37話
「……せっかくテイノーが、親殺しになる覚悟をしたんだ。俺たちもテイノーに応えなきゃって、思ったんだ」
セドヴィルの声は震えていた。しかし確実に、少しずつ言葉を紡いでいる。
「決行はテイノーが一人でしたんだ。俺たちは協力だけで、死ぬ瞬間は見てない」
そう言い少しの間口を閉じた。セドヴィルの顔は、後悔をしているような、懺悔をしているようだった。
「……テイノーも、辛かっただろうね」
セドヴィルはぽつりとその言葉を残し、再度李夏を真っすぐと見た。
「これは俺の直感なんだけどね、李夏くん。君には人を変える力がある」
「変える……?」
李夏はセドヴィルをぽかんと見つめて、軽く首を傾げた。セドヴィルは直感と言ったけど、どこか確信したような自信のある笑顔だ。
「俺と一緒にアルーシカを復興して欲しい。報酬はいくらでも払うから!お金だけはあるんだよ!」
セドヴィルは懇願するように李夏の両手を取った。セドヴィルの手は冷たくて、まるで氷を触っているようだった。
李夏に断るという文字はなかった。目の前にこんなにも困り果てている人がいるのに、「自分でなんとかしてください」と言える性格ではない。
李夏は即答した。
「もちろんです!報酬は……そうですね。おすすめの伝統料理でお願いします」
李夏はおどけるように笑ってセドヴィルの手に上から手を重ねた。
セドヴィルはぱっと明るくなり、嬉しそうに笑い声をあげた。
「ほんと……!?ありがとう!とっておきを用意するからね!」
砂漠に咲いた稀有な花畑に、笑顔が咲いた。セドヴィルは楽しそうに踊り回り、李夏もそれに応えるようにステップを踏んだ。
セドヴィルは李夏から見て、心から楽しんでいるように見えた。難度の高い動きにも当たり前のことをするようにさらっと踊りきり、笑顔を浮かべている。
セドヴィルに趣味がないなんて、嘘じゃないか。
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一方。
「着いて早々、天使族を縛るなんてな。罰当たりだ」
オフィリアは深くため息をついて吐き捨てた。彼には魔法でできた縄のようなものが巻きついていて、いくらオフィリアが外そうとしてもびくともしない。
「俺の魔法も、少しは上達しただろう?」
ギルネスは近くの岩に座り、いたずらに顔をほころばせた。
相変わらずギルネスには白くて大きな翼が生えて、頭には淡く光を放つ輪が浮いている。たまに翼をぴくりと動かし、存在を確かめるかのような動きもした。
「……ここはどこだ」
「分からない。俺の転移魔法は昔から気まぐれなんだ」
「そんなこと知っている」
オフィリアは諦めたかのように再度ため息をつき、辺りを見渡した。
砂漠地帯の街であることは確かだが、アルーシカではないことは確か。少し寂れていて、少々ひび割れがあるのも見える。
辺りはすっかり暗くなり、民家からランプの光が漏れる。
「オフィリア、寒くないか。俺の上着を貸そう」
ギルネスは留め具を外して上着をオフィリアに差し出した。ほつれの目立つ、ボロボロな布。仮に彼が受け取っても、気持ち程度にしか暖はとれないだろう。
「……天使族には、寒暖差の影響がないのも知ってるだろう」
オフィリアはギルネスから目を逸らし、そう呟いた。オフィリアの頭の輪がゆらりとした光を放つ。浮いている輪の中には、光を全て吸い込んだかのような真っ黒なものもある。
ギルネスは黒い輪をじっと見つめて、触ってみようと軽く手を伸ばす。
しかしバチッと輪に拒まれる。ギルネスの指に軽いやけど跡が残った。
「光輪はデリケートな場所だ。命が惜しくなければ手を引け」
「……怪我をしたの、数年ぶりだな」
オフィリアはギルネスを睨んだが、ギルネスは全く気にすることもせず、自分の指を見た。金色の血が指を伝って地面に落ちる。
「……気まずいか?」
