2話
城下町に入ると、ジョーちゃんの言っていた通り、混乱で溢れていた。
様々な動物、獣人が暴れて家や店はぐちゃぐちゃ。所々ヒビが入っている建物もあり、中には倒壊寸前な柱なんかもあった。
李夏はすぐさま人気のない路地に入った。
「確かに酷い有様だね」
「だろ?目的地は奥のでかい建物だ。あそこに王様がいる」
ジョーちゃんは短い指で建物を指す。大きい建物であるが、やはりヒビがあったり壁がなくなったりして、とてもボロボロだった。
「正面から行くのは難しそうだな。あっちに迂回ルートがあるんだ。ここから行くのは危険だけど、行けそうか?」
ジョーちゃんが再び指した先には人一人なら通れそうな小穴がある。しかしそれを防ぐかのように混乱状態の動物が立ち塞がる。ざっと、3匹だ。
「こうなったら実力行使だ。殺さないでくれよ。一応国民だからな」
「分かった。動物の扱いは慣れてるよ。綺麗に解た...ちがう。気絶させてみせるよ」
李夏は剣を構える。万全の状態ではない為、あまりよい武器は持っていないが、このくらいが気絶させるにはちょうどいいだろう。
「そうだったな……お前は狩りをしてたな……」
「落ちないように捕まっててね」
ジョーちゃんが身を屈めたのを確認すると、李夏は敵に一目散に駆け寄り、剣を抜いた。
荒削りな所はあるが、李夏の剣さばきにはどこか優雅さがあった。それは今は亡き母親に教えて貰ったのを継いでいるからだ。
「大丈夫、これくらいならいける...!」
李夏は敵三匹のうち二匹を気絶させる。それで気が抜けたのが良くなかった。
後ろに気配を感じた。
背後から爪が襲いかかる。あまり深くはないものの、力が入らない。
『本気だ』
李夏はそう思った。
ただ単に混乱している訳ではなかった。もう理性を失い、本能のままに行動している。こちらは手加減しないといけないのに、相手は本気で殺しにかかってくる。
辺りに鮮やかな血が飛び散る。
だんだん李夏の視界が暗くなる。音も聞こえなくなる。
「(服、汚れちゃったな)」
そんな呑気なことを考える。最後に聞こえたのはジョーちゃんの心配する声だった。
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「...ここは?」
李夏が目覚めたのは建物の裏だった。
やっぱり周囲は動物が暴れる音が絶えない。やがて意識がはっきりしてくるとジョーちゃんが寝転がっている李夏を覗き込んだ。
「大丈夫か...?」
そう言う声は柄にもなく弱弱しい。もっといつもの相手を舐め腐ったきゅいきゅい声で話して欲しいのに。
「大丈夫だよ。ごめん、油断しちゃった」
李夏がゆっくり起き上がろうとする。
「あんま無理するなよ」
「平気。こういうのは慣れてる」
そうは言ったが痛いものは痛い。しかし応急処置はして貰ったようだ。きっとジョーちゃんがポーチに入っている救急セットを使ってくれたのだろう。
「ここは?」
よろつきつつ立ち上がるとジョーちゃんに尋ねる。
「ここはさっき倒れたところの近くの路地だ。なんとか撒いたけど、いつ見つかるかはわかんねぇ」
「分かった。もう十分休んだし、先に進もう」
李夏はありがとうの意味を込めてジョーちゃんの頭を撫でる。ふさふさの毛が気持ちいい。
「...ああ」
ジョーちゃんの顔色が、良くないように感じた。
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「ここが迂回ルート?」
「そうだ。通れそうか?」
見たところ李夏でギリギリだ。もしここにいるのがハーレンなら頭がつっかえて通れないだろう。
「ん……狭いね……」
李夏は屈んで穴に入る。ジョーちゃんは案内のため李夏の先に入って行った。
するすると進むジョーちゃんをよそ目に、李夏は静かに苦戦していた。剣が引っかかっているのだろう。特によい解決策が浮かばないのでぐいぐいと引っ張りながら進んでいるが、もし出た時に剣が折れていたらこれが原因だ。
「……ちっ」
李夏はすこしだけイライラして、舌打ちをした。悪い人は強いていうなら自分なため行き場のない怒りが李夏を襲う。
そんなこんなしていると光が見えてきた。
穴を出ると、ある建物の中に出た。
「ここは王様の家に直通されてる、倉庫みたいなところだ。軽い物資ならここにある」
辺りを見回すと、確かに食料箱、水の入った樽、武器や防具なんかもあった。
李夏が立ち上がると、パキッと音がした。李夏はこの音がどこから出たのか心当たりがあった。
自分の腰から剣を引き抜く。剣は真ん中からポッキリ折れていた。折れた剣に自分の間抜けな顔が写る。
