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オルドの自伝書  作者: うめ助
四章
36/45

30話

「ふんふふーん♪」

 

 コツコツと上機嫌な足音が騎士団の廊下に響く。

 

 音の正体である少女はオレンジ色で一つにゆるく括った長髪に、サイドの毛を三つ編みにしてカチューシャのようにアレンジをしている。

 

 片手には通帳と財布、もう片方には新作のドリンクを手にしている。

 

 彼女の名前はライル・ブルーニ・ロワイユ。かの有名な商人貴族、ロワイユ家の長女。

 

 ロワイユ家は商人なら知らない人はいないと言い切れるほどの金と権力を持つ。ましてやそこの長女なんて、人生勝ち組と言え……

 

 

 ない。

 

 

 上流階級には上流階級の悩みがある。

 

 いくら勉強していい成績を残しても満足しない両親。影では「ロワイユ家はいいよね。人生勝ち組じゃん」と嫌味を言われ、頻繁に誘拐や殺されかけることもある。

 

 ロワイユ家の子供は全員で4人。兄が二人に弟が一人。ライルは三番目で紅一点だった。特にライルは弟の世話をよく見ていてかわいがっていた。

 

 紅一点と言っても、花よ蝶よと大切にされたわけではない。優秀な兄たちと変わらず厳しく育てられた。

 

 両親は既に他界している。正直、ライルは両親のことを知らされた時少し安心した。「もうこれ以上は苦しまないんだ」と。しかしそんな甘い世界ではなかった。

 

 父がいなくなったことでロワイユ家の当主は長男が継ぐことになった。長男はとても優秀であった。

 

 少し口下手な所はあるものの、成績はいつもトップで他人に優しい。自分だって大変なのに他人に手を差し伸べるような聖人でもあった。ライルはそんな兄を尊敬し、心から愛していた。

 

 だから、兄が壊れていく様を見ることができなかった。

 

 毎日増えていく業務。捌いても捌いてもなくならない。商談相手の対応や民の機嫌取りなど、これをこなしながら子供の教育をしていた父がすごいと思うほど膨大な仕事が兄を待っていた。

 

 日々を重ねるごとに活力のなくなっていく兄をライルたち兄弟は怯えて見ていた。


 ある日。

 

「当主様が、亡くなりました」


 天気の良い朝だった。心地よい風が吹いて、鳥たちは無邪気に飛び回る。


 息を切らして部屋に入ってきた使用人が顔を真っ青にしてそう言った。

 

 そんな報告を聞いた時、「当主になったら殺される」そうライルたちは身にしみて感じた。

 

 次の当主は、二番目の兄だ。使用人に連れて行かれる二番目の兄が振り返った時の顔が、まだ瞼の裏側にこびりついている。

 

 酷く怯えた表情。体は大きく震えていて首がすわっていなかった。目線はどこをみているのかも分からなかった。

 


 だからライルは、その家から―――

 

 

「(いけない。嫌なこと思いだしちゃった)」

 

 手に持っていたドリンクのカップが少し潰れて中のジュースがライルの手を汚す。

 

 ライルはハンカチで手を拭くと、先程より少しだけ重くなった足を動かしてある部屋へと向かった。

 

  ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 ドアノブに触れる前に、ライルは扉近くの壁に寄りかかって残りのジュースを飲む。

 

「(……甘い)」

 

 砂糖が大量に使われた健康に悪そうな蛍光ピンク色をした飲料水。ベリーやオレンジなどの柑橘系が使われた一見健康そうだが実際は寿命を減らす、悪魔の飲み物のように思った。

 

「(まるで、うちの家族みたい。外面はいいんだよね)」

 

 まあ、外面が重要なんだけど。と自虐のように軽く笑ってライルは扉の前に立つ。

 

 目を閉じて、深呼吸をする。吸って、吐いて、ゆっくり目を開ける。これから何が起きるのか、ライルは想像できていた。

 

 扉の先には、よく見知った気配がある。私の愛する、かわいい弟。


 ライルが扉を開ける。


「いらっしゃいライルちゃん。さ、座って」


 ライルが入ったのは団長室。カナリヤは団長用の椅子に座って穏やかな顔でライルを出迎えた。


 そしてカナリヤの前に立っている人物。ライルと同じオレンジ色の髪。あの時よりかなり大きくなった背丈。


「……姉さん」


 テイノー・ブルーニ・ロワイユ。ライルの弟であり、ロワイユ家の末っ子。


 彼は昔からライルの後をついていった。ライルはまるでヒヨコみたいだとかわいがっていた。


 しかし目の前の弟には、全く違う点が一つあった。


 全てを吸い込んだかのような真っ黒な瞳。かわいいと思っていた弟の姿に、初めて恐怖を抱いた。


 立ち尽くしているライルに気づいたのか、カナリヤはライルのところまで近づき、そっと手を取った。


「大丈夫。彼に敵意はない。商談よ」


 商談。これはライルの好きな言葉だ。対話を通じてお互いの利益を奪い合う。言い方は乱暴だが、ライルはその奪い合いが好きだった。その時だけは、どんな相手とも対等になれるから。