ぽつりとギルネスがこぼす。
「自分が殺した相手と話すのは」
オフィリアの耳の部分に生えた小さな翼が行き場をなくしたかのように動いた。
「その相手が何故か生きてるのも気まずいか?」
ギルネスはずいっとオフィリアに詰め寄り、表情を変えずに淡々と言った。
「……わざとだろ」
「わざとだ」
そう柔らかく笑ってギルネスは再度岩に座る。座ったあとも思い出したかのように小さく笑い声をこぼす。
家では氷のように両親の言いなりであったギルネスだったが、オフィリアの前だけでは少年らしさを取り戻しているようだった。幼い頃、普通の子供のように無邪気ではいられなかったから。
「またこうして話せるとはな」
ギルネスはオフィリアにしていた拘束を解いた。しかしオフィリアは動こうとしなかった。もう抵抗する気もなくなったようだ。
今だけは、昔のように。
今だけは、子供のように。
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時間は遡り、数年前の騎士団でのこと。
周囲は賑やかな昼過ぎを迎えていて、座学や鍛錬を終えた団員たちが談笑をしている。
そこに、分厚い書物を抱えて俯きなが廊下を歩いている青年がいる。彼は白い制服を揺らしながら、頭上の光輪は淡い光を放つ。
オフィリア・エルフィード。天使族の身でありながら、人間界で過ごす異端者。オフィリアは死にかけているところを『英雄』時雨ニーナによって助けられた。
そのオフィリアの背を、誰かがとんとんと叩いた。
「……ギルネス」
「オフィリア、調子は……悪そうだな」
ギルネスは小さく息を吐いてオフィリアの隣に並んだ。
ギルネス・ブルーニ・ロワイユ。アルーシカという国から来た長身の留学生。オレンジ色の髪に、明るい水色の瞳が特徴的な青年だ。。
彼もオフィリアと同じく大人しい性格であったが、どこか波長が合い、いつの間にか共に行動するようになった。
「あのクソガキ共の子守りがなければ……」
「そうか?子供はかわいいのに」
オフィリアはため息をついて教室の扉を開けた。教室には先に何人かいて、楽しそうに話していたが、二人の顔を見る途端に「悪い。すぐに出てくよ」とそそくさ教室を出ていってしまった。
それもそのはず。大きな表情の変化のない大男が二人も入ってきたのだ。彼らと同じ空間でこれまでのように話すことは難しい。
「……怖いのか?俺としては、笑っているつもりなんだが」
ギルネスは近くの椅子に座って顎に手を当てて考えた。
「お前の天然ボケには毎回呆れる」
オフィリアは再度ため息をつき、ギルネスから少し離れた席に座った。
「……それは人形についての論文か?」
オフィリアが本を広げた時、ふいにギルネスがこぼした。
「ああ」
本には、人形の歴史や構造が書いてある。そして人形の感情についても記述が記されていた。
そこに書いてある研究者の名前が―――時雨紗季だ。
時雨紗季は変人だった。人形という新しい種族を作り、さらに心も与えようとした。その理由が我が子のためだなんて、笑わせる。
オフィリアには紗季の思考が理解できなかった。
「オフィリアは、紗季さんのことが嫌いなのか?」
ギルネスが言った。
「嫌いだ」
オフィリアは即答だった。
「それなら、どうして紗季さんの研究に協力してる?」
なぜギルネスという奴はこう人の心にずかずかと入り込んでくるんだ。
「……いや、答えないでいい。きっと複雑な事情があるのだろう」
ギルネスは椅子から立ち上がり「また明日」と言って教室を出ていった。
教室には、微かな夕暮れの光と、どこか満たされない心の重みが残った。
オフィリアは本を閉じ、ため息をついた。
自分は、何がしたいのだろう。なぜ嫌いな奴に協力をしているのだろう。
紗季の普段おどおどしてるくせに命知らずな所や、ギルネスの気遣いのできる所が、嫌いだ。




