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オルドの自伝書  作者: うめ助
四章
40/45

外伝 太陽のような人【後編】


「紗季さんの、嘘つき」

 

 カナタはオフィリアの想定通り、反逆を起こした。

 

 それはカナタ自身が望んだことではなく、人形の体の暴走といった方が適切だ。

 

 目の前にいるカナタは泣き叫び、我を失って闇雲に魔法を放っている。

 

「父さまも、母さまも……兄さまだって、大っきらい!死んじゃえ!死んじゃえ!」

 

 まるで子供の反抗期の時の癇癪のように、わがままを言うように。

 

「っ……!紗季!李夏と団員の安全を確保して!」

 

「分かった!」

 

 呆然と立ち尽くすオフィリアを横目に、ニーナは焦りながらも冷静に指示を飛ばしていた。ニーナの足元にいる李夏も、半泣きでカナタを見ている。

 

「カナタ……!カナタ……!」

 

「(子供の涙は、見たくないんだけど)」

 

 李夏の姿が、オフィリアの妹のカナリヤと重なる。オフィリアが天界から追放される直前に見た、カナリヤの泣きそうな顔。

 

 天界の天使も非情なもので、追放の役はカナリヤにやらせた。カナリヤは必死な顔で拒んだが、それでも実行するしかなかった。

 

「兄さまっ……!私っ……できな……」

 

 カナリヤが言い終わる前に、オフィリアはカナリヤに自分の体を押させた。否、そう見えるようにして、実際は自分から飛び降りた。

 

「やだ……!兄さま!兄さま!」

 

 カナリヤの声がしだいに小さくなる。空から見た景色が綺麗だった。雲の上からみる空は青くて、澄んだ色で、眩しかった。

 

 風がオフィリアの体に当たるたび、鋭い痛みに襲われる。翼は焼き切れ、片方は完全に失った。もう片方もボロボロで、飛ぶことなんてできそうもない。

 

 さて、なぜオフィリアが追放されたのか。いうなれば冤罪だった。禁足地に足を踏み入れ、そこでは禁忌とされている蘇生の儀式をしている場面を目撃してしまったのだ。

 

 禁足地に入ったのは研究目的だった。そこは人間界と同じ植生の珍しい場所で、人間界に興味のあったオフィリアはとても興味を刺激された。

 

 それで、罪を押し付けられたということだ。オフィリアは過去に懐いていた父親を亡くしているので動機としても十分だと考えられたのだ。

 

 そして人間界に堕ちた後、瀕死の状態でニーナに助けられた。

 

「君、そう君!大丈夫?」

 

 ニーナの平和ボケした声に、とても安心されられたのだ。

 

「(……なんでこんなこと思い出したのだろう)」

 

 思い出したくもないことのはずが、李夏の涙で思い出してしまった。

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 結論から言うと、カナタは落ち着いた。ニーナに落ち着かされた。

 

 今は何事もなかったかのように眠っている。

 

「……僕が間違ってたのかも。ニーナ、僕はここにいれない。カナタを連れて遠くの街に行くよ」

 

 思い詰めた顔で紗季はカナタを抱え、そう言った。その持ち上げる一挙手一投足が、オフィリアは許せなかった。なぜ逃げるんだ。どうして解決しようとしないんだ。

 

 なぜ、諦めたんだ。

 

「それなら、私たちもついてく。いいよね、李夏」

 

 ニーナは一瞬困惑した顔をしたが、すぐに真剣になり冷たい声で李夏に言った。李夏も何が起きているのか理解できず、頷くしかなかった。

 

 ニーナだって紗季と同罪だ。あれほどの力を持っていてなぜ動こうとしないんだ。まさか自分の子供だからとか言うのか。

 

 それならさらに動くべきなんじゃないのか。子供を縛りつけるのが、親の愛だというのか?

