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君捨て山 ~八姫八君の物語~  作者: 切 実り
(治太郎編)
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48話 『王と王子』

 義兄――万次郎は外見でいえば二十歳前後。治太郎より三、四歳上程度。けれど、その声に(こも)る重厚な威厳。厚みのある生き様を宿す風格。決して年相応のものではない。


 この荒々しさと調和する優雅を(まと)いし謎の男は、紛れもなく同じ血族であると治太郎は悟る。すると声が漏れる。


「……江戸、万次郎……」

「おお。そうか、そうであったな。今のお前は四行(しぎょうけ)家ではないか。では弟ですらない、か――」


 まるで見下ろすように、万次郎は目を細めた。出方を品定めする彼の眼光が治太郎を困惑させる。


 治太郎は現在、四行家の亡き棟梁(とうりょう)の養子。たとえ血筋が上様の子であろうと、公には四行家の者である。

 対して万次郎は上様の養子。存命する唯一の子である。

 

 常影の後ろに控えていた常子が、沈黙のままに治太郎の半歩後ろまで歩を進めた。彼女はいつにも増して鋭く冷たい威圧を放ち、一歩、また一歩踏みしめる度に、無駄のない所作に潜む冷徹さが場を凍りつかせていった。


「――お久しゅうございます。万次郎様」


 守護神さながらの彼女に対し、万次郎はしかと目を合わせた後、下へ逸らした。

 

「常子はそちらについたか」

「元よりわたくしは()()家を守る(ほこ)でございます」

「左様か。……其方(そなた)にとって、(われ)は太郎家の者にはなれなかったようだな」

「何をそのような――」

「もうよい」


 万次郎は己が思いさえ断ち切った声音で常子を捨ておき、治太郎に迫る。


「重國。上様の子たる我を前にして挨拶も無しとは。礼儀も知らぬ身の上なのか?」


 あっ、と治太郎の声が漏れる。隙を与えず万次郎は更に言葉を重ねる。


「お前を養子に迎えた亡き四行家が浮かばれぬ。この疫病神が」

「――万次郎様ッ!!」


 聞き捨てならない物言いに常子が誰よりも早く口を挟む。これは激怒した治太郎が術中に(はま)り、無礼を働くのを恐れての判断だった。

 

「若様は上様の御令息にあられます。その若様に対し――」

「――黙れ。我の冠位(かんい)は二位である。そこな重國は、亡き四郎様の跡取り重九郎殿のそのまた養子。冠位(かんい)三位(さんみ)である。……いいや? 元服――初冠(ういこうぶり)が済んでおらぬのだから、文字通り冠位すら持たぬわ」


 神子の冠位は本来、女王より授かる(かんむり)の位のこと。一位を女王の子である八姫八君(やひめやぎみ)とし、二位を八姫八君の子。三位を八姫八君の孫、又は八姫八君以降の女王の子とする。

 

「――お言葉が過ぎま――」

「――お戯れが過ぎますぞ。若君」


 常子を(さえぎ)った男、万次郎の背後に隠れていた老爺が姿を現す。万次郎を諭す口ぶりだが、それは形だけにすぎない。


「……とはいえ、万次郎様にはこれほどの憤りがおありだということを重々承知して頂きたいものですなぁ。皆様」


 老爺の言葉に、辺りを囲む大衆の中には深く頷く神子も見受けられた。

 

 老爺が今更になって万次郎の口を止めたのは、全てを聞かせたかっただけである。そう見抜いた常子は鼻を浅く鳴らした。


「あんたは……?」


 治太郎と初対面の老爺は深々と頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私は万次郎様の家臣――神子三条良盛かみごのさんじょうよしもりと申します」


 優しげな顔の老爺――良盛。三条家が家運をかけて万次郎を養子に出した際、第三王女・三代が自ら選んだ万次郎の側近。治太郎にとっての常子である。


「良盛様。このように無作法な邂逅(かいこう)を果たされるとは思いもよりませんでした」

「これはこれは、申し訳ありませぬ。そう怖い顔をなさるな。……覚悟を試すだけの、ほんのご挨拶のつもりでした」

「……上様の御子(おこ)である若様を……〝試す〟?」


 無礼な挑発に鋭い眼光を飛ばす常子。それとは対照的に、良盛は終始笑みを絶やさない。


「言い方が悪かったですかな。……神槍と(うた)われた貴女を前にすると、槍がなくとも肝が冷えます」

「良盛(じい)。もうそれくらいで良かろう。義父上(ちちうえ)を待たせては世継ぎの名折れだ」


 万次郎と良盛、彼らの態度の全てが常子の(かん)に障る。

 

