散歩をしよう
「まさか朝まで寝てるなんて……!」
「お疲れだったんですよ。マスター、おはようございます」
ぼー……とした頭でリビングに行くと、何か雑誌を読んでいたフェイが立ち上がってお茶を入れてくれる。
あ、なんか懐かしい匂い……?
「まずはこちらをどうぞ」
……?炭酸だけど、甘い?あ!これって……!
「フェイ、これ甘酒?」
「はい。炭酸水とオレンジジュースで割っています。マスターが昨日夕食時に起きてきませんでしたので、カロリーのあるものを選んでいます」
「へえ〜、初めて飲んだよ。というか、甘酒なんてあったの?」
「はい。地下一階のスーパーマーケットに行きましたから」
「あ、良いなぁ!僕も行きたいと思っているのに!でも、どうだった?」
「はい。ブライアンが大変でした」
「?」
意味がわからなくて聞いてみると、どうやら僕が寝ている間にスーパーマーケットも見に行っていたフェイ。
そこで見たのは……
『これは……!こんなに紅茶の種類があるとは……!』
『どうしましょう!ブライアンさん、食べたいお菓子がこんなに!』
『ブライアンさん!ダノン様にお出しするお酒の種類があり過ぎて分かりません!』
『パンを全種類購入してみませんか?味を覚えなきゃいけないと思うんです』
『……時間延長をお願いします』
ん?なんか最後の一人、店が違うんじゃない?
なんて僕が思っている事をスルーしたフェイ曰く……休憩を利用して様子見に来た人達が戻って来なくて、辺境伯家の執事のブライアンさんが呼びに来ていた場面に遭遇したらしいんだ。
でもそこは有能執事のブライアンさん。
『紅茶はしっかり淹れ方と種類を明記し部屋で試すように。勿論経費で落としましょう。お菓子に関しても同様ですが……こちらはカエラ、貴方に任せましょう。……これ以上食べすぎないように。
お酒に関しては、まずは[オーセンティックBAR・紫炎]のバーテンダーの手伝い(叩き込まれ)に行きなさい。ここで選ぶのはそれからです。
パンは……確かに種類がありますね。よろしい。全種類買いましょう。先行投資です。きっちりと味の記録をつけるように。
そして時間延長はありませんよ、イヴァン。いい加減ダノン様のお世話に戻りなさい。幾らダノン様が寛容でも半日も此処に籠るなんて有り得ません』
テキパキと指示を出して対応していたブライアンさんだけど……ん?でも、フェイ。ブライアンさんの何が大変だったの?え?……その後?
『いや、ブライアンこそ此処を見てみるべきだ!見ろ!この本の種類を!そしてこれを!』
『はぁ……何を持っているんです、イヴァンは。……ええ?〈リュクスマンション・藤を徹底解明!〉……!?〈スーパーマーケット・泉の全て〉!?〈料理の匠 発売記念!料理長オランと対談〉って、あのスカイラウンジ・蒼の頑固者オランですか?』
『ほら、これだって見てみろ』
『〈週間シネマスプリング おススメ映画ランキング〉!?〈宅配ボックス有効利用方法解説〉!?なんですか、これは!!!全て必要な事じゃないですか!』
『だろう?しかも、このフリースペースでしか読めないらしい。此処の壁にある注意書き見て見ろ』
『〈持ち出し者は魔力登録抹消する為、お気をつけ下さい〉?』
『だから時間延長して欲しかったんだ』
『なんてことだ……!しかもこれは毎日更新のものがあるじゃないか……!』
「 ——————という訳です」
「イヤイヤイヤ……そんなのいつの間に出したの?いや、それよりブライアンさんにイヴァンさんが親しげだったのも気になるし、料理人に名前あるの今知ったよ!?」
「マスターはお気になさらず。私の趣味ですから」
「まさかの編集者ってフェイ!?」
……なんて驚きもあったけどね。
そうそう。ダノンお父様の専属従者のイヴァンさんって、ブライアンさんの同期で親友なんだって。しかも、こちらも羨ましい高速思考スキル持ち。
何気に辺境伯家って能力高い人多くない?前世で僕が欲しかった能力持ちが二人もいるんだけど。
「王家からもスカウトが来ていたらしいですよ?ただ二人ともダノン様に生涯お仕えするつもりらしいので、王家の方を断ったらしいですね」
うわぁ……よく無事だったね。え?辺境伯家に無断だった?辺境伯家が抗議して水面下で打ち消したって?
この世界で出来た僕の家族は凄い人達らしいね。そんな人達が追い出されるなんて……どこの世界でも突出した人って恨みや妬みの対象になって生き辛いんだねぇ。
「マスター、朝食は既に『スカイガーデン・翔』に準備しているようです。スティール家もご一緒するそうです」
僕が感慨に耽っていると、スカイラウンジ・蒼のオランさんからフェイに連絡が入ったみたい。ここのスタッフもフェイの部下だから念話で会話が出来るんだって。
「そっか。じゃあ食べに行こうかな」
「では、早速準備致します」
僕が飲んだコップをキッチンのシンクに持って行き、素早く片付けて来るフェイ。
……僕、家事をやる機会あるかな?
