投書箱設置しました
「俺……アラタいないと此処にこれねえわ……」
オーセンティックBAR・紫炎に移動した僕とフェイとゲンデ。
ゆったりとしたサックスが響くJAZZの心地よさ。落ち着いた電球色の照明に映える黒のカウンターテーブル。
そして、サブアクセントに紫とベージュが入った内装は、高級感と共に親しみ易さを僕らに提供してくれる。
勿論、インテリアは本革製のソファーやカウンターチェアで艶があって座り易いんだけど……
「ゲンデ、僕も場違いな気がして来た……」
僕の今の外見で此処はどうなんだろう?って思いつつも慣れてくるとリラックス出来る、なんとも不思議空間。
ゲンデはフェイから値段を聞いて「ヒエッ」とか声をあげていたよ。
「此処は高級BARですよ?」とゲンデに伝えていたって事は、ゲンデは値段で腰が引けているんだろうなぁ。
それに、此処は異世界だもん。なんの本革製なのかが、僕も怖くて聞けないや。
「マスター、こちらは会員制ですしお気になさらず。それに、お席にご案内しましたら、どんな年齢の方でもお客様です。心を込めて作らせて頂きますよ」
低めの渋い声で穏やかに僕に語りかけるのは、ここの唯一のバーテンダー兼管理人のAIであるストロワ。三十代くらいの優しい雰囲気の男性型AIなんだ。
「まずは、こちらをどうぞ」
コトリと、気後れしている僕とゲンデの前に置かれたのは、アスターレモネード(レモン・ライム・ソーダ・グレナデンシロップ入り)と、ビアスプリッツアー(ビール・白ワイン・レモンスライス)って呼ばれるものらしいよ。
レモネードは僕も好きだし、ゲンデもビールが好きだから、すんなり手が伸びたんだ。
「おお!やっぱり高い酒って感じがするわ。後味スッキリだしな」
「うん、美味しいねえ」
僕のはノンアルコールだけど、カクテルだからゲンデと一緒に飲んでいるみたいで楽しい。
フェイには何も無いのかな?と思っていたら、キール(白ワイン・カシスリキュール)を置いていたんだ。
「フェイ飲めるの?」
「基本必要ありませんが……場の雰囲気もありますし、飲めないこともありませんし」
フェイがそう言って一口飲んでいたから、ちょっと驚いたよ。どうやら此処では僕の世話はストロワに任せるみたいだね。
で、気になったのはストロワの隣にいる青年なんだけど……
「彼はダノン様の従者の一人ですね。お酒の事を知りたくて志願して来たので、ストロワが訓練中です」
相変わらず僕の考えている事がわかるフェイが補足してくれたけど、どうやらセミナーより前に志願してきたから受講者ではないみたいだよ。
「そっか。みんな頑張っているんだねぇ」
こちらをニコニコしながら見てくる従者の彼は楽しんで学んでいるようで、僕もつられてニコニコ笑ってしまうよ。
ゲンデは彼の事を知っているようで話しかけているけど、ゲンデって顔広いよなぁ……と今更ながら感心する。
「さて、僕はシーフードのマリネとミックスサンドイッチが良いな」
僕が本日のおススメアラカルトから選んだメニューをストロワに伝えると、ゲンデも決めたようだね。
「俺はチーズの盛り合わせと様々なテイストで楽しむグリル肉かな。後はそれに合う酒で頼む」
ボソっと「ここに書いている酒ってよく分からんからなぁ」と言いつつストロワに頼むゲンデだけど、なんかバーテンダーにお任せって気楽で良いよね。
フェイはどうやら他は要らないみたいだね。ストロワに聞かれても断ってたよ。
「では、それぞれオーダーが決まったようですので、ちょっと提案しますね」
フェイは僕らが注文するのを待っていたみたい。ん?何かあったっけ?
