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君捨て山 ~八姫八君の物語~  作者: 切 実り
第一章 投木(なげき)
38/45

38話 『介錯(かいしゃく)』

 完全に首を断つ。

 切り口から凄まじい勢いで白き火炎が(ほとばし)った。


「――ッ!?」


 霊剣の炎は収まらず、炎をひたすらに吐き出し続ける。そして仁慈の腕にまで燃え広がった。


「熱ッ! 熱いッ! 熱い熱い熱い熱いッ!」

「仁慈様⁉︎」

「「仁慈ッ‼︎」」


 落下する仁慈は燃え盛る刀を押さえるように地面へ叩き付け、辛うじて受け身を取った。


 全身を焼く火傷の痛みは、焼死した母を思い起こさせる。炎は増すばかりか、周囲の草までも燃やす。仁慈自身も制御ができない。


 一方、斬られたダイダラの頭は落ちず、徐々に修復されていく。それを見た仁慈は痛みに耐えながら、再び斬り掛かる体勢を取った。


「やめろ仁慈ッ! 刀から手を離せ‼︎」

「そうだぜ‼︎ オメエが死んじまう‼︎」

「……されどッ!」


 ダイダラは苦し紛れに手足をジタバタと叩きつけて振り回す。それだけで猛威。厄災である。


 天狐に向かって巨体が転がると、与助が稲妻の速度で彼女を抱きかかえて運ぶ。


「……ありがとうございます」

「気にすんな! アンタに何かあっちゃ仁慈に叱られるからな! それより――」


 仁慈の持つ霊剣は熱を増し続け、次第に刀身溶けて自壊を始める。


「――どうなっておるのだ! ダイダラを倒すまでは、まだ、まだ壊れるな!」


 見かねた誠士が疾風の如く仁慈に駆け寄り、小手への峰打ちで霊剣を落とさせる。

 それでも霊剣は暴走し続け、炎を止めなかった。


 不幸中の幸いは、ダイダラが暴れ出したことでメイの呪詛がむしろ彼女自身を苦しめ、妖怪達の動きが鈍っていることだ。妖怪達はダイダラを恐れ、今なお距離を取っている。


 仁慈が霊剣から手を離したことで温度や火炎が増すことはなかった。けれどこのままでは辺りを燃やしてしまうだろう。


「鞘に戻せば収まるか?」

「お待ちをッ! それはもう柄まで高熱です。兄上が触れては危険です。ここは私に」

「いや、お前はもう重症だろ――」


 誠士が仁慈の両手に目を向けると、袖は焼けても肌は一切火傷をしていなかった。


「お前……」

「私はこの火には焼かれないようです。熱いですが、耐えられない程ではありません」


 仁慈が再び手に取ると、瞬く間に刀身は業火を放つ。一度納刀すると、火は静かに収まった。

 二人は怒り狂うダイダラの攻撃を避け、与助らがいる社付近まで一度後退する。


「天狐殿、ご無事ですか」

「はい」

「与助、礼を言う」

「あたぼーよ。でえ、どうするよ」

「私が握ると霊剣は暴走し、自壊を始めるようだ。だが炎は確実にダイダラをも焼いていた」


 ダイダラは這いつくばって巨体を揺らしながら、ゆっくりと社へと進撃を開始した。


「ふむ。俺達三人がただの剣で斬ったとて倒せる敵ではない」

「……名乗りが遅れて申し訳ありません。ミコノ天狐でございます。差し出がましいことと存じますが、ダイダラを力で倒すことは難しいかと。……本来、気性の荒い妖怪ではありません。あれに掛けられた呪いを解くことが出来れば、帰っていくかと」

「天狐殿、お言葉感謝いたす。……して、呪いを解くには霊剣の火が効くと見える。だが使い手の身まで焼かれてしまう。……仁慈は火傷を負わないが、持つと剣が自壊してしまう。つまり仁慈が持てば頼みの綱である霊剣すら失う可能性がある。一番避けるべきだろう」

「なあ? 誰が持っても火に耐えられるようになんじゃねえか?」


 天狐が首を横に振った。


「――まず、火が現れないと存じます」

「えェー?」

「霊剣は使い手の力を引き出します。仁慈様の場合は〝火〟だった、ということです。お二方が不用意に剣を抜くのは危険かと。仁慈様ならば確証はありましたが、他の方にどういった影響を及ぼすか……」

