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君捨て山 ~八姫八君の物語~  作者: 切 実り
第一章 投木(なげき)
31/45

31話 『濫觴(らんしょう)』

【登場人物】

治太郎/四行重國(17):仁慈の幼馴染の町人。幕府重役の養子。

常影(16):神選組隊士


仁慈(17):若侍  

与助(19):赤髪長身の侍。『血塗れの与助』。

盲目の老爺(80頃):辻説法をしている老人。神子の言い伝えにも詳しい。

 常子が王と謁見をしている最中。

 夜更け前、治太郎は与助と共に松明を灯し、村の安全を確認していた。


「――若様ッ!」


 家来の者達が早馬で駆けつけ、その場ですぐに馬を降りる。


「おお! どうした。おめえら四行家のもんじゃねえな?」

「はい。我らは上様直属の者にございます。(それがし)は神選組三番隊の神子常影(かみごのつねかげ)と申します」

「上様たぁ太郎様のことだな? 婆に言われて最近覚えたぜ。それに神選組ときたか!」


 治太郎は自分への大層な出迎えに満更でもない顔で喜ぶ。与助は『神子』という言葉に肩が反射的に揺れるも、今は特に言葉を挟まなかった。


(それがし)は偶然任務で近くの山におりました故、皆様のご案内役として参上した次第にございます」

「ほー! そうか! ってーと、あの山火事を沈めたのはおめぇか!」

「いえ。皆の尽力により、なんとか……」


 村も火事もどうにか収まり、一件落着。治太郎は安堵する。


「――もしかして! これから俺の宴でもやるのか⁉︎ 父ちゃん、前に町の騒動収めたら大喜びだったしよぉ! 今度は白馬じゃなくて、一国貰えちゃったりしてな!」


 治太郎とは相反して、常影の顔は暗く曇っていた。

 実は治太郎の嫌な勘が働いていたが、吹き飛ばそうと敢えて空元気を見せる。


「なんだいなんだい! 気になるじゃねえか! もったい付けずによ〜」

「……何と、申し上げれば……」


 常影の大層重い口ぶりに、珍しく治太郎の顔から笑みが消えた。初夏だというのに寒気さえ感じる。


「……何があったんだよ」

「……先刻。屋敷が何者かに襲われ、お父上様が――」


 治太郎が手にしていた松明が揺れた。

 灯火が、消えかかっている。



 ――翌日。

 仁慈は昼頃の休憩で、毎度のごとく藤見町(ふじみちょう)に顔を出した。昨夜の話をしようと治太郎を探すも見当たらず、橋に目を向けると与助が佇んでいた。


「おお与助。聞いたぞ。一躍(いちやく)村を救った英雄になった気分はどうだ?」

「……ああ。そうか」

「なんでも、住む場所を失った村の者達にも、幕府が手厚く対応したと聞く。これも治太郎の采配か?」

「仁慈……。四行家の話は聞いたか?」


 そうして、仁慈は昨夜の襲撃の真相を聞いた。


 与助は夜が明けてすぐに詳細を聞きつけ、四行家まで赴いたのだという。四行家の棟梁(とうりょう)はその聡明さから人気があり、多くの町人達は悲報を聞きつけて花を手向けに来ていたらしい。


「どうやら生き残ったのは、治太郎を除いて一人だけだとよ」

「あいつの引っ越しの時期からして、狙われたのはあいつ自身なのだろう……」

「そりゃ合点がいく。……じゃあ当分は警戒して町には出てこないのかもな。……葬儀も大々的にやるだろうしよ」


 与助の推察通り、治太郎は二十日間も顔を見せなかった。

 その間、仁慈は天狐の身を案じて毎日社に出向いた。


 約一ヶ月が過ぎた頃、藤見町は心臓を失ったかのように意気消沈していた。橋から音無川(おとなしがわ)を見下ろす仁慈と与助。川はどうにも巡りが悪かった。


「ほんとに音無しの川になっちまったな」

「……今日もおらぬか」

「もうじき一ヶ月になるな……。もしかすっと治太郎はもう、おいそれと出歩けなくなるのかもなぁ?」


 与助の言葉が胸を突いた。

 冷静に考えれば四行家の後継ぎともなる男が、毎日町で身分違いの二人と出歩く方が不自然。あまりに不用心だ。


「懐かしいぜ。治太郎が屋敷から抜け出した日が」

「……なんだよ。()()の治太郎のくせに」


 ツっ、ツっと音がする。

 仁慈が(はかな)げに後ろを振り向くと、杖をついた盲目の老爺がいた。


「これはご隠居。ご無沙汰しております」

「……災難じゃったな。あの業火からよくぞ生きて戻った」

「最近はお見えになられませんでしたね」

「四行家のことがあったじゃろ。あれからこの藤見町まで幕府の手の者がうろついていた故な……」


 前回と同じように三人は『出逢(であい)』という茶屋に腰を下ろす。


 仁慈は山火事の日のことを二人に話し終えた。神子のメイが用いた火炎の呪詛の恐ろしさ。そしてメイが山の(ふもと)近くであるこの町に、まだ潜んでいる可能性を念を押して伝える。