なんだかんだで周りが動きそうだ、と多少遠くを見つつエレベーターへ向かって歩き出した僕ら。
ポーン……
いつものように目的の階に到着をお知らせする音が響きエレベーターの扉が開くと……サアッと吹く筈のない風が僕らを迎えてくれたんだ。
そして目の前に広がるのは、優しく吹く風になびく色とりどりに咲き誇る花達。更にそのすぐ上を霧状の雲が通り過ぎるという、幻想的な景色を目にする事が出来たんだ。
うわぁ……!やっぱり地平線まで続くかのように、花が群生されていたら圧巻だよねぇ。
「今日は色とりどりのルピナスの花畑になっております」
「へえ……!なんか雑誌の表紙にでもなりそうな景色だねぇ」
何の花だろう?と思っていると、僕の考えを読んでフェイが説明してくれたんだけどね。やっぱりボキャブラリーがないと、雰囲気を上手く伝えられないなぁ……
語彙を増やそう……と決意しつつ整えられた石畳の上を歩いていると、大きめの東屋が見えてきてスティール家が寛いでいる姿が見えたんだ。
「アラタ!おはよう!」
「アラタお兄ちゃん、おはようございます!」
「おはよう、アラタ」
僕の姿が見えた途端に、東屋から嬉しそうに手を振るエイダンとレナちゃん。その横でにっこりと紅茶のカップをソーサーに置き、爽やかに挨拶をして下さるセレナお母様。
スティール家全員美形揃いだから、花畑がより似合うね。
ほっこりとした気持ちになり僕も挨拶を交わしたんだけど、どうやらダノンお父様の姿がないんだよ。
「ダノンは今日は殿下と一緒にダイニングキッチン・新で食べるそうよ」
キョロキョロとダノンお父様を探す僕の様子に気付き、教えてくれるセレナお母様。
『昨日の夜に起こった襲撃の報告があるみたいです。今ゲンデも其方に顔を出しています』
……うわぁ。僕、知らずにぐっすり眠ってたよ。後で僕も殿下に聞きに行こうかな。
念話で詳細を伝えてくれるフェイに感謝しつつ、エイダンの席の隣に座るとスッと現れるブライアンさん。
「おはようございます、アラタ様。本日の朝食のメニューでございます」
いつの間に用意したのかしっかりとした冊子のメニューを配り、内容を説明するブライアンさん。
本日のメニューは
『フレッシュジュース各種
ベーカリーバスケット
卵料理とベーコン/ソーセージ
ナチュラルヨーグルト
フルーツプレート 』
というラインナップ。
いわば、アメリカンブレックファストだね。一人一人に注文を聞き、それぞれが選択したメニューをメモも取らずに「畏まりました」と移動をするブライアンさんは流石だったよ。
あ、料理を取りに行くのが手間じゃないかって思うでしょう?
それに関しては東屋に仕掛けがあるらしく、所定の位置に転送されてくるんだって。凄いよねぇ。
そして、給仕をされつつ食事が始まったんだけど、会話の内容のほぼ全てが昨日から滞在した部屋での話。
「アラタお兄様、とってもねやすかったんです!」
「そうね。あの寝心地は一度覚えたらもう駄目ね」
レナちゃんとセレナお母様は、ダノンお父様の予想通りベッドをかなり気に入ったみたいだね。
「僕は宅配ボックスが気に入ったけどね。アレを見ているだけで時間が過ぎていくよ」
エイダンは、僕もまだゆっくり見ていないコンビニや電化製品が面白かったみたいだね。写真と説明付きだからこちらの世界の人でもわかりやすくなっているもんね。
みんなが気に入ってくれたようで僕も満足しながら聞いていたんだけど、話はそのまま今日のそれぞれの予定の話に変わったんだ。
セレナお母様はこのマンションの見学。
レナちゃんとエイダンは勉強が優先。
じゃあ僕はどうしよう、と思っていたらフェイからの念話が聞こえてきたんだ。
『マスター。この後、一階の共用会議室.1で今後の移動行程の会議があるそうです。それに出席しておいた方が良いかと』
うん、移動行程は確かに知っておいた方が良いね。
そう思った僕の予定も皆に伝えると、今日は夕食まで別行動になったんだ。
……そうなんだよだねぇ。これからはこの『マンション』で多くの人が過ごしていくんだ。
日々の生活が息づく『マンション』。
今後はどんな物語が綴られて行くんだろう……楽しみだなぁ!
ここまでが第一部でした。次からは王都編が始まります。
またアクセスして下されば嬉しいなぁ。