「おーッ! ならオレに任せろ。オレは一度触ったことあっからな! 特に何とも無かったぜ!」


 悠長に話しているとダイダラは目の前まで迫り、再生した左腕を横に大きく振り払う予備動作をする。


 覚悟を決めた与助は、仁慈の霊剣をひったくるように掴んだ。


「バカッ! まだ高熱だぞ!」


 与助は霊剣を取り上げて鯉口を切る。

 するとそこから、一条の雷光が(ほとばし)る――。


「甘く見んな。オレは雷に打たれて無事だった男だ――」


 ダイダラの左腕が飛んでくる。

 天狐を抱きかかえた仁慈が後方へ飛び退き、誠士がそれに続く。


 ただ一人、赤髪の男だけが残った。与助が着流しから右肩を脱ぐと、枝分かれする落雷の如き赤い痣が露わになる。


「久しいぜ‼︎ この痺れる感じッ‼︎」


 ダイダラの超巨大な左腕が、与助の眼前に迫った。


 ――〝紫電一閃(しでんいっせん)


 居合斬り、炸裂。

 刀身から放たれた激しい雷霆(らいてい)。目をも潰す強烈な稲光(いなびかり)。耳をつんざく轟然(ごうぜん)とした雷鳴。


 ダイダラの腕は斬られた斜線を境に滑り落ちる。その一直線の断面の先には、与助の剣先が(まばゆ)く佇んでいた。


「――言ったろ? オレはやる男だ」

「「…………」」


 天狐は小さく呟く。


「神秘をお持ちなのですね……」

「天狐殿、それは――?」


 ダイダラは続け様に右腕で与助を叩き潰す。も、真上に向けた与助の刺突は稲妻となり天上まで貫通した。


 暗雲を()く与助の剣。されどダイダラの両腕は瞬く間に再生し、乱暴に振り回し続ける。

 与助の雷を帯びた技が次々と炸裂し、それらを相殺していく。


 倒せるかもしれない、と三人が望みをかけた時、与助は切迫した表情で振り返った。


「こりャ前に使ったみてぇな〝本物〟じゃねえな!」

「〝本物〟ではない?」

「おうよッ! でも(しの)ぐにゃ申し分ねえ! 問題(もんで)ぇなのはオレの剣じゃ呪詛は(はら)えねえってこった!」


 つまりダイダラの進行は止められても、決まり手がないのである。ダイダラの猛威を食い止めていられるのは、与助の体力が保つ間だけということになる。


「兄上。私が霊剣で倒します。私の炎ならダイダラの呪詛を焼き払うことができると思うのです」

「駄目だ。これは直感だが、お前の炎は霊剣そのものまで焼いて壊してしまうのだろう。あまりに危険だ」

「ですがッ! いずれ与助は力尽きます! 再生するダイダラを倒すことは不可能。呪詛を解くしかありません。それには私が斬るしか……いや、違う――」


 仁慈は遠くで(もだ)え苦しむメイに目を向けた。


「――神子のメイを斬って、呪詛を止めます」

「……そうか。呪詛を掛けた本人を殺せば呪いは解かれるが道理」


 その頃、ダイダラの暴虐を()(くぐ)って妖怪達が社へ迫っていた。


「兄上、どうか天狐殿を頼みました。――私が斬ります」

 

 誠士は仁慈の目を見つめて頷く。


「……仁慈、けりを付けてこい」

「承知ッ」


 仁慈は天狐の冷えた手を優しく包み込んで、そっと離す。そしてダイダラの背後で妖怪達に守られたメイの元へ向かった。


 ――〝風姿花剣(ふうしかけん)


 仁慈は襲い掛かる鬼の首を()ね、土蜘蛛の糸をひらりと躱し、妖怪達の背を足場にして飛んでいく。


「見つけたぞ。――神子の、メイッ‼︎」


 メイがダイダラへの呪詛を少し抑え、自身への負荷を緩めて双剣を構えた。


「仁慈ィ……嫌い。やはり『解き放つ者』ではないかッ!」

「何を……」

「山姥は山の神。山の如く〝不動〟の神秘。時の流れを止めるもの。……雷は〝打ち砕く〟神秘。全てを穿(うが)つもの。……そして、炎は〝打ち消し〟の神秘。因果をも打ち消すもの。……わたくしの呪いさえも焼き払えるはずなのに――貴方はッ‼︎」


 彼女は呪い殺さんばかりの視線を向ける。


「仁慈様……斬る覚悟はできましたか?」

「無論だ。お前こそ、死ぬ覚悟は済んだか」


 メイは不敵に笑った。


「死ぬのは貴方ですよ。さあ皆様! 今宵(こよい)最後の、酒池肉林(しゅちにくりん)のお時間です!」


 呪詛によって強化された妖怪達が再び仁慈を襲う。が、一直線に飛んでメイを斬りつける。


 ――〝月影(つきかげ)