「火の呪詛……じゃと?」

「はい。なんでも女王第一の夫の家系だとか……二子(ふたこ)様がどうとか……」

「第一の夫……。そして二子様とはな」


 老爺は物々しい表情で聞き届ける。


「爺さん、また何か知ってるのか?」

「……山姥(やまんば)は神子達を生んだ女王じゃ。多くの伴侶(はんりょ)、いわば男の側室を持つ」

「なんと。(みかど)とは真逆の一妻多夫ですか」

「そうじゃ。それは山姥の野生の本能でもあり、不幸の呪いによる『同じ(たね)から二人も生まれぬ』という陰陽師の考えからだと言われておる」


 老爺は誰に言うでもなく「まあ、数名おったのじゃが」と小さく呟いた。


「その陰陽師こそが第一の夫。この『第一』というのは子を成せた順じゃ。子宝に恵まれぬ故、女王は多くの男から強き種の濃ゆい魂を選び抜いておった」

「山姥のくせにモテモテじゃねえか。女王とやらは」

「強靭な女王は出産の危険もなく、多くの男と交配できたからのぅ……」


 仁慈は緑茶の沈みゆく茶柱を見ながら、深く考え込む。


「ですが、妖怪の伴侶になる者などおりますか?」

「逆じゃ。山姥を神と崇める村々はこぞって男を献上した。子を成せばその家は神の一族になれる……と、いつしか豪族までが女王と関係を持つようになった。後に女王宮(じょうおうぐう)という宮まで建造させ、その中で暮らすようになった」

女王宮(じょうおうぐう)……」

「とはいえ呪い故、すぐには子が出来なんだ。しかし陰陽師の活躍により、七年もの間、子が生まれ続けた栄華の時が来る。……生まれたるは八人の姫と八人の君。即ち八姫八君(やひめやぎみ)――」


 その時、仁慈は思い出す。


八姫八君(やひめやぎみ)……! 神子のメイは『八姫八君(やひめやぎみ)、二子様の生まれ変わり』と申しておりました」

「二子とは八姫(やひめ)の内、二番目の姫にあたる御方。……まあ、とうの昔に逝去(せいきょ)されたと聞く。単なる妄言じゃろうて」


 老爺はそう語ってからからと笑った。どこか乾いた笑い声だった。


 仁慈の中でメイが言っていた言葉の謎が解けた。彼女は悲痛の叫びを上げていたが、狂乱しており老爺の言う通り意味はなさそうだ。考えるべきはまだ息を潜める神子のメイをどうするかである。


「私が遭遇した神選組は、幕府の組織ですよね?」

「左様」

「神子のメイ絡みで幕府が動いているのなら、私は情報を提供した方が良いのでしょうか?」

「お勧めはせんな。あまり幕府を信用せぬことじゃ……。まあ、幕府に食わせてもらっておる儂が言うのもなんじゃがな……」


 茶屋に来たというのに、仁慈の喉は茶すら通す気にはなれなかった。行動しなければ天狐が怯える日々が続いてしまう。


「私は、どうすれば良いのですか?」

「言ったはずじゃ。……『火を(もっ)て火を制す』のじゃと」

「……それは血には血をもって(つぐな)わせる、ということですか?」


 返答はない。

 盲目の老爺は静かに茶を飲み干すと、銭を置いて茶屋から去っていった。


(私次第……ということか)

「ありゃ? そういや山火事の日、オレら勘定済ませて出てったっけ? 爺さんが払ってたなら申し訳ねえなぁ?」


 悩める仁慈に無視をされた与助は、老爺が残した団子を勝手に頬張る。


「おい仁慈。あの爺さん、案外金持ちらしいぜ。銭貸(ぜにかし)やってるって噂だ」

「銭貸か……。借金取りの用心棒を思い出すな」

「オメェが借金取りたぁ意外だな」

「治太郎に頼まれたのだ。あいつの博打絡みでな。散々な目にあった。……我らは孤児故に、替えのきく捨て駒として雇われたのだ」


「治太郎……」と仁慈が呟く。与助が残る一本の団子を差し出すと、仁慈は手に取らずそのままかぶりついた。味を感じられないまま、喉に押し込む。

 

 二人が茶屋を出ると、与助は黄竜館に顔を出すと言って反対方向へ去っていった。


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