「マスター、投書箱を設置しませんか?」
「「投書箱?」」
フェイが提案したのが意外な事だったから、僕とゲンデの声が揃っちゃったよ。
「はい。今在籍している居住者からの視点で、質問や疑問や改善点を募集するんです」
「それって何か意図があるんだろう?」
「ゲンデにしては良いところに気がつきましたね。住んでみて疑問に思う事は立場が違えばまた変わりますし、何よりこのマンションに何が必要なのかがわかってきます。それは今後何を追加するのか決定する上でも関わってきますから、マスターのお役に立つはずです」
「やっぱり、アラタ案件かよ」
「むしろそれ以外に何がありますか?」
フェイの僕優先で考えてくれるのってありがたいけど、これに慣れたら駄目な管理人になりそうだなぁ……
でもみんなが何を考えているのかは知りたいし、それは良いかもね。
「フェイ、いつもありがとう。でもどうやって設置するのかな?」
目の前にコトリと置かれたシーフードマリネを堪能しつつ、とりあえずさっきから思っている僕の疑問を聞いてみる。
「マスターの管理画面の投書箱をタップするだけで可能です。そうすると、各階の掲示板の下に投書箱が設置されます」
モグモグする僕とゲンデを横目に説明してくれたフェイによるとね。設置されると同時に掲示板にこんな感じのお知らせが貼り出されるんだって。
『 *投書箱設置のお知らせ*
この度リュクスマンション・藤では、皆様からのご意見を募集させて頂きます。住んでから感じた事や気付いた点など、当館マスターにお知らせ下されば、内容を審議の上で改善や修繕を致します。また不満点もございましたら匿名でお知らせ下さいませ。やり方に関しましては下記をご覧下さい。
記
・ご意見は投書箱横にある紙に、投書箱の備えつけのペンでご記入をお願いします。
・マスターからの回答は掲示板に貼り出されます。注意: 全てのご意見にお応えする事はございませんのでご理解下さい
・ご意見、ご要望の際は、匿名ではなく部屋番号をご記載下さい。
*いたずら等はご遠慮下さい。
以上 』
そして、記載する紙とペンは勿論この投書箱専用のものだから、ただの紙じゃないんだって。
箱の中でスッと消えて、僕に届くようになっている不思議設定なんだよ。まあ、全部の階に赴いて回収する手間がないってのは助かるなぁ。
「へえ、面白そうじゃん。俺、何書こうかな」
「ゲンデは直接言いに来なさい」
敢えて面倒な事をしようとするゲンデに、フェイがすかさず待ったをかけているけど……みんな書いてくれるかな?
「マスター、まずは行動あるのみです」
ちょっと不安だったけど……フェイの後押しで、まずはをタップして設置してみたんだ。
まあ、そんなすぐには来ないだろうと思って、三人でまたなんて事のない会話をしつつ、ゆったり過ごしていたらね———
ピロン♪と音が何処からか聞こえてきたんだ。フェイ曰く、これが投書箱に誰かが入れた事をお知らせする音らしいけどね。
『リュクス藤銀行の窓口を増設出来ませんか? 305号室 # 』
ステータスの管理画面を見るとメールマークが増えていてね。そこをタップしたら出てきた要望なんだけど。
「これって騎士達かな?」
「305号室って事は、辺境伯家の騎士の一人でポーター様ですね」
部屋番号で即座に人物が出てくる辺りフェイはさすがなんだけど、その隣のシャープを押したら……なんと!一階のリュクス藤銀行の現在の様子が映し出されたんだ。
「うわぁ……なんだこれ?騎士達が詰めかけているじゃねえか。魔石の換金の列か?」
ゲンデが驚いているけどね。フェイによると、最近の銀行のよくある光景なんだって。窓口が二つだけだから一挙に来られると、確かに時間がかかるんだろうね。
「窓口を増やす際にはマスターの魔力が必要ですからね。いかがなさいますか?」
フェイに聞かれるまでもなく了承したら、一つの窓口でMPが50,000だったから二つ増やしてみたんだ。
すると、銀行の映像がフッと消えて、ご意見の部屋番号の後ろに解決済みって言葉が出たんだ。
「成る程……!こうやってやるんだ……!」
スムーズに事が進むのはスキルならではだけど、ちょっと面白いって思ったよ。
その後も何通か来たのには驚いたけど、内容がメイドさんと従者さんからでね。要約すると……
『アラタ様がどこにいるかわかるようになりませんか? 503号室 507号室 508号室』
って事だったんだ。これに関してはスティール家の専属メイドさんや従者さんで、主にレナちゃんやエイダン、たまにセレナ様が僕との食事やお茶を望んでいるようだったんだ。
この件は、投書箱に願いを入れて貰えば僕に連絡が来て、僕の返答が掲示板にすぐに現れる仕組みになっていたから即座に解決。
問題は……コレなんだよね。
『王都に着いたら何処に入り口を設置するのでしょうか? 居住者代表602号室』
「これってグエルさんだね」
そう、6階は殿下の従者のグエルさんと殿下しか居ないんだよ。で、今頃殿下はまだ外で護衛中だから居ない筈だし。
「どうやら、王都に着いての1番の懸念みたいですね。従者やメイド達は通いになるみたいですし、騎士も全員がマンションに居られる訳ではないようですから」
この案件はフェイがすでに把握していたみたいだね。でも、正直言って僕もどうなるんだろうって思っていた案件なんだよね。
う〜ん……これは殿下やダノン父様と要相談だなぁ。
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