 二刀で防がれるも、それは算段の内であった。跳躍の勢いを利用して鍔迫(つばぜ)り合いのまま押し退ける。遠くまで飛ばされたメイは目を見開いた。


 二人は共に山の斜面を転がり落ち、妖怪達との距離が開く。けれど仁慈の作戦は各個撃破だけが理由ではない。


「妖怪が現れたのはお前の周囲だけだった。奴らを操る呪詛も、離れてしまえば難しかろう――?」

「おのれッ! 仁慈ッ!」


 余裕の消えたメイの表情がそれを自白していた。


 社付近にいたダイダラの呪詛が薄まり、動きが鈍る。がら空きになった巨体を前に、与助は満面の笑みで下段に構える。


「ヘッ! 仁慈に負けた技をずっと磨いててよッ! 試したかったんだよなァ!」


 元々の与助の並外れた身体能力を霊剣が更に強化する。みなぎり溢れる力を足に集結させ、地が割れるほど強く踏みしめて飛び上がった。


 ――〝雷神・昇り竜〟


 与助は稲妻と化し、ダイダラの足元から胴、頭までを一気に斬り裂く。


「見たかッ! これぞ黄金の竜! 黄竜館(こうりゅうかん)に相応しいだろッ?」


 ダイダラの身の丈さえ超えて空へ舞う与助は、余りある力を剣に込めた。


「ハハッ! 最高の眺めだぜ! ……天上の絶景ッ、からの――ッ」


 ――〝雷落とし〟‼︎


 燦然(さんぜん)と輝く黄金の光をその身に集め、天空から落下と同時にダイダラの頭へ叩きつける。その雷霆(らいてい)がダイダラを真っ二つに斬り裂き、天と地を繋ぐ光の柱が辺り一面を照らした。


 与助が満足げに着地する。しかし雷が収まると、ダイダラは再び漆黒(しっこく)の覇気を(まと)って襲いかかった。


 天狐を守る誠士はそれを見て静かに呟く。


「……与助が危うくなれば、俺が霊剣を……」


 その背を見つめながら天狐は言葉を返す。


「いいえ。貴方様は決して霊剣に触れてはなりません」

「何故だ。天狐殿」

「……理由は定かではありません。ただ、視界が白く光った折、そう視えたのです」

「俺では呪詛を払えぬ、か……」

「そうなる前にきっと、仁慈様が打ち払ってくださいます」

 

 仁慈とメイは死闘を繰り広げていた。


 先日よりも神子の力を強化されたメイの動きはまるで電光石火。身のこなしでは仁慈が速くとも、二刀合わされば剣速は同等である。


 されど、一振りの威力は仁慈が圧倒的に上回った。責任と使命が剣を重く、鋭くしたのだ。


 自分が殺さねばならぬ、その一心が仁慈の全霊を引き出させる。


(――〝皆伐(かいばつ)〟ッ‼︎)


 本気の奥義は三箇所のみに絞られた。両腕の小手と胴。本来は複数の急所の同時攻撃であり、不可避の剣。あえて局所へ絞ることで威力を極限まで高めた。


 メイは小手の筋を斬られて二刀を落とし、胴に袈裟斬りを深々と喰らい、はずみで数歩後ずさる。


(――〝月影(つきかげ)〟ッ‼︎)


 胴の傷を修復される前に再び傷口を全力で叩き斬る。


 メイは大量の血飛沫を放ちながら、事切れたように後方の木に打ち付けられた。


 その有り様と感触に、仁慈の剣を握る力が抜ける。メイは座り込んでどろりと血を吐いた。気が付けば妖怪達は追ってくる素振りすら見せなくなっていた。掛けられた呪詛は著しく弱まっていたのだ。


 だが、まだ息のあるメイ。


 霊剣が無ければなす術もなく、ただ止めどなく血を流すだけの少女だ。(うつむ)く彼女は呼吸を荒立てて、必死に空気を吸おうとしている。

 これを前に、仁慈は最後の決断を迫られる。


 仁慈がメイに近づいて間合いの中へ入ると、絶えず流れる彼女の血が足の踏み場をなくしていた。それを一歩、一歩。踏み締めて、噛み締めて、メイの首元に剣を向ける。


 懸命に生きようとする彼女の(はかな)い鼓動が、剣先に伝う。それは暗い長屋の一室での、彼女の吐息を思い出させた。

 ……剣先がわずかに震える。


(……お前は首を落としても死なない。故に修復が難儀な袈裟斬りを二度繰り返した。その痛みは想像を絶するものだったろう……。初めから、首を落とすだけで死んでくれたなら。これほど苦しませずに済んだというのに……)


 最後の一太刀で必ず楽にさせる。

 これは、あの世に送り出す介錯(かいしゃく)になる。

 

「すまぬ……メイ」

 

 何に対する謝罪なのか、仁慈自身にも分からない。


 ――息を吐き、剣を構え直し、振り下ろす。


「わたくしは……何の為に……」


 仁慈の剣が首元寸前で止まった。


「……メイ」

「……不幸の、呪い……逃れられない……。ですが何故……わたくしは……ここまで……」


 メイは霊剣の霊力から解き放たれ、最期に自我を取り戻したのだと仁慈は悟る。ゆっくりと目蓋を開けたメイは、こちらを見ているようで見ていない。


 彼女は追憶していたのだ。

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