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オルドの自伝書  作者: うめ助
四章
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34話


 爆発が起こる数分前のロワイユ邸でのこと。


「こら。二人とも喧嘩しないの」


 張り詰めた空気を壊すかのようにセドヴィルの気の抜けた声がライルとテイノーの間に入る。


「セド兄様、邪魔しないでよ」


 テイノーが不機嫌そうにセドヴィルの方を向き睨みつける。しかしセドヴィルは怯む様子もなく、笑顔を崩さない。


「これはロワイユ家を救う行為なの。リセットして、呪いを断ち切らないと」


「呪い?」


 セドヴィルは全く見当もしていなかったことをテイノーに言われ、不思議そうに言葉を返す。


「そう。『ロワイユ家の当主になったら殺される』っていう呪い。まぁそんなのあるわけないけど。つまり、当主に負担がかかるようなやり方はやめようって言ってるの」


 見かけはとても魅力的なものに聞こえる。しかし、問題なのはそのやり方だ。ロワイユ家を一度全滅させ、また作り直す。そんなの乱暴で勝機の低いことだ。


「馬鹿じゃないの!?リセットなんてしなくても他に手が……!」


 ライルはテイノーの肩を揺すって叱りつける。だがテイノーは表情を変えずに肩を掴むライルの手に重ねる。


「姉さんも見たよね。アルーシカには、自分勝手な商人しかいない。利益だけを優先して、道徳なんて考えもしない。そんな奴ら、いなくてもいいでしょ?」


 そう言うテイノーの表情は、不気味だった。真っ黒な目は目の前にいるはずのライルと合わず、どこか遠くを見ている。微笑んではいるが、目の奥は笑っていない。


「自分勝手なのはテイノーだよ!……もういい!一回ビンタしてやるんだから!」


 ライルは武器を構えた。腕ほどの流さの斧。鋭く尖った刃がテイノーを向いた。


「斧?ずいぶん野蛮な武器だね」


 テイノーはライルに応えるように槍を構える。細長い槍を器用に、まるでパフォーマンスをするかのように振り回した。


「貴族なんだから優雅でないとダメだよ。姉さん」


 テイノーは楽しそうに口角を上げた。


「(先手必勝……!)」


 ライルは勢いのまま、テイノーに斧を振り下ろす。勢いをつけているが、正確で重い一撃だ。


 ガンと音をたてて、テイノーは槍の柄の部分でライルの斧を受け止める。


「何その槍、丈夫すぎ」


「当たり前だよ。バールヤの街のやつだもん」


 テイノーがいつバールヤの街と繋がったのか分からないが、そこの武器は確かに一級品。その辺にある木の棒や魔導石を組み合わせて作った即席の武器では太刀打ちできない。そういえば、長期間使って刃毀れが起きているような気もする。


 ライルは少し迷ったが、今はこの斧は邪魔になるだけだ。ライルは斧を手放し、テイノーに一気に近づいた。


 槍が腕に突きささった。それでも構わない。左腕からじくじくと伝わってくるがライルは足を止めなかった。


「(団長との稽古に比べたら、どうってことないね……!)」


 狙うは、テイノーの顔。正確には、テイノーの頬。


 ライルは力いっぱい手に力を込め、隙のできたテイノーの頬を叩いた。


 パァンと激しい音をたて、テイノーの動きは止まった。


 頬から、赤い液体が垂れる。


「え……血……?」


 人形には血が流れていない。


 テイノーは人形のはず。


 ライルだけでなく、テイノーまでもが驚いた顔をした。


「なんで……」


 テイノーは頬を触り、血のついた手を呆然と見つめていた。


 血の温かい感触がだんだん体に伝わる。そのぬくもりが、テイノーの中の常識を壊そうとしていた。


「(俺は、僕は、人形だよね……?あれ……あれ?)」


 心臓の音が大きくなり、体の中でこだまする。人形だから心臓はないのだが……いや、あるのか?


 人形にしては、心臓の音がリアルすぎる。まるで本物のようだ。心なしか、視界も明るくなる。明るくなる?それはつまり……


「(僕の目は、黒くない?)」


 ライルとセドヴィルの目に映るのは、茶色がかったオレンジ色の髪で、水色の瞳の少年だった。


 頭は混乱で埋め尽くされる。口から出る呼吸も、鳴りやまない心臓も、全身の震えも、人間みたいだ。


「……はぁ、気がついてしまったか」


 静かになったロワイユ邸に、落ち着いた低音が響く。


 コツコツと革靴の音がライルの背後から聞こえる。声の正体は普通に玄関から入ってきたということだ。


 緑色の長髪に、大きな背丈。そして頭に浮かぶ光輪と背中から生える片翼。


 その姿が、ライルの中で団長……つまりカナリヤと重なった。


「あ……マスター……」


 テイノーが弱々しく『マスター』と呼ばれる人物に手を伸ばす。小刻みにに震えて、まるで捨てられた子犬のようだった。


「知らない方が、幸せだったろうに」


『マスター』はテイノーの手を握ろうとしない。ただテイノーに近づき、そう言うだけだ。


「……っ!テイノーに近づかないで!」


 ライルは咄嗟に『マスター』に魔法を放つ。ライルの得意な爆発魔法だ。


 その魔法で屋敷の柱は崩れ、壁にヒビが入る。割れた破片が天井から降り注ぐ。


「マスター、マスター、どういうこと?」


 テイノーは今いる場所が崩れそうになろうと全く臆する様子もなく、ひたすら『マスター』に疑問を投げかけている。


「テイノー、君には適正がなかった。君の体が人形になることを拒否したんだ」


 淡々と『マスター』は話す。まるで説明書を読むかのように。


「……こんな形で教えることになるとは思わなかった。すまない」


「ちょっと……!離れろって言ったの!」


 ライルはまた魔法を放つ。大きな爆発音がして、屋敷にさらにヒビが入り、もう今にも崩れそうになる。


「……アルーシカも、潮時か」


『マスター』はそう誰にも聞こえないほどの声量で呟く。そして手を宙にかざして


「……《ノクス=エクレアトゥム》」


『マスター』がそう唱えると、彼の足元に黒い影が広がり、やがてライルのすぐ側までくる。


 影はゆっくり広がっているので避ければいいのだが、どういう訳か足が動かなかった。


 まるで地面に縫い付けられているような、意識ははっきりしているのに体だけが言うことを聞いてくれなかった。


 そしてライルのつま先まで影が迫ってくると、バチンと音を立てて影が消えた。


「間に合ったか」


 その声は、ライルが心から聞きたかった声だ。『マスター』とはまた違う低音で、どこか柔らかさがあって、包みこんでくれるような安心感。


「ギル……兄……?」


 ライルと同じ髪色、伸びた髪を横で括った大柄の男性。彼はライルがずっと会いたかった人物だ。しかし、ライルの記憶と違う部分がある。


 頭に浮かぶ淡い光を放つ光輪、そして真っ白で大きな翼。まさに天使族だった。


 なぜギルネスが天使族になっているのか疑問は残るものの、それでもギルネスの存在がありがたかった。


「……ライル先輩!大丈夫ですか!?」


「李夏くん……」


 ギルネスから少し遅れて李夏の声がする。まだ少年らしさの残る明るい声が、ライルの緊張した体をほぐした。

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