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オルドの自伝書  作者: うめ助
二章
23/45

21話


「……メイハ」


 クラハは消えるようなか細い声でメイハを呼ぶ。


 メイハの手を握っている手が震えている。メイハは動かない。目は閉じたままだ。


「……クラ、ハ……?」


 水色の瞳と目が合う。メイハの目が、ゆっくりと開いていた。


「メイハ……!良かった、目が……!」


 だが、目の輝きはどこか薄く、瞳は遠くを見ているようだった。


「無理……しないで」


「……いいの」


 メイハが、微笑んだ。弱々しい、でもどこか誇らしげな笑み。


「実は分かってた。クラハがボクを良く思ってなかったこと……」


「あ……」


 クラハは首を振る。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。


 クラハの手を、メイハがそっと包み込む。体温は、どんどん失われていく。


「図星でしょ。ボクにはお見通しだよ」


 クラハの視界が、涙でにじむ。


「やめてよ……そういうの、やだ……」


 メイハは、最後の力で言葉を紡いだ。


「……でも、どんなにクラハがボクのこと嫌いでも、大好き。ボクの兄でいてくれて、ありがとう」 


 メイハは、笑った。小生意気な表情が崩れ、素直で、年相応の笑みだった。


 そのまま、目が静かに閉じられる。握っていた手が、すっと力を失った。


「メイハ……!」


 呼んでも、もう返事はなかった。


 クラハは、しばらくその場から動けなかった。揺れる溶岩の赤が、背中を照らしていた。


 動かなくなったメイハの顔は、安らぎに満ちていた。自分の気持ちを最期に伝えて、安心したように眠っている。


「……ぼくも、大好きだよ」


 溶岩の流れる音に、クラハのその声はかき消された。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 沈黙の洞窟に、ゆらゆらと赤い光が揺れていた。

 溶岩の照り返しは、まるで感情の余韻そのもののように、壁を染め、人々の影を長く引き伸ばしている。


 誰もが言葉を失っていた。


 メイハの亡骸を前に、クラハはしばらく動かなかった。ひとつ、またひとつと、涙が頬を伝い、メイハの冷たい手に落ちていく。

 その手は、もう何も返してはくれなかった。


 クラハが、ゆっくりと立ち上がる。


 その歩みは決して迷いではなかった。

 台所のほうへと向かい、まるで自然な動作のように包丁を手に取る。誰もが息を呑む。


 刃が、喉元へと向けられた瞬間――空気が、ぴたりと止まる。


「馬鹿っ……!なにして……!」


 ハーレンが一歩を踏み出しかけたその時。

 鋭く、軽い音がひとつだけ、空間を切った。


 茶色の長い髪が、宙に舞う。


 溶岩の赤に照らされた髪は、一瞬だけ黄金のように輝き、ふわりと床に落ちた。


 誰も、声をかけられなかった。


 クラハの顔が、静かに上がる。そこにあったのは、泣き腫らした瞳でも、諦めた表情でもない。


 決意。


 自らの迷いを断ち切った者の、凛とした光があった。


「長いままだったら、また逃げてしまうかもしれません。逃げたら、メイハにバカにされちゃう」


 その声は、震えていない。

 けれど、背後に横たわる小さな体への未練が、その肩の線をわずかに揺らしていた。


 誰よりも臆病だった少年が、今、自らの過去に別れを告げようとしている。


 メイハが遺したものは、ただの言葉ではない。

 誰かに愛された記憶と、信じられた記憶――それは、何より強い“希望”という名の遺産だった。


 だからこそ、彼は前を向く。


「これからも、皆さんについていってもいいですか?」


 差し出されたその言葉に、答えは一つしかなかった。


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