21話
「……メイハ」
クラハは消えるようなか細い声でメイハを呼ぶ。
メイハの手を握っている手が震えている。メイハは動かない。目は閉じたままだ。
「……クラ、ハ……?」
水色の瞳と目が合う。メイハの目が、ゆっくりと開いていた。
「メイハ……!良かった、目が……!」
だが、目の輝きはどこか薄く、瞳は遠くを見ているようだった。
「無理……しないで」
「……いいの」
メイハが、微笑んだ。弱々しい、でもどこか誇らしげな笑み。
「実は分かってた。クラハがボクを良く思ってなかったこと……」
「あ……」
クラハは首を振る。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
クラハの手を、メイハがそっと包み込む。体温は、どんどん失われていく。
「図星でしょ。ボクにはお見通しだよ」
クラハの視界が、涙でにじむ。
「やめてよ……そういうの、やだ……」
メイハは、最後の力で言葉を紡いだ。
「……でも、どんなにクラハがボクのこと嫌いでも、大好き。ボクの兄でいてくれて、ありがとう」
メイハは、笑った。小生意気な表情が崩れ、素直で、年相応の笑みだった。
そのまま、目が静かに閉じられる。握っていた手が、すっと力を失った。
「メイハ……!」
呼んでも、もう返事はなかった。
クラハは、しばらくその場から動けなかった。揺れる溶岩の赤が、背中を照らしていた。
動かなくなったメイハの顔は、安らぎに満ちていた。自分の気持ちを最期に伝えて、安心したように眠っている。
「……ぼくも、大好きだよ」
溶岩の流れる音に、クラハのその声はかき消された。
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沈黙の洞窟に、ゆらゆらと赤い光が揺れていた。
溶岩の照り返しは、まるで感情の余韻そのもののように、壁を染め、人々の影を長く引き伸ばしている。
誰もが言葉を失っていた。
メイハの亡骸を前に、クラハはしばらく動かなかった。ひとつ、またひとつと、涙が頬を伝い、メイハの冷たい手に落ちていく。
その手は、もう何も返してはくれなかった。
クラハが、ゆっくりと立ち上がる。
その歩みは決して迷いではなかった。
台所のほうへと向かい、まるで自然な動作のように包丁を手に取る。誰もが息を呑む。
刃が、喉元へと向けられた瞬間――空気が、ぴたりと止まる。
「馬鹿っ……!なにして……!」
ハーレンが一歩を踏み出しかけたその時。
鋭く、軽い音がひとつだけ、空間を切った。
茶色の長い髪が、宙に舞う。
溶岩の赤に照らされた髪は、一瞬だけ黄金のように輝き、ふわりと床に落ちた。
誰も、声をかけられなかった。
クラハの顔が、静かに上がる。そこにあったのは、泣き腫らした瞳でも、諦めた表情でもない。
決意。
自らの迷いを断ち切った者の、凛とした光があった。
「長いままだったら、また逃げてしまうかもしれません。逃げたら、メイハにバカにされちゃう」
その声は、震えていない。
けれど、背後に横たわる小さな体への未練が、その肩の線をわずかに揺らしていた。
誰よりも臆病だった少年が、今、自らの過去に別れを告げようとしている。
メイハが遺したものは、ただの言葉ではない。
誰かに愛された記憶と、信じられた記憶――それは、何より強い“希望”という名の遺産だった。
だからこそ、彼は前を向く。
「これからも、皆さんについていってもいいですか?」
差し出されたその言葉に、答えは一つしかなかった。