「おいおい、何折ってるんだよ……こっから好きなの持ってけ」
ジョーちゃんのお許しが出たので倉庫を探索する。見た感じ、武器は普通だ。特に特別なものはないように感じる。
そんな時、奥で何かがあるのに気づいた。形を見るに、剣のようだ。
高級そうな鞘に刃が収められていて、鍔の部分に黄色の宝石がキラリと光る。李夏にはそれが酷く魅力的に見えた。
李夏は剣を取り、軽く振ってみる。なぜだかとても手に馴染む。まるで何年も使い続けたもののような感覚だった。
「それは王家に伝わる剣だな。強いがあんま期待しない方がいい。王族にしか鞘が抜けないって言われて...」
「抜けた」
「は!?」
ジョーちゃんの意思と反して李夏はいとも簡単に鞘から抜いた。刃はキラキラと光を反射して、とてつもなく強いオーラが感じられる。
「ジョーちゃん、これちょっと借りてくね」
「お、おう……」
李夏は剣を鞘に戻し、腰の後ろに刺し、ついでに予備の剣も一緒に刺した。
「ふふ……これで二刀流」
年相応にワクワクした顔をする。幼い頃から憧れていたが、身長や技量が足りずに出来なかったのだ。それが今実現しているということが李夏のテンションを高ぶらせる。
「もういいか?いよいよ王様のとこに行くぞ」
ジョーちゃんが再びポーチに入った後、倉庫の扉を開けると大きな庭が最初に目に入った。ハサミやハシゴが落ちているのを見るに、元々は綺麗に手入れされていたのだろう。
しかし、今は草は至る所に生え、つるは伸びきって建物の中まで入り込んでいる。
「こっちに裏口がある。そこから入れるぞ」
ジョーちゃんがポーチから顔を出し、小声で話す。壁に穴が開いて内装がむき出しになっている部分もある為、バレないように小声にしている。
裏口から中に入ると、ここはキッチンのようだ。あまり原型は残っていないが、かまどや食料棚らしきものが沢山置いてある。
「王様がいるのはここの最上階だ。まだ暴れてる奴がいるから気をつけろよ」
「分かった。ありがとう」
李夏は近くのツルやハシゴを登って最上階を目指す。壁を使おうとしたが、崩れそうだったので諦めた。
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「もうツルもハシゴもない。ここが最上階?」
「おう。あそこだ!あの玉座に座ってるのが王様だ!」
玉座に座っていたのが、アレクセイ・ルータイ。ホワイトライオンの獣人で、モーツ保護地区の北を治める若き王。
彼は背中までの白いもふもふの長髪に小さな耳が揺れている。それから怪しく光る紫色の目の中にある瞳孔は細長い。猫目というやつだ。
厚手の素材の服に、大きなマントを肩から羽織っている。
しかしなにより目立っていたのはアレクセイから伸びる尻尾がとてつもなく長いということだ。大体10...いや、20mはあるだろう。尻尾は玉座の後ろの壁にある突起に引っかけている。
その様子は一種の現代アートのような美しさがあった。
「...オコジョ、ご苦労」
アレクセイがそう言うと、ジョーがポーチから飛び出し、アレクセイの方へ走っていった。
「ちょっと!ジョーちゃん!」
李夏が止めるもジョーちゃんは止まらない。
「ジョーちゃん?はは、いい名前を付けて貰ったじゃないか」
アレクセイは愉快そうに笑った。
「こっちとしてはいい迷惑ですよ」
ジョーちゃんはアレクセイをよじ登り、肩に捕まった。
「……なんだ。僕はまんまと騙されたのか」
李夏のジョーちゃんを見る目が変わる。
「ようやく気づいたんだな。お人好し人間め」
ジョーちゃんはそう吐き捨てる。その目は心底人間を恨んでいるかのような目だった。
「確か、名前は李夏だったよな。実は雪山にいるお前を監視させて貰った。そこでのお前はたくましく、必死に生にしがみついていた。俺はその根性に惹かれたんだ」
アレクセイは笑顔を絶やさずに言う。いや、正確には人当たりの良いと思わせるような顔で話を続ける。
「俺たちの仲間にならないか?悪い思いはさせないさ」
アレクセイはそう言って手を差し伸べる。
李夏はゆっくりとアレクセイに近づき、その手を力いっぱい叩き落とした。
「気持ち悪い。誘うならもっとマシな言い方があるだろ」
そう言う李夏の目には嫌悪と怒りが混ざっていた。
「どうしてジョーちゃんが無事なのか疑問に持ったことはあったけど、ジョーちゃんもおかしくなってたんだね」
李夏は剣を抜く。
「アレクセイもジョーちゃんもまとめて、正気に戻させるから」
剣先をアレクセイに向け、そう言い放った。