もこの後に調査に向かわせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。今日は出発式だったか。後はほぼ自警団事務所で会議予定だからな」
「ありがとうございます」
会話しつつも着替えが終わり、主寝室を出てリビングに行くと既に起きて俺を待っていたセレナから挨拶される。
「おはようございます、貴方。聞きまして?アラタがまた興味深い施設を設置したらしいですわ」
「ああ、おはよう。聞いたが……俺には余り関係のない施設だったな」
「ふふふ、貴方らしいですわね。でも今回は私の専門分野ですわ。また新たに知見を深める事が出来ますもの」
「悪いな、いつも頼りなくて」
「貴方は貴方の、私は私の分野がありますわ。セナにも協力をして貰いますもの。こちらは大丈夫ですわ。それよりも家族全員、心から頼りにしていますのよ?もっと自信を持って下さいませ———アラタの為にも」
「ああ、そうだな。我が義息が余りにも稀有で貴重な存在である事がまた明らかになったようなものだ。俺ももっと力をつけねばなるまい……!
セレナには悪いが、そちらの分野は任せる。エイダンやレナにも挨拶を伝えて置いてくれ」
「ええ、行ってらっしゃいませ」
愛する妻に軽く口付けをし、俺は二階のフィットネスジムへと向かう。イヴァンもそこまでは一緒について来るのだろう。
最初は驚いたエレベーターという乗り物にも最近は慣れ、二階に着くと既に早い騎士達が動き出している姿が見える。
挨拶を交わしつつ、もはや俺の生活の友とも言えるジムに入ると、そこには既に柔軟をしていたボルグド殿下の姿があった。
「殿下、おはようございます」
「ああ、おはよう。ダノンにしては遅かったな」
「セレナと少し話をしていたもので」
殿下と会話しつつ俺も柔軟を始めると、ジムから挨拶があった。
『ダノン団長もおはようございます』
「ああ、ジムか。おはよう、今日も世話になる」
『畏まりました。今日は予定もありますからランニングマシーンで徐々にペースアップするだけに止めましょう』
「ああ、わかった」
慣れたジムの中の機材に向かい、いつものように走り出す。どうやら今日は殿下も同じようだ。隣で走り出している。
……ジムの存在にも慣れたものだ。初めて来た時は声だけの存在だったのが、今は具現化して我らと似たような体型の男子になったからな。
全くアラタの能力には驚いてばかりだ。
「ダノン。今グエルに調査に向かわせているが、新たに施設が加わったのは知っているか?」
徐々に速さが増しているにも関わらず、息さえ乱さず話しかけて来る殿下。ふむ、確実に以前より体力がついたらしい。
「知ってはいますが、セレナに任せております」
「相変わらずだな。——だが、これで更にウェルダント国においてアラタの存在が重要になった」
「存じております」
「親父から早速連絡があってな。早急にミルリック兄上を向かわせると来た。アラタにはフェイを通して知らせたが、どうやら今日の出発式の会合には来れないらしいとも言われたよ」
「アラタに何かあったので?!」
「いや、施設の増加によって魔力を使ったらしい。今は眠って回復中だそうだ」
「そうでしたか……良かった……!」
「だが……末恐ろしい能力だ。未だ発展途上中だとはな」
「全くです。……ですがアラタはアラタ、それは変わりませぬ」
「ああ、俺としても弟のようなもんだ。———ダノン。守るぞ、アラタを」
「当然ですな。……ところで殿下。もう息が上がってますぞ?」
「バケモノのお前と一緒にするな!」
ふむ。他の騎士達からも「二人共バケモノだ……!」と聞こえて来るが、普通ではないのか?
しばらくしてかなりの速さになったところで、『時間です』とジムから教えて貰い床に降りる。
「汗すらかかねえのか……!」と殿下からも言われたが、これくらいならば身体があったまったぐらいだな。
その後、殿下と共にダイニングキッチン・新で朝食を取り、殿下は一度部屋へと汗を流しに戻った。
俺は時間まで一階の自警団事務所に向かい、既に待機していた騎士達に挨拶をし、大型TVに映し出される外の景色を確認する。
そう言えば、王宮の一室にメインエントランスを設置していたのだったな。
「おはようございます、ダノン様」
「おはようございます」
どうやって移動するのだろうと考えていると、自警団事務所にフェイとゲンデが入室して来たようだ。
「ダノン様。まずはメインエントランスを、本日から移動する馬車の中へと設置し直す作業に移らせて頂きたいのですが、自警団を数人お借りして宜しいですか?」
……アラタがいなくとも可能なのか……!
