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君捨て山 ~八姫八君の物語~  作者: 切 実り
(治太郎編)
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46話 『大倉仁慈の執着』

 ――流鏑馬の儀の前日。

 仁慈と与助は最近顔を見せない治太郎をよそに、毎日町で与太話をしていた。


「なあ仁慈! やっぱ今のうち治太郎に仕官しようぜ! そんで霊剣買わせんだよ」

「だから何度も言わせるな。俺はあいつの下で働きたくない。家来なぞ御免だ」

「つれねぇなぁ〜」

「よく言われる。……そもそも与助は霊剣を買わせたいだけだろ」

 

 仁慈は呆れた顔で軽く睨んだ。


「だってよー。でーだらぼっち倒したんだぜ? 霊剣持ったオレらは間違いなく最強だったじゃねえか」

「かもな」

「あの霊剣使いの荒木だってオレ達みてぇに雷も火も出なかったんだぜ? オレらの力、もっと試したくねぇか?」

「……これは勘だが。あれは霊剣を初めて持ったが故の〝起こり〟。一時の(きら)めきに過ぎないのだと思うぞ」


 冷めていて意欲のない物言い。けれど与助には言わんとしていることが感覚で分かっていた。


「ちと同感だがよー。オレは霊剣触ったの二度目だぜ?」

「……だが一度目の霊剣は川に落ちたのだろ?」

「それ関係あるか?」

「私は霊剣に触れた時、その霊力で全ての力が研ぎ澄まされた感覚があった。だが折れてからは急速に失われた。霊剣を手放してから徐々に失われていたが、ある時を境に急速に失われた。これは与助が霊剣を折った時だと思う」

「……マジか。実はオレも折れてから急に力がなくなったんだよな」


 なぜか異常に驚く与助。

 認識が合っていたことを確認すると、仁慈は「やはり」と辻褄を合わせるように問う。


「その力の失い方、一度目の霊剣を川に落とした時にもあったのではないか?」

「テメェ……占い師か」

「ただの推測だ」

「推測だぁぁ?」

「実は、山火事の下手人も霊剣を川に落としたことがあってな。その際『三途の川に流れてしまったら』と言っていた。その物言いが不可解で覚えていた」


 だから何が言いてんだ、という頭を空にした表情の与助だ。


「おそらく川に落ちた霊剣は、やがてこの世のものではなくなる。故に使い手との縁も途絶え、力が失われた。……よって与助は二度目の霊剣も、初めて同様の〝起こり〟があった」

「ようは、オレの雷もオメェの火も、初めてだからたまたま強かったってぇ話か?」

「そうだ」

「野暮な話だぜ全くよぉ。霊剣使わねえと結局わかんねえじゃねえか」


 仁慈は下を向いて、自分が未だに霊剣を使って良いものかと自問自答していた。

 

「荒木との戦いが終わった折、先生は『霊剣に触れるな』と仰った。霊剣の力に頼らず、技を磨けと」

「けどなァ。剣士なら霊剣でも何でも使って強くなりてぇもんだろ?」

「……先生がそう望むならな。……私はダイダラ程の危機でもなければ、先生の意に背いて霊剣を使う気はないのだ」

「まーた『先生先生』かよ」

 

 生真面目な仁慈を前に、与助は治太郎さえいればと空を見上げた。その時ふと、荒木との戦いを思い出す。

 

「そういや覚えてるか? あん時『今度先生のこと聞かせろ』って言ったの」

「ああ。そんなこともあったか」

「忘れたふりしてやがったなぁ? このやろう」

「そんなんじゃないさ」


 仕切り直すように与助が改めて聞き直す。

 

「でぇ、いつからだ? 拾われてからずーっと大先生の背中を追ってたのか?」


 仁慈はぼんやりと空を見上げた。

 

「元からではない。幼くして拾われてから、先生自ら進んで教えを受けた覚えはない。むしろ当時、先生は私を置いて外で食事を済ませたり、用事で数日帰らないことも多かった。幼い私が屋敷にいることが鬱陶しかったのか、『昼間は黄竜館(こうりゅうかん)で学んでこい』と厄介払いをされたものだ」

「……オメェそん時いくつだよ」

「拾われたのは五つの頃だ」


 与助は変なことを聞いてしまったのではないかと少し反省した。

 

「案外てぇへんな人生だったのな」

「そうでもない。食事は屋敷にある物で作ってよかったからな。孤児が食い物に困らぬなど、これ以上の恩はない」

「寂しくなかったか? きっとガキのお前じゃ会話もしてくれねえだろ、あの先生」

「確かに会話はない。だが黄竜館で治太郎と出会ってからは退屈しない日々だった。私が先生とお話するにはそれなりに教養が必要でな、黄竜館では学問も色々と世話になった」

「へぇー。黄竜館の免許皆伝としては鼻が高えな」


 本当に鼻を掻く与助。

 

