華々しさの裏で 殿下視点
「よお!待たせたな!」
朝から楽しい思いをしてしっかり美味いもんを食べて、めちゃくちゃ満足をした訳だが……今現在も危険な道中である事には変わりない。
「殿下!待ってました!」
「うおおおお!交代の時間だあああ!」
「……本当に宜しいのですか?殿下」
「おい、ご機嫌取りは殿下には効かないぞ?」
「お前、殿下に対して不敬だろう!」
あー……思った通りか。
俺の姿が見えた事で騒ぎ出す俺の部下達と、真面目な対応をする途中から加わった辺境伯家の騎士達。
まぁ、今日が初日だからなぁ。……とはいえこのギスギス感は不味いな。
アラタから保険というかなり強固な魔法?を掛けて貰っている騎士達とはいえ……戦いから逃れられる訳ではなく、むしろ率先して退治をしていかないとならない立場だ。
連携が上手くいかないと、戦いの最中には増えた人員が逆に荷物になる。
今のところ報告が上がっている分には、それぞれが分担して魔物に対応しているようだが、この先の襲撃には不安が残る。
おそらく今日の野営予定地、隣の領地との境目で魔物の森の近くのドガードの村の野営中に襲ってくると考えられるからな。
今までならあの小規模な村で、辺境伯一家が襲われるなんて思いもしなかったが……今は時期が悪い。
『殿下。やはりあの村の様子は予想通りでした』
俺付きの諜報員のトッドが木々で姿を隠しながら風を使って声を届けて来る。この声は、魔法で主従契約をした者にしか届かないというなんとも便利なもの。
実は、俺の専属になる前のトッドは、俺の命を狙ってきた敵対勢力の暗殺者だった。
ん?よく無事だったな、とでも思ったか?
俺の力みくびるなよ?伊達に力で騎士団長まで上がってきたわけじゃない。それに諜報員はトッド一人じゃないからな。
気配を消したトッドは見事な腕前だったが、俺と周りがその上をいったまで。
捉えられて潔く「殺せ」と言うトッドの顔が何か安堵の表情だったのが気になって、「お前、俺の専属にならないか?」と持ちかけたのがきっかけといえばきっかけだな。
後は根比べだった。俺は負けるわけにはいかないし、トッドからすると「まとわりつかれるのは大嫌いだ!」と言わせるくらい粘ってやったからな。
今となっては契約によってだけではなく、気を許せる部下の一人にまでなった。
……そういやあ、最近ゲンデがトッドの事聞いてきたな。あいつどうせ名も名乗らなかったんだろ。自分より上と認識しなきゃ名乗らないからなぁ、奴は。
なんて懐かしい出会いを思いだしながら『続けろ』と言うサインを出し、トッドに報告の続きを促す。
『次代の村長決めについて。現在優勢なのは次男のトゥファルクの様子。長男のクヴァルクは劣勢ながらも精鋭を集めている様子』
やっぱりトゥファルクが優勢か……ならこれで確定したな。
『持ち場に戻れ』とサインを出し、ため息を吐く俺と同時に俺の部下であるシェインもため息をついていた。
「あ、もしかして殿下もフェイちゃん狙いでした?……残念っすよね。あんだけ美人なのに……」
「阿保。お前じゃねえよ。ありゃ訳ありってすぐにわかるだろうが」
「わかんないっす!だって見た目ほぼ人間じゃないっすか!……って言うか、じゃあなんでため息吐いてたんです?」
「……部屋がランクダウンしたんだよ」
「は?殿下、王族っすよね?当然ロイヤルパレスじゃないんすか?」
「それこそ阿保か!この出費が嵩む遠征に、あんな無駄に広くて馬鹿高い部屋を借りれるかってんだ!」
それに……お前らの部屋も借りているからだろうが!!
なんて思っていても言えない立場故に、本気で悔しくてシェインの首を両腕で絞めていると、「殿下、シェインの奴本気で苦しがってるっすよ」と通りがかったスレッドに止められる。
「っは————!!!殺す気っすか、殿下!」
「悪いな。つい私怨が入っちまった」
「シェイン、お前殿下に何したんだよ?」
「何もしてねえ!」
なんて、いつもならここから馬鹿話に会話が発展するんだが……辺境伯家の騎士達の刺々しい視線が気になるのか、シェインもスレッドも気を使って持ち場に戻って行ったんだよなぁ。
参ったな……こりゃ本気でどうにかしないとなぁ。
「ん?殿下?何難しい顔しているんだ?」
「……ゲンデか。あ?お前酒飲んでたんじゃないのか?」
確か、アラタが2階の[ダイニングBAR・緋]ってところも解放させたとか言ってたよな?ゲンデから頼まれたとか言ってたから、コイツ今日休みかと思っていたが。
「思い出させないで下さいよ!セラさんが居て、んな事出来るわけないでしょうが!」
「あぁ?お前、新しく酒が飲める施設に行ったんだろ?」
何気なく聞いただけだったが、どうやら奴の導火線に火を付けたらしい。
「そうだ!殿下、聞いてくれよ!あいつら、散々アラタの事軽視する言葉吐いてたっつーのに!あの施設に連れて行ったら、コロッと態度を変えやがって……!