 ライルは恐る恐るテイノーの向かいに座る。


 テイノーの黒い目と視線が交わる。彼は昔の純粋さをなくしてしまったようで、とてもかわいいと言える態度ではなかった。


 カナリヤは席に戻り、仕事をする横目でライルたちを見る。カナリヤの目の星が小さく揺れる。


 テイノーが敵であることはカナリヤも自覚していた。真っ黒な目で人形だと一目で分かった。


 しかし、彼は堂々と騎士団の門をノックしてこちらと商談を持ちかけた。しかも相手はライルという指名つき。


 その行動に違和感はあったが、カナリヤはテイノーの誠実さに感銘を受けた。これが罠であっても、テイノーの表情は本物だった。そんなテイノーを、裏切るわけにはいかなかった。


 だからカナリヤは監視付きを条件に要望を承諾をした。テイノーはすぐに首を縦に振った。オレンジ色の毛がカナリヤの前で揺れる。


 彼が、笑うライルと重なった。


 テイノーがゆっくりと口を開ける。


「時雨李夏の情報が欲しい。対価は……そうだね。俺たちエルフィドール軍の情報とかどう?組織構成、これからの行動、軍長の情報とか、さらに今なら兄さんの死因の真相までつけちゃうよ」


「は……」


 ライルの視界が揺れた。兄さんの死因の真相?過労死じゃなかったの?ライルの頭の中が混乱して目の前のテイノーが二重に見える。


「それは俺が調べた情報だけど。昔、商人ごっこの他に探偵ごっこもしたでしょ?それがまだ消えなくてさ」


 テイノーは口角だけ上げる。それに加えて細くなった目元が不気味だった。


 ライルの冷や汗が膝に乗せられた手に落ちる。


 李夏は関わりのなく、思い入れのない人だ。それでも彼の活躍はよく耳に入っている。モーツ保護地区の再建、バールヤの里の問題を解決したり、さらにはスラムとの関係も修復させた。


 そんな英雄のような活躍をした人の情報を勝手に明け渡していいのだろうか?いいや、だめに決まっている。彼は英雄のような人だが、それ以前にかわいい後輩なのだ。だから―――


「僕は構わないですよ。何も秘密なんてないので」


 背後から気の抜けた声がする。


 肩に付かないほどの長さの金髪に、透き通るような緑眼。その外見は伝説上の英雄、ニーナに瓜二つだった。 


「あ、団長。パウンドケーキを貰ったんです。一緒に食べませんか?」


 李夏は手にもったケーキの箱をカナリヤに見せる。白くずっしりとしているのが見るだけでも分かる。


「……いいわね。後で食べましょう」


 カナリヤは気づかれないように小さくため息をついてそう言う。入団した時のしおらしい態度はどこにいったのか。李夏は何度もカナリヤに叱られたため慣れてしまったのだ。


 テイノーはそんな李夏をニヤニヤしながら見ている。


「へぇ、彼がカナタの……」


 手を口元に当てて、面白そうに眺めている。


 李夏とカナリヤの気の抜けた会話を聞いていたライルは、いつもの笑顔を崩してわなわなと震えていた。


「……李夏くん!なんでそんなに自分を大事にしないの!」


 ライルの大声を聞いたケーキの箱を置いた李夏はビクッと体を跳ねさせた。そしてカナリヤも手に持ったティーカップを震わせた。


「私は李夏くんと仲が良いわけじゃないけど、それでも貴方の活躍はよく聞いてる!」


 机を強く叩いた衝撃で上にあった小さな花瓶が倒れる。中に入っていた水が溢れて机に水たまりを作った。


「李夏くんは、騎士団にとっても必要な人材なの……!」


 李夏はただその場に立ち尽くしていた。初めてだった。こんなに面と向かって「貴方が必要だ」なんて言われたこと。


 頭の中でいろいろな感情が渦巻く。李夏は、何も言えなくなっていた。


「はは、暗い空気になっちゃったね。なら場所を変えよう」


 テイノーは突然立ち上がると、ライルと李夏の手を取る。


「え」


 李夏の口から声が漏れる。それは意図的に出したものではなく、ふいに出たものだった。


 ここはラルヴィ聖騎士団の団長室。騎士団の最上階に位置し、フィラデルフィアを一望することができる。


 窓を飛び越えてテイノーはバルコニーの柵に足をかける。いい景色だった。城下町にあるカラフルな色の屋根が印象的だった。今日も人々はのんきな顔をして笑っている。


 飛び降りる直前、テイノーはこちらを振り返って口角を上げた。真昼の強い太陽光で逆光になり、テイノーの顔が黒くなる。


「時雨李夏、少し付き合ってよ。俺たちの家族喧嘩に」


 あまりにも楽しそうに言うのだから、ついこういうアトラクションなのではと錯覚してしまいそうだった。


「(あ、今回も落ちてるな)」


 李夏は呑気にそう思った。それが最後の記憶だった。テイノーの発言の直後、二人の視界は真っ暗になった。

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