「もし与助と門弟達の関係が良好になれば、また寺子屋を開いてほしいものだ」

「おう、そりゃいいな。にしてもおもれぇ話だぜ。そのまま黄竜館の免許皆伝になっちまえば良かったのに。オメエの親代わりみてえなもんなんだしよ」

「そうなればお前とも早くに肩を並べていたな。だが治太郎と武家の子らの下らぬ言い争いで私まで通えなくなったのだ。……いいや、それ以前に私は先生の門弟になりたかった」


 仁慈の声音には、敬慕(けいぼ)の念が溢れ出ていた。

 

「大先生へのすげぇ尊敬は、衣食住の恩義からか?」

「そうだ。――と言いたいところだが、実は違うと思う」

「ってーと?」

「むしろ私は、親を馬鹿にされて怒る者の気持ちが分からなかった。……両親との記憶はほとんど無いからな。……黄竜館で由緒正しい武家の子供が、親を誇ったり、(けな)されれば命懸けで怒る様が羨ましかった。私にはその感覚が分からなくてな。……故に、寺子屋で教わった〝忠義〟や〝武士道〟に憧れたのだ」

「じゃあオメエ、ただの〝真似〟で先生を慕い始めたってのか?」

「ああ。そしたらいつの間にか、あの方に認めてほしくなった。何も持たず、目指す道のない私にとって、あの方は私の全てに成り得た。唯一の父であり、師だ。ただそれだけを求めて、今も剣を極めている」


 思いがけない答え。命の恩人や親代わり、剣聖といった情でも憧憬(しょうけい)でもないきっかけ。

 

 与助はありふれた彼の生き様を胸に落とし込むように町を眺める。

 すると、治太郎の姿が見えた。二人は珍しい彼の登場にすぐさま駆け寄る。


「おー! 若様じゃねえかよ!」

「どうせまた悪さをして、閉じ込められていたのだろう?」


 流鏑馬の儀、前日である今日。治太郎は久しぶりに町へと足を運んでいたのだ。


「ひっさしいな! おめえら!」

 

 二人にとって、治太郎の隣には見ない顔の侍がいた。護衛の常影である。

 仁慈と与助は瞬時に凄腕の剣客であると見抜いた。


「紹介するぜ! こいつは常か――」

「――大倉殿、豪野谷殿、若様がお世話になっております」


 常影は自ら身を乗り出し、深々と一礼する。

 名乗ってもいない二人の名が既に知られていた。仁慈は恐ろしい侍だと警戒するが、最も恐れるべきはその後だ。


「若様の従者、神子常影(かみごのつねかげ)と申します」

(神子――⁉︎)


 盲目の老爺の話では、幕府の全員が神子ではないと聞いていた。けれど治太郎の従者は神子であった。そして仁慈が何より驚愕したのは、その名である。


(それも常影だと……? 山火事の日、メイと滝に落ちた後、遭遇した神選組の一人は『常影』と呼ばれていたはず……。先生と兄上が仲間を殺害している。もし、私に気付いていたら――)


「へェー! オメエさん若様の従者か! ずいぶん若ぇな!」

「おいこら与助。あんま虐めんなよ?」

「いえいえ、いいのです。若様はどうぞ(それがし)をお気になさらず」


 仁慈だけが会話から少し外れてしまった。頭の整理に時を要した。その、ほんの一瞬。前髪の奥、常影の隠れた左目は仁慈を見据えていた。

 

 常影の観察眼であれば、山火事の際、近寄っておらずとも、たとえ夜の暗がりであったとしても、仁慈の顔を覚えていても不思議ではない。


「なーに言ってんだよ。おめえは従者っつっても弟分みてぇなもんだ。ちゃんと仲良くすんだぞ」


 仁慈と常影は互いに〝仲良く〟しては危険だと悟っていた。


「治太郎の弟分か! ならオレの弟も同然じゃねえか! よろしくな!」

「はっ。何卒、よしなにお願い申し上げます」


 軽々と与助から差し出された手を、常影が握った。

 仁慈は自身が警戒する素振りそのものを恐れ、続いて手を差し伸べる。


「初めまして、浪人の大倉仁慈です」

「こちらこそ恐れ入ります。……仁慈殿はどこか、初めてとは思えませぬ――」


 握られた仁慈の手は、常影の剣客としての底知れぬ技量をひしひしと感じ取った。


(挑発――? 気付かれているのか? だとすれば――)


 仁慈の感情が右手に伝う前に、さっと手を離す。


「そりゃおめぇ! 仁慈はガキの頃から兄弟だからな! 俺に似てきたんだろうよ」

「左様でしたか。……では、仁慈殿も某の兄上ですね」


 常影は治太郎を前に微笑みを浮かべていた。

 

