4話
「どうして...」
李夏はアレクセイの腕をがっしりと掴んでいた。
「どうして動けるんだよ...!」
アレクセイは困惑の表情をする。それもそのはず。
李夏はアレクセイの攻撃が直撃していたのだから。
身体も服もボロボロで、傷だらけなのに、掴んでいる手は離さなかった。
「昔から...丈夫と根性だけが取り柄だから...!」
李夏は痛みに顔を顰めながらも、にやっと笑って答えた。
「は、離せ!」
アレクセイは振り払おうと、腕を振るが、一向に離れようとしない。
「どうして人間に力で負けるんだよ!」
もう自暴自棄になっていた。最初の威厳などとっくになくなり、小さい子供のように喚いている。しかし、なんだか毒気が消えてきているように感じられた。
アレクセイが動揺した隙に、李夏は予備の剣でアレクセイを押し倒し、首の横に剣を刺した。
「お母様との鍛錬が身を結んだみたい。頑張った価値あったよ」
それでもアレクセイは抵抗するが、それも押さえつけられ、ついに力を抜いた。
もう勝てないと諦めたのだろう。表情もどこかやわらかい。
「もう降参だ。はやく殺せよ」
上を向き、首を差し出す姿勢になった。気づけば、目の色が変化して紫から橙色に変わっていた。
李夏は色には詳しくないが、橙色のほうがアレクセイに合っている気がした。
「何言ってるの。僕は助けにきたんだよ?」
李夏はそう言うとアレクセイの上からどき、
「国民を戻せるの、アレクセイだけだから」
ヒリヒリする顔を精一杯動かして、安心させるように笑った。
「...俺の声、聞いてくれるかな」
アレクセイは最初と打って変わって自信なさげな声で言う。
「聞くよ。自分よりも他人を優先したのなら、それはもう立派な王だ」
「...なんだよ、その自信」
アレクセイは呆れたような顔ではにかむ。
その時だった。
下の方から爆発音が聞こえた。
「これは...多分国民だ」
続けてまた爆発音。爆発音。爆発音。
バンと大きな音をたてて玉座の間の扉が開かれる。
扉の奥には、目の色を変えた動物たち...国民が立っていた。
「まずいな。でももう抑える力がろ」
「逃げ……れなさそうだね」
李夏はとにかく考える。何か打開できるものはないか。切り抜けられるものはないか。
周囲を再度探して見るが、やはり何も見つからない。
その時、目の前に小さな影が現れた。
「お前ら!やめろ!」
きゅいきゅいとした声が聞こえる。
ジョーちゃんだ。
ジョーちゃんが小さい体で2人の前に守るように立っている。
「殺したいならまずオレから殺せ!」
声が震えている。なんせ今まで、安全な玉座の影に隠れて、身を守っていたのだから。
ジョーちゃんは、例えるなら虎の威を借る狐だ。自分だけ安全な場所で、強者にくっついて。言い方は悪いが、それでいい気になっていた。
そんなジョーちゃんが自分が危険にさらされるようなことをしたのだ。
「王様、李夏、オレ間違えてたよ。偉いのはオレじゃなくて、オレがくっついてた人だって」
ジョーちゃんは振り向かない。
「今も人間は嫌いだけど、李夏なら信じてもいいかもって思ったんだ」
国民が斧を振り上げる。
ジョーちゃんは思わず目をつぶった。
ジョーちゃんが危ない。ジョーちゃんを守らないと。
ジョーちゃんの勇気を、無駄にしてはいけない。
李夏は手を前に出し、こう叫んだ。
「...プロテクト!」
3人の周囲が暖かい空気に包まれる。まるで草原の真ん中で日向ぼっこをしているような感覚だ。
斧が弾き飛ぶ。そして床に突き刺さった。
「プロ……テクト!?」
魔法事情をある程度知っていたアレクセイが驚く。
李夏がプロテクトを完成させたからだ。
「ジョーちゃん、見直したよ」
李夏の腕が震えている。きっと魔力容量のほとんどを使ったからだろう。
「よーし!ほら、アレクセイも戦おう!1人じゃないから!」
李夏は震える手をアレクセイに差し出した。
「1人じゃ...ない」
アレクセイの目頭が熱くなる。それから涙が溢れ、ダムが決壊したようにどんどん流れてくる。
「...っ、ああ!」
アレクセイは急いで涙を拭い、力いっぱい李夏の手を取った。
「……少しは手加減して……」
取った衝撃で李夏の身体に激痛が走る。
手がじんじんして、痛かった。