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オルドの自伝書  作者: うめ助
四章
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35話


「……ギルネス?」


 オフィリアの顔が険しくなり、かざした手に力が入る。


「どうしてお前にそれが……!」


「オフィリア」


 ギルネスはオフィリアに近づくと、オフィリアの手首を強く掴んだ。手首からはギリギリと骨の軋む音がして、オフィリアの黒い目が細くなった。


「俺の国を、俺の家族を傷つけるのはたとえオフィリアでも許しはしない」


 ギルネスの明るい水色の瞳にオフィリアが映る。オフィリアは今までの彼の冷静な顔とは裏腹に動揺しているようだった。


「お前に何が分かる……!」


 そう言ってオフィリアはギルネスの手を振り払おうとするが、がっしりと押さえつけられて動くこともできなかった。


「落ち着け。今のお前はここにいるべきではない」


 ギルネスはオフィリアの方を向いたまま、足元に魔法を展開し始めた。


 魔法はだんだんと広がっていき、ギルネスとオフィリアを囲むほどの大きさになった。


「俺は久しぶりの友との再会で喜んでいるんだ。少し話そう」


 ギルネスは軽く微笑んだ。オフィリアは眉間の皺をよせながらも、観念したかのように力を抜いた。


 魔法の光に包まれる直前、ギルネスは顔だけ李夏たちの方へ向いた。


「セド、この場は任せた」


 そうぽつりと言って、二人は姿を消した。


 微かに残った魔法を李夏たちは見ていた。


「オフィ……リア」


 李夏は誰にも聞こえないような声量で呟いた。ほとんど忘れているが、少しだけ残っている幼少期の記憶を引っ張りだす。


 オフィリアという緑髪の人物。悪態つきながらも自分やカナタに構ってくれた人。母の教え子で、その母の子供だから渋々李夏たちを見てくれた……と思う。


 今思えば、先程までライルに牙を剥いていた彼が、幼少期に出会ったオフィリアと重なった。


「なん、で」


 過去の彼はどこに行ってしまったのか。記憶の中の彼と全く異なる言動に李夏は混乱するしかなかった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 半壊したロワイユ邸に沈黙が流れる。しかし皆目の前で光のような速さで起こったことを理解しきれないと思っているということは一致していた。