「マスターが睡眠をとっている間と意識が無い場合は、私にスキルの全権が参りますから自警団の皆様はご承知下さいませ」
そうか。フェイは『マンション』の中でも稀有な存在だったな。ふむ、これは覚えておかねばな。
「わかった。ならば、私が行こう」
あと数人を連れて動き出そうとする時、カチャと扉が開く音と共に殿下が入室して来た。
「ダノン。王宮内は俺が居た方が動き易い」
……殿下お早いお戻りで。まあ確かに、殿下が居た方が良いだろうな。
「ふむ、ならばここは殿下にお任せしよう。スレッドとクライブは殿下と共に行くように。その他の者はしばらくここで待機だ」
そして、殿下と共にフェイが入り口に向かうと、TVの中の画像も動き、王宮の中から外へ、そして辺境伯家の馬車を出している様子が見える。
その中にメインエントランスを設置する為フェイが中に入って出て来ると、ゲンデが一人自警団事務所に戻って来た。
「殿下から伝言です。『騎士全員メインエントランスから出て整列しとけ』だそうです」
その言葉に自警団も他の騎士達も素早く動き出す。だが、辺境伯家の馬車から騎士達がゾロゾロでてくるのは、やはり不思議なものだったがな。
流石に隊列を組む時は、無駄話をせずにザッザッザと揃った動きを見せる隊員たち。メインエントランスがある馬車を前にして整列が整うと、殿下が声を上げる。
「いよいよ出発の時が来た!向かうは辺境伯領!しばらくは魔物と対峙するだろうが、対人の可能性が多いにある!それを覚悟し、各隊はリーダーの話をよく聞き、素早く動くように!」
殿下の声に騎士達が雄叫びを上げると、殿下がチラッと俺を見た。……ああ、俺も頼まれていたな。よし。
「辺境伯家としてこの遠征に感謝する!そして、自警団団長として、全力で騎士達を支えよう!更に、『マンション』での移動による安全性とさらなる【保険】の力をこの道中で慣れて貰いたい!その上で全力で物事に当たって行くように!」
また騎士達が雄叫びを持って答えると、最後にフェイがスッと前に出て声を上げる。
「マンションマスターの補佐のフェイと申します。皆様にはこの遠征で何一つ不便をかけるつもりはありません。ですから、身に染み込ませて下さい。マスターの力の有用さを、マスターの力の包容力を、マスターの力の強さを、そして優しさを。
この遠征中に良い働きをした者には、宅配ボックス金貨5枚分無料券かダイニングキッチン・新かダイニングBAR・緋での1ヶ月無料パスポートを進呈する、とマスターが宣言致しました。
是非マスターの心遣いを体験して下さい。そしてもう一つ、マスターを侮る行為や言動がありましたら、即座に『マンション』から退去になる事も是非覚えておいて下さいませ」
これには、ゴクリと唾を飲む奴らが多かったように思う。未だにアラタを認識していないやつもいるからな。
「フェイの言う通りだ!アラタはウェルダント国で欠かせない重要な存在となっている!俺達がアラタを守ることは国を守る事と同義!その事を各自その身に刻み込め!」
フェイの言葉に続いて殿下が補足したのは、アラタの存在価値の高さ。おそらく陛下からの言葉でもあったのだろう。
この作戦の中心はアラタだ。アラタさえいれば、王宮からすぐにでも騎士の増援や武器の即時補給が可能にもなる。
だからこそ、アラタの凄さを体験する遠征にもなろう。
「いいか!気を抜く事なく任務に当たれ!それぞれが任務を精力的に果たす事でウェルダント国の防衛が更に強固なものになろう!皆で国を盛り立てようではないか!」
俺の宣言の後、騎士達の雄叫びがより大きく響き気合いが入ったらしい。
「では出発!」
雰囲気が最高潮の中、殿下の声で辺境伯領に出発した『マンション』部隊。
これが『移動要塞』としての二つ名がマンションについた最初の遠征になったのだ————
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