 両名はそのまま治太郎達の前を塞ぐように歩き、王の御前へと向かった。常子は深く息を吸いこんで、治太郎に優しく頷き、歩みを進める。その後ろで黙り込むしか出来なかった常影は、改めて治太郎の忠臣としての責務を自身に問い直すのだった。


 一行が空席の王の座に着く。両陣営が隣合うように(たたみ)に座ると、万次郎が流し目に治太郎の顔を覗く。静かに燃ゆる熱を帯びた眼差しが、治太郎の視線と交差する。

 

 この時、両雄は自然と、不自然に笑っていた。最初に治太郎が微笑み、次に万次郎が笑ったのだ。互いに間抜けだと見下したのか、はたまた度量を認め合ったのかは定かではない。


 

「――妙なこともあるものだな。兄弟揃って参上し、既に打ち解けているとは」

 


 その雄々しい一声に全員がひれ伏した。

 音もなく彼らの前に現れた男は、突如として計り知れない霊気を(まと)いだす。圧倒的な神子の格。


「皆の者、(つむり)を上げよ」


 彼こそが神子の王。


「治太郎、お前と言葉を交わすのはこれが初めてであるな。儂こそが――神子太郎(かみごのたろう)。お前の実の父である」


 治太郎は畏怖と驚喜(きょうき)で瞬きを忘れ、言葉が出ない。


 太郎は五十代頃で、純白の着物に青の濃い二藍(ふたあい)の衣を羽織り、帯は漆黒に染め上げている。

 溢れ出る恐ろしき神威(しんい)。呼吸すら(はばか)られる程に辺りの空気は震え、ただ静寂のみが存在を許される。そこには、王の威厳そのものが鎮座していた。


 その風格の奥に潜む霊魂。治太郎の直感は一点の迷いもなく〝父〟だと断定した。――己とは全く異なる人生を歩んできたのだろう、しかし似ている。その姿形、そして〝血〟。自分が受け継いだのは彼であると、治太郎は悟る。

 

「親父殿……。俺はもうここじゃ……『治太郎』じゃねえよ……」


 動揺のあまり、治太郎は第一声を反射的に答えていた。礼節を忘れた治太郎本来の口調に、太郎は大層嬉しげに笑う。

 

「ハハッ、左様であるな。許せ。儂は『治太郎』という名を気に入っていてな。何しろ儂が名付けたのだ。――改めて神子重國(かみごのしげくに)。よくぞ参った」


 治太郎は太郎に四行家の棟梁(とうりょう)の面影を見る。自分は親がいないからこそ皆が平等に家族になり得た。けれど今、〝父〟は平等の外にいる気がした。血の繋がりのある本当の家族とは何が特別なのか、今ひとつ不明瞭で、それでも特別を信じたいと、初めて自覚したのだ。

 

 これは権力者の会話ではなく、父と子の日常――。

 初めての状況に治太郎の頭から礼儀作法や言葉さえも抜け落ち、酷く焦り、それを急かさぬ太郎の穏やかな父性が浮かび上がる。


「ち、父上……」

「『親父』で構わぬ。前は重九郎を『父ちゃん』と呼んでいたそうではないか。常子から聞いた折には腹の底から笑ったものだ。……フッ。近頃はお前のおかげで退屈せずに済んだものよ。堅苦しく縛るには惜しい。儂の前では普段の話し方で良い」


 万次郎がぼんやりと畳を見つめていると、自身が両手を強く握り締めていたことに気が付く。

 

「じゃあお言葉に甘えて……親父殿。んー、っぱり、なーんか初めて会う気がしねぇな」


 治太郎の並外れた適応力。無礼講を許された直後に軽口を返せるのは彼の『人に合わせる』持ち味だ。しかし、それを許せぬ者がいた。

 