その癖、飲めない俺の前で美味そうに酒を飲んで絡んで来やがって!なーにが『すまないな。お前は仕事だったか?』だ!済まないと思うなら、もう少し控えやがれ!」
コイツ……よっぽど飲めなくて溜め込んできたな?
「あー……その、一滴も飲めなかったのか?」
「セラさんが目を光らせているんだ……!あの人怒らせると怖いんだよ……!だから、サッサと片付けてアイツらも交えて皆で飲もうぜ。先に飲んでた辺境伯家の奴が言ってたんだよ。
『殿下と部下の騎士達との親しい会話が羨ましかった』ってさ。
アイツらダノン様も尊敬しているけど、殿下の事も同じくらい尊敬しているから、そんな殿下と砕けた会話が出来るスレッド達に妬みの感情抱いていたんだろ?
ったく。酒が入らないと本音が言えねぇって面倒くせえ。ちょっと、今いる奴らにも声かけてくるわ。殿下は、これが片付いたら飲む機会を作ってやってくれよ?」
……ゲンデの奴、俺に対しても開き直りやがったな。言うだけ言って、辺境伯家の騎士達に突進していったぞ?
———まあ、結果から言うとアイツが上手く緩衝材になってくれたらしい。
「ゲンデの奴、遠慮が無いからなぁ」
「ん?アイツ結構世話好きっすよ?で、懐に入って行くの上手いっすわ」
これはウチの騎士達のゲンデの評価だな。更に……
「正直……アラタさん側だからこそ受け入れやすかったですね」
「中立の立場で両方の言い分聞いて相談に乗ってくれたので、打ち解けやすかったです」
これは、辺境伯家の騎士達から俺が良く聞く言葉だ。まだまだ堅い言い方が多いが……この時から、騎士達側から声をかけて貰う事が多くなったように思う。
更に、俺の心配を無くすのに役立ったのは———
「は?今当たったよな?」
「え?俺、切られた筈……?」
「いやいやいや……何もしてないんだけど?」
「ええええ?何これ、魔法?いやマジで魔法か……!」
ウチの騎士達はともかく、辺境伯家の騎士達ですら言葉を繕う事を忘れたその日の野営の夜に起こった襲撃。
アラタの事を軽視していた奴らは、ドガード村到着の直前にゲンデが全員の前で宣言した事を実感した事だっただろう。
「武器?相手は人間だろ?要らない、要らない。は?疑うなら帯剣はしとけよ。……心配なら断言してやる。
誰かが傷一つでも作ったら、お前らの諸経費全部俺が肩代わりしてやるよ。そして、全員にアラタの【人身保険】があるからこそ、そんな事は絶対に起きる筈は無い」
ゲンデが全く心配もせずに笑って言ったこの言葉。
この時———俺でさえこれは無理だろう、と思っていたのが後になって恥ずかしく思ったさ。
本当に、誰一人怪我もせずにトゥファルク(次男)の襲撃を乗り越えて、相手を全員捕縛できたんだからな。
「巫山戯るなぁ!!こんな!こんな馬鹿な事があるか!」
首謀者のトゥファルクらが幾らほざいても、逃げるどころか動く事すら出来なかったんだ。
……一応言っておくが、ドガードの村は辺境伯領での主力戦力と言われるぐらいの強さを誇る村だぞ?
そんな奴らが全く手も足も出ずに、一方的にやられたんだ。
おかげで、辺境伯一家の味方だったクヴァルク(長男)が無事村長を引き継ぎ、アインス側に敵対する事を宣言したんだよ。
「アイツらが慌てる様子が見れなかったのが残念だ!」とダノンがぼやいていたのは鬱陶しかったがな。
そして今……その1番の功労者が[ダイニングBAR・緋]を騎士達の交流会用に解放してくれたわけで———
「この為だけに!今日!俺は生きてきた!」
「ゲンデ!分かる!分かるぞ!」
「美味えええ!何これ!本当に酒か?」
「止まらないぞ!この串揚げと冷えた生ビールの組み合わせは最高だ!」
そんな歓声が部屋のあちこちから上がっている中で、騎士達が入り混じって騒ぐ姿を壁に寄りかかりながら傍観する俺。
やたら美味く感じる酒を口に含みながら、アラタに出会えた奇跡のような偶然に心から俺は感謝していた。
作者の独り言
『トゥファルク』と『クヴァルク』、これでこの村の特産が一目でわかった貴方は凄い!