「それは些か気が引けるというもの。私は見習い剣士です。本来、幕府の方と対等に話せるような身分ではありませんから」

「いいえ。若様の大切なご友人様でございますから。どうか、どうかお気になさらず――」


 杞憂(きゆう)。常影の穏やかな言葉は本心から放たれたもの。仁慈の魂を見抜く瞳は、彼の優しさだけを捉えていた。


 治太郎は思いついたように手を叩く。


「うっし! おめぇら三人で重國(しげくに)三勇士(さんゆうし)ってどうだ! 俺だけの最強の侍集団よ!」

「ンだそれ。テメェだけ不公平だろ! なんでオレらが下なんだよ!」

「ァー? こっちゃ若様だぞ! ……って言いてぇとこだが、それもそうだな。――じゃっ! 四天王でどうだ! 『重國(しげくに)四天王』!」


 クスッと鼻で笑う音が重なる。仁慈と常影の視線が交わった。そうして、似た役回りをしているのかもしれない、と互いを労うような素振りをみせる。

 治太郎の前では警戒などすぐに解けてしまったようだ。


「おめぇら何笑ってんだよ!」

「これはご無礼を……」

「馬鹿治太郎。『重國四天王』じゃ、お前が親玉で、その下に四人いることになるだろう。屋敷でもそうして常影殿を困らせているのか。大概にしろよ」

「あぁ⁉︎」

「へへッ! 確かに治太郎の世話は骨折れらぁーな!」

「……え、そうなの常影?」

「……いえ。そのようなことは……」


 常影の受け答えは明らかに〝そう〟であった。与助が「気にするな」と治太郎の肩を叩く。それがむしろ余計に可哀想な光景へと仕立て上げている。


「常影は従者ってーと、まさか治太郎(コイツ)が出掛ける時ゃ毎回?」


 与助はもう呼び捨てである。


「はい。皆様にはご迷惑をお掛けします。某がいるだけでお邪魔になるとは存じますが、どうかお気になさらず……」

「オイ、聞いたかよ仁慈」

「ああ。まるで犬の散歩だな」

「ハァ⁉︎ 俺様は野良猫だっつってんだろ!」


 どちらにせよ畜生である。


「てかよ! もうあれだな! 『四兄弟』でいいな!」

「んじゃオレが長男だな!」

「はぁー⁉︎ 重國(しげくに)四兄弟だからな!」


 四兄弟でいいと思っているのは、治太郎と与助だけである。仁慈にとって与助は戦友であり信頼における相棒。兄弟は治太郎だけであった。


 そうして水茶屋で団子を(かじ)った帰り際、仁慈はポツリと治太郎に言う。


「お前は何でもかんでも兄弟を増やしすぎだ」

「んだとー? 俺らは親無しだろうが。皆兄弟かも知れねえだろ?」

「……そうだな」


 お前はそういう奴だ、と仁慈は空を見上げ、背を向けて帰っていった。

 

 常影は治太郎との帰路で、相変わらず治太郎の話を延々と聞かされる。


「――本当にあのお二人がお好きなのですね」

「たりめーよ。ガキの頃の仁慈とのバカ話、どこまで話したっけな? 近所の神社ぜーんぶお供物盗み食い競争した話は――」

「五回ほど聞いております」

「んだよ耳タコじゃねえか」

「そのお話を祖母上に聞かれては(なぜか某が)怒られますので、お控えくださいませ」


 大仰な屋敷が見えてくる頃。


「某を弟分だとお思いくださるのは大変嬉しゅうございます。ですがどうか、仁慈殿の前ではあまり……」

「えぇ? いいじゃねえかよ」

「仁慈殿にとって、若様は特別なご兄弟なのだとお見受けしました」

「俺もそうだぜ。あいつぁ特別も特別よ」

「ならば尚更――」

「一々言わなくたって分かる仲なんだよ。んな小せぇこと気にする奴じゃねえからよ」


 そうして二人は屋敷へと帰ると、最後の流鏑馬の稽古を始めた。

 

 治太郎が白馬に(また)がると、常影は淡々と馬具を調整しながら呟く。

 

「そういえば、お二人は〝神子〟について何かご存知なのでしょうか?」

「いやぁ? 知らねぇだろ。俺ですらまだ詳しく聞かされてねぇんだからよ」

「――では何故、仁慈殿は『常影殿』とお呼びくださったのでしょう。あの方なら今日ばかりは『神子殿』と言いそうなものなのに……」


 思えば、与助はすぐに『常影』と呼び捨てにしていた。きっと仁慈もつられただけ。杞憂(きゆう)にすぎない。そう、流鏑馬の儀に専念することにした。

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