 静かで、だだっ広い空間には呼吸音しか聞こえない。


 まず沈黙を破ったのはセドヴィルだった。


「……今日はもう遅い。ライレッタ、テインフォルド、部屋の場所は分かるよね?早く休んで」


 明るい声のトーンではあったが、その言葉の奥には暗い感情があるようだった。


「……分かった。テイノー、行くよ」


 ライルはその場から逃げるように、座り込んだままのテイノーの手を引っ張ってボロボロの階段を上がっていった。木の軋む音がして今にも崩れてしまいそうだった。


 一人取り残された李夏は何をすればいいのか分からず、周りを見渡すことしかできなかった。


 ライルの魔法でかなりボロボロになっているが、ロワイユ邸には貴族育ちの李夏でさえも本でしかみないような美術品や生地が壁に沢山飾られている。


 この被害総額を数えたら、考えもしないほど高額になるだろう。ゼロがいくつ後ろに付くだろうか。


 李夏はそんな呑気なことを考えていた。いや、現実逃避をするためにそう考えざるを得なかったのかもしれない。


 ライルとテイノーの気配が遠くにいった頃、セドヴィルは深いため息をついてしゃがみこんだ。


 李夏はかける言葉も見つからず、ついセドヴィルから目をそらしてしまった。


 セドヴィルはしゃがんだまま李夏の顔をじっと見て、明るい声色で言った。


「李夏くん……であってる?ちょっと俺とお話してくれない?」


 そんな言葉とは裏腹に、セドヴィルの顔はやつれて目元には隈ができていた。


「……喜んで」


 李夏は笑って答えた。李夏は自分が話を聞くことで、目の前のボロボロの彼の支えになるのなら。そんな気持ちを先程の一言に込めた。


 セドヴィルの首元にある金の装飾がきらりと光る。一般人からしたらセドヴィルの服装は憧れの対象だ。


 そんなものの持ち主は、幸せだと誰もが思うだろう。


 しかしセドヴィルが幸せだとは、思えなかった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


「ごめんね。こんなボロボロで」


「……こんな綺麗な場所があったんですね」


 セドヴィルを追って着いた先には、少し焼け焦げた跡が残ってたいるも、綺麗に整備された庭園だった。


 李夏の言葉はお世辞ではなかった。


 砂漠地帯であるというのに、辺りには花畑の絨毯ができて、緑の草が生い茂る。


 色とりどりで多種多様な花が庭園を色付ける。特に黄色やオレンジ色の花が多く、砂の黄色を鮮やかなものへと変えたのだから。


「これ、珍しいでしょ。一年で数日間しか見れないんだ」


 セドヴィルは軽く笑うと、近くのベンチへと李夏を座らせた。そのベンチにもつるや花の茎が絡んで、まるで植物でできたベンチのようだった。


「……なんで砂漠に花畑がって顔だね。でもごめんね。俺たちも理由は分かってないんだ。ただ、たまにある大雨とかは関係してるだろうね」


 セドヴィルは李夏の隣に座り、ベンチに寄りかかって空を見あげた。李夏もなんとなく、セドヴィルと同じ行動をとった。


 雲一つない夜空。砂漠だから当然だ。


 空に星が散りばめられて、全体を覆ってしまうほどの量だった。セドヴィルは「あ、一番星」と楽しそうに周りより一際明るい星を指さす。


 李夏はセドヴィルに話を促すか迷った。しかしセドヴィルには休息が必要だ。彼の気持ちが落ち着くまで待つべきだと思い、「綺麗ですね」と返した。


「……ありがとう。李夏くん」


 セドヴィルがぽつりと呟いた。


 李夏はセドヴィルを見なかった。見てしまったら涙が出てしまいそうだったから。明るい顔でつらい感情を隠す彼が、サーレイと重なってしまいそうだった。


「俺、忘れるところだった。アルーシカってこんな綺麗な場所だったってこと」


 セドヴィルは俯き、膝に乗せた拳をぎゅっと握りしめた。


「李夏くんは気付いたかな。アルーシカの人って、みんな自分を着飾って強がるのが多いんだよね。だから商業とか、貿易とかが盛んなんだ。なんで強がると思う?」


「……競争が激しいとか」


「おっいいとこ突いたね」


 李夏の答えにセドヴィルは意外そうに目を見開いた。


「正解は、この国のトップが比べたがりだったから。あっ俺のことじゃないよ?俺の親のこと。うちは四人兄弟で……あっ!」


 セドヴィルは何か気付いたように大声をあげて、李夏の方をばっと見た。


「李夏くんって俺の名前知らないでしょ!ごめんね!」


 やってしまったと頭を抱えるセドヴィルが、李夏には最初の時より明るいように感じた。


「俺はセドヴィル・ブルーニ・ロワイユ。ロワイユ家の二番目の子供で、ロワイユ家の現当主で……ギル兄の自慢の弟!ギル兄ってのはギルネスのことね。あの時李夏くんと一緒にいた人」


 そう明るく自己紹介するセドヴィルに、李夏は「あの人ギルネスって言うんだ」と思った。


「李夏くんには色々聞きたいこともあるんだけどーギル兄のこととか……でもまずは国のことをなんとかしないと」


 セドヴィルはベンチに座り直す。


「俺の……俺たちの故郷は、このままじゃダメだと思うんだ。でも俺は無力で、幼稚で、王として相応しい人じゃない。だから…」


 そんな言い出しでセドヴィルの話は始まった。


 真剣な顔で話すセドヴィルの横顔が先程まで騒いでいた人とは別人のようで、かっこいいと李夏は思った。


 これが、国を治める大人なんだと。

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