「――重國ッ!! 義父上(ちちうえ)に対し無礼であろう!!」


 吠えたのは無論万次郎だ。

 

「捨ておけ。ただの親子の団欒(だんらん)よ」

団欒(だんらん)……?」

「左様」

「ならばこの万次郎も――」

 

「――上様。ご準備が整いましてございます」


 太郎のすぐ横に仕えていた武人が万次郎の声に割って入った。その武人は太郎の側近――神子常雄(かみごのつねお)神槍(しんそう)の常子と並び評される、弓聖(きゅうせい)の常雄である。

 

「であるか。ならば……神子重國。この儀式だけは笑い話では終われぬものだ。真の実力のみが許される。覚悟は良いな」

「はっ! 抜かりなしだぜ」

「儂の(せがれ)に相応しいかどうかを見定める。――全霊を尽くせよ」

「承知ッ!!」


 こうして、流鏑馬の儀が執り行われることとなった。

 

 太郎の御前を離れる治太郎一行。それを陰から見下ろす万次郎は憎悪を(たぎ)らせていた。彼の傍らにいる良盛は敢えて何も言わなかった。

 先刻、太郎の側近である常雄が万次郎に口を挟んだ。これ即ち江戸家の意向は万次郎ではなく、治太郎を世継ぎにしたいということになる。――良盛の想定は当たっていた。

 とはいえ万次郎にとって義父・太郎との関係は年月でいえば数百年。養子とはいえ自分を差し置き、最近出てきたばかりの治太郎に座を譲るとは思えなかった。故にこそ、実際目の当たりにした光景が容認できなかったのである。

 

 万次郎らは特別席に移り、馬場を見下ろす。

 しばらくして、白馬に(またが)った治太郎が登場。大歓声が彼に浴びせられる。神妙な空気を背負いながら、その表情は晴れ渡っていた。普段は決して出せぬ本気を出さねばならぬ時。緊張が彼の神子としての格を押し上げ、底知れぬ全力に彼自身が期待を抱いている。

 

 神子は人より遥かに目が良い。遠目でも治太郎の(たたず)まいまで視認できる。故に万次郎は失笑した。白馬の王子は実直であり、熱と勢いと持ち合わせ、威風堂々と天を仰いでいる。その在り方を言葉を交わさず、立ち姿だけで会場中へ無意識に示していたのだ。

 

「……話とは大違いではないか、良盛爺」

「左様にございますな」

間者(かんじゃ)の情報では重國は常人同様であったはず。未だ元服前……霊剣も無しにあの霊気など――」

「確かに、(まが)うことなき上様の御子(おこ)ですな。――しかし、それがどうされた?」

「何?」

「若君は霊気ではなく、ただ覇気に気圧(けお)されておるのです。想定外こそ真の王が試されるもの。自信をお持ちなさいませ」

「……左様か、左様だな。……良盛爺。重國の力の片鱗が見えたのなら尚のこと、ここで()()を付けるべきではないか?」


 万次郎は不安や恐怖、憤りを抑え、八姫八君の子としての自負を取り戻す。その上で余裕を持ち、これに興じることとした。

 

「……奴に謀反(むほん)の罪を着せ、俺が誅伐(ちゅうばつ)するというのはどうだ」


 大それた提案に良盛は目を細めて笑った。

 

「ご無理がありましょう」

「ハハッ。何故だ。俺が上様の実子ではないからか?」

「怖気付くのはお止めなさい。……無意味な感情を捨て、現状だけを推し量るのです。……重國様は決して人道を踏み外さぬ御方であり、おのずと〝皆に信用されてしまう〟御方だと、間者(かんじゃ)より聞き及んでおります。……上様のご様子を見るに、これまでも重國様を見守られていたのでしょう。あの信用は容易には覆せませぬ。――ならば。圧倒する力、圧巻の覇道で勝つしかありますまい」


 万次郎は返事も忘れ、食い入るような眼光で治太郎を見つめ直す。それはもはや見下す視線ではなく、倒すべき敵と見なした上で、その全てを抉り出し解剖するが如く鋭利な執念であった。

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