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オルドの自伝書  作者: うめ助
四章
38/45

32話


 その頃、置いて行かれた李夏は呑気に観光をしていた。相変らず街の住人たちはきらびやかな服装をしている。しかし気になったのは、皆水の入った瓶を持っていたことだ。


 アルーシカは砂漠に位置するのだから水を持つのは当たり前ではあるが、妙に瓶を大切に持っている。抱えて周囲を警戒しながら歩く人や、瓶の蓋に頑丈そうな南京錠をつけている人もいる。


「(いくら砂漠といえど、大げさすぎない?)」


 李夏がいくら考えようと、砂漠の住人の気持ちを理解することはできない。


 考えることを諦めてフラフラと街を歩いていると、ふと売られているものに目が止まった。


 誰が何のために作ったのかも分からない、奇妙な置物。


 埴輪、シーサー、シャチホコなどのモチーフが混ぜられた、一言でいうならまさに混沌。


 それでも、その置物は李夏の目を惹かせた。


「(少しだけ……!)」


 李夏が置物に手を伸ばそうとすると、李夏に影がかかった。


 今影がかかることはない。まだ昼だし、近くに大きな建物はない。


 恐る恐る振り返ると、そこには大きな人物が光を背負って立っていた。黒い衣服に緑色の長い髪を揺らした大柄の男性が立っている。その姿は神々しくも、どこか不気味だった。


 だが、そんな不器用な姿に見覚えがあるような気がした。


 数年前、幼い李夏に構ってくれた緑髪の人物。李夏はその彼に懐いていて、沢山頼って……


「……ああ、すまない」


 緑髪の人物は短くそう言うと、李夏が持とうとした置物の隣にある白いハンカチを手に取る。


「オフィリアさんか!いつもありがとうございます!」


「ああ、こちらこそ。それからこの果物とマカロンとクレープとチョコレートと……」


「(オフィ……リア……?)」


 李夏はその名前にも聞き覚えがあった。でもその人物を思い出そうとすると、頭が拒絶するようにノイズが走る。


 オフィリアは次々と商品を指さす。選んだものは甘いものばかりだった。……見かけによらず甘党なのだろうか。


「(量……多いな)」


 李夏は失礼なことを思っている自覚があるが、それでも大柄の男が両手いっぱいに甘い香りのする紙袋を持っているのは異質だった。


 店主は銀貨とあの水の入った瓶を受け取って元気に挨拶をする。オフィリアは軽くお辞儀をしてその場を去った。


 李夏が一通り街の様子を見たところ、水が通貨の代わりになっているようだった。金貨や銀貨も使われているが、水で対価を払っている人がほとんどだった。


 しかしオフィリアはここの住人のようには見えない。ここにそぐわない服装で厚着をしている。暑くないのだろうか。オフィリアは慣れた様子で銀貨の入った袋を懐にしまった。


 その人物が、アレクセイから聞いた伝説に出てきたフィラデルフィアを襲撃した人形軍で天使族の特徴と同じであったのは考えすぎだろう。しかし、彼はあまりにもここに馴染みすぎている。


 それに天使族の特徴である光輪と翼もなかった。目に星もなかった。


「(……大丈夫。気の所為だ)」


 李夏の背を冷たい空気が撫でた。なんだかオフィリアに見られているような気がした。強い憎悪の感情が背中を貫くような。


 ちなみに置物は買った。なんだか愛着が湧いてきたので。


「(……やってしまった)」


 最近、財布の紐が緩いのは直すべきことだろう。思い返して見れば、アレクセイやクラハを誘ってさまざまな所で買い食いをしていた。


 それは楽しかったのだが、やはり財布はどんどん軽くなっていく。それに騎士団所属とはいえ子供の収入などたかが知れている。


「久しぶりに依頼、受けようかな」


 李夏は討伐依頼などが書かれている掲示板をチラリと見る。雪山で修行していた時期はたまに依頼を受けて雪山に来た冒険者の手伝いをしたものだ。


 掲示板には暴れているモンスターの討伐、植物などの納品、さらにはペット探しの依頼まで書かれている。


 李夏はできそうな討伐依頼を受けようとしたが、生憎今は武器を持っていなかった。


 仕方なく納品依頼に手を伸ばす。しかしその手は別の誰かに阻まれた。


 李夏と誰かの手が当たったのだ。骨ばったたくましい手。李夏の手よりかなり大きかった。


「あ、すみません」


 李夏は手が当たった相手に謝ろうと横を見る。だが李夏の視線の先に顔はなく、よく引き締まった胸筋が目に入った。


「……こっちだ」


 相手の困惑したような、心配するような声が頭の上から聞こえる。李夏が顔を上げると、見覚えのある特徴の大男が立っていた。


 オレンジの髪に水色の瞳。


「……ライル先輩?」


 彼はライルというより、テイノーの方に似ている。李夏は無意識にその名前を出してしまった。大男は軽く目を開いた。彼は表情豊かなタイプではないが、その時は驚いたということは分かった。


「ライルを知っているのか」


 大男にそう問われて李夏は戸惑いながらも首を縦に振る。


「……そうか。私はギルネス・ブルーニ・ロワイユだ」


 そこで李夏は思い出した。崇高なるロワイユ家。世界有数の権力者で、そこには四人の子供がいる。


 記憶は朧げだが、過去に母はそう言っていた。


 彼の佇まいをみる限り、弟とは思えない。きっと彼が長男だ。


 ギルネスは討伐依頼の紙をべりっと剥がすと、李夏の方を向く。切れ長で水色の目が李夏を映す。


「少し、話を聞かせてくれ」


 そうとだけ言い、ギルネスは歩き始めた。これは「ついてこい」と言っている。李夏は本能でそう感じた。


 いつの間にか手には武器を持っている。見たことのない形だが、その剣はなぜか李夏によく馴染んでいた。


 李夏は少し不信に思ったが、彼はただ者ではないことは分かる。もし逆らったら何をされるか。ロワイユ家の権力を使えば李夏を最初から存在しない者にできる。


「(大丈夫、あの人はライル先輩の家族だ。大丈夫、大丈夫……)」


 そう自分に言い聞かせて、李夏はギルネスの背中を追いかけた。

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