 

「(ほら、俺の想定通りだ。感情なんか与えたからこうなったんだ。全ての種族が仲良くなるなんて、できっこない)」

 

 人形に、感情はいらない。感情を与えたら平和が壊れてしまう。それなら、最初からない方が幸せだ。

 

 オフィリアはすぐに動いた。これ以上、子供が泣かない世界を作る為に。

 

 一度だけ、全てを壊すのだ。

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 木々が焼けて灰の匂いが漂う。

 

 あの後オフィリアは紗季のいなくなった研究室を使い、人形を大量に作った。

 

 もちろん感情なんてものは持っていない。ただ指示に従う戦闘人形だ。

 

 まずは騎士団から潰した。団長……ニーナがいなくなった騎士団など人形の軍団なら容易い。

 

 次に周辺の国々。その中には学友のいる国もあった。それは心が痛むが、そんなこと言っている場合ではなかった。

 

 そして、最後にニーナたちがいるチェーシャの都。

 

 オフィリアはその様子を魔法で浮きながら見ていた。チェーシャの都の住民が逃げ惑い、叫び声をあげている。

 

 大きな屋敷の庭に、見知った顔を見つけた。李夏とカナタだ。二人は手を繋ぎ、共に逃げているようだった。

 

「(よかった。カナタは元気なのか)」

 

 そこでオフィリアはハッとした。なぜ自分がカナタを気に掛ける必要があるのか。もう捨てたではないかと。頭の中で先程の自分を否定する。

 

 そこに少し遅れてニーナと紗季が出てきて、李夏とカナタの前に庇うように立った。

 

「(偽善者め)」

 

 酷く憎い。遠くからでも殺気が立った。

 

 偽善者の前に、より多くの人形を配置した。二人を確実に殺せるように。

 

 ……ただ、李夏とカナタには心残りがあった。あの偽善者共の子供。特に李夏はその二人との共通点も多く、見ているだけで思い出してしまう。恨むなら、偽善者の両親を恨むべきだ。

 

 李夏だけでも、殺すべきか。いいや、それは私怨になる。オフィリアにだって良心くらいあるのだ。

 

 そのままオフィリアが立ち去ろうとした時、後ろ髪を引かれた気がして李夏とカナタを見た。二人は路地まで来ていた。

 

 二人の他に、人間の大人がいる。

 

 そのうち一人は倒れたカナタの頭に足をかけ、今にも踏みつぶしてしまいそうだった。カナタは古いプラスチック製。力を入れたら割れてしまうだろう。

 

 李夏はそんなカナタをほうけたように見ていた。

 

 なぜ助けない?李夏はニーナとの鍛錬を耐えきり、自主練までしていた。相手が大人とはいえ簡単に打ち負かせるだろう。

 

 それどころか、彼は相手に背を向けて逃げ出した。

 

 ああ、李夏も同じなのか。

 

 人間は弱い。滅ぼすべき。そんな感情がオフィリアの中で渦巻く。

 

 人間の大人は逃げ出した李夏を見ると、グシャッとカナタの頭を踏みつぶした。カナタは死んではいない。カナタには人間なら心臓がある位置に動力源を埋め込んである。そこさえ傷つかなければ人形は死ぬことはない。

 

 そして誰もいなくなった路地に、オフィリアは静かに降り立った。

 

 カナタに対して愛着が湧いているのだろうか。ただ、紗季がカナタを作っている所に居合わせただけなのに。

 

 でも、カナタがこのままなのが憐れに思ってしまった。

 

「カナタ、お前は生きたいか?」

 

 そう淡々と問いかけた。カナタは指先をわずかに動かす。頭が潰れているので表情は確認できないが、動力源は強く熱を発して確かに動こうと、生きようとしていた。

 

 オフィリアはそんなカナタの心臓部分に手をかざし、

 

「……《リエル・アナスタシス》」

 

 オフィリア自身もこの魔法を使うのは戸惑った。これはちぎれた肉体を作り変え、無理やり繋ぎ合わせる魔法だからだ。人形のカナタに効くのかは賭けだったが、それは杞憂だったようだ。

 

 ほぼ、禁忌とされていた蘇生の魔法に近い。それの対価として、オフィリアの腕に血管が浮き出し、力が入らないでいた。

 

「(俺は、ここでも罪を犯すのか)」

 

 その時にはカナタの頭は元の形に戻り、傷も癒えていた。カナタは無言で立ち上がり、オフィリアをまっすぐ見つめた。真っ黒で無機質な目に、目を伏せたオフィリアが映る。

 

 カナタは何も話さない。オフィリアはカナタの手をとり、人形軍の本拠地……オルフェナ大陸へ連れて行った。

 

「(これで、良かったんだ。俺は……私は、間違っていない)」

 

 オフィリアの目に、もう迷いはなかった。

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