36話
兄のように、ギルネスのようにならないと。
ギル兄からロワイユ家当主を受け継いだときに最初に頭に浮かんだことがそれだった。
ギル兄は突然行方不明になった。使用人にも、家族にも言わずに。
最初は信じられなかったけど、後に使用人から当主のローブを渡された時に嫌でも思い知らされた。
小麦色に青のラインの入った、初代当主が商人から取り寄せた高級なローブ。そのローブには砂漠の砂が付着していた。
「砂漠で見つけたんです」
使用人はそうぽつりと言って、俺の部屋から出ていった。
砂漠に、衣服だけが残っていたらしい。俺はローブを持ったまま立ち尽くしてしまった。手の中にあるギル兄の証がとても重く感じた。
ギル兄も酷いや。誰にも、家族にさえ何も言わずに姿を消したのだから。
これからのロワイユ家は、きっと俺が継ぐことになる。
……ギル兄のようになれるのだろうか。ギル兄は口下手な所はあれど、それ以外は完璧だった。戦略を考えるのも上手かったし、臨機応変にトラブルも対応できる。それに比べて、俺はちょっと性格が明るい普通の人。
気づいたら俺はローブを強く握っていた。皺が深く刻み込まれる。俺は呑気に「シワ伸ばすの大変そうだな」と考えていた。呑気に考えないと、これから俺が背負う責任に潰されそうになりそうだから。
その時、部屋の扉がとんとんと叩かれた。少し遠慮気味に。
扉がゆっくり開き、ライルとテイノーが恐る恐る顔を出した。二人ともまだ幼さの残る顔立ちで、きっとギル兄のことも知らないだろう。
そう。二人に知られてはいけない。二人はギル兄に懐いていたのだから、知ってしまったら酷くショックを受けるに決まっている。
俺はローブを小さく畳み、棚の奥に押し込んだ。
「どうしたの?二人とも」
何事もなかったかのように、冷静でいるんだ。いつもの明るいセドヴィルになるんだ。
「聞いてセド兄!テイノーがテストで100点取ったんだよ!ギル兄にも言いたいんだけどどこにいるの?」
ライルは笑顔で言った。
「ギル兄は、今忙しいんじゃない?また今度にしよう。ね?」
俺は笑えただろうか。ライルは変な所で察しがよくなる。もう俺の内心が分かっててもおかしくないけど、せめてテイノーだけでも幸せなままでいてほしい。
「……わかった」
そう言ってライルはテイノーの手を引いて俺の部屋から出ていった。ぱたんと扉がしまると俺はため息をついてベッドに腰掛けた。
ベッドの柔らかい感覚が伝わってくる。それで力が抜けてしまい、そのまま横たわった。そして、俺を眠気が襲う。瞼が重くなる。
このまま、覚めなければいいのに。
そう思ってしまった俺は当主失格だな。まだ当主の部屋にすら入ってないけど。
そうして、俺は早めの睡眠に入った。
━━━━━━━━━━━━━━━
ライル・ブルーニ・ロワイユ。またの名をライレッタ・ブルーニ・ロワイユ。ライレッタでは長いからと、家族やその周りの人らはライルと呼んでいた。それはテイノーも同様。
ただ、ライルにとって『ライレッタ』という名は心から邪険に扱いたくなるほど憎い名だった。
比べたがりで、誰かが必死になって生きようとしているところを高いところから見下ろすのが大好きな両親がつけた名前だからだ。
両親はまるで遊ぶかのように人の人生を狂わす。味変だと言って突然部下にクビを言い渡し、その後を追跡魔法を付けて楽しむほどの最悪な人たちだった。
だが神は気まぐれなようで、そんな人にも商売の才能を与えたのが悔しい。
両親の遊び癖は、実の子供相手でも例外ではなかった。自分たちで産み育てたというのに、遊び道具としか見ていない。
誰を優遇するか、誰を冷遇するか、気分で決めてその人の課題の量を調節していた。
一番優遇されていたのは長男のギルネス、冷遇されていたのは末っ子のテイノーだろうか。真ん中のセドヴィルとライルは……まあ、どっちもどっちといったところだ。
ギルネスは両親からみても優秀な人物だったようで、ギルネスに一番良い役職を与えて、一番良い食事や衣類も与えていた。
しかし両親のことだ。いつギルネスが堕ちるのかも楽しみにしていただろう。
テイノーは冷遇されていたというより、興味を持たなかったと言ったほうが適切だ。何をさせても空返事。常にテンションが低く、競争心もない。
だから両親に面白くないと判断されて、見ることもしなかったんだろうと思う。
ただ、ライルから見たら一番頭が良いのはテイノーだと思う。
幼い内に家の仕組みや両親の性格を理解して、いかに自分が被害を受けないかを考えて、導き出した答えが『両親の興味をなくさせる』だったのだ。
だがテイノーは両親の見ていないところでは年相応の少年だった。テイノーは年の近いライルと遊ぶことが多かったが、そこではよく楽しそうに笑っていた。
ライルの前では笑うが少しでも両親の気配を感じたらしん、と大人しくなる。目から光が消えて、どこを見ているのかも分からないほどだ。
そんなテイノーが、ライルは尊敬しつつもどこか怖かった。その姿が、本でしか見たことのない『人形』という種族にそっくりだったから。
テイノーのその姿を見ていたのはライルだけではない。次男のセドヴィルも同様だ。
セドヴィルは明るい性格で、こんな暗い家の中でも一際大きな光を放つ存在だった。だが彼は趣味がなかった。興味関心を持つことがなく、言われたことをこなすだけで自分から行動を起こすことはしない。因みに、部屋が一番汚いのはセドヴィル。
ライル両親から見れば一長一短だった。
兄妹で唯一の女だということで、女にしかできないことはよくライルにやらせていた。時には身体までも売れと言ったこともあった。まだ10歳にも満たない少女にだ。
ライルの能力としては、良くも悪くも普通。ギルネスほど優秀ではないが、テイノーほど無反応ではない。
だから両親はセドヴィルやライルを『味変』と捉え、ギルネスに投資するのに飽きてきたらちょっとこいつらにしてみるか、とまさに味変要員だった。
そんな環境でもライルが明るい性格でいられたのはセドヴィルの存在が大きかった。セドヴィル自身も辛いはずなのに、ライルやテイノーのことをよく気にかけてくれたのだ。
しかし、ギルネスだけは三人はあまり干渉することができなかった。両親のお気に入り故に、一人周りから隔離されて勉強づくしだったとメイドや執事から聞いている。
そんなある日、テイノーがあることを言った。
「僕と一緒に、親殺しになって欲しい」




