11月20日 冷ややっこ 【2日目】
女将は厨房に立って、下準備をしている。
オクラに塩をかけて揉んでいて、
横では鍋に張られた水がポコポコと沸騰しかけていた。
カラン
ドアが開く。
すらっとして、まさに美女が入り口に立っていた。
そして女将に話しかける。
「暑いなぁ……あっ、女将さん。
たまたま今回、他の人を連れてきたけど入っていい?」
「スフィアさん。もちろんです、どうぞ」
「ありがとう」
スフィアと呼ばれた女性はニコッと笑顔を返す。
その笑顔にはきらりと光る伸びた八重歯が見えた。
すらっとした黒い髪は腰のあたりまで伸びている。
スフィアの後ろから二人の女性が入って来た。
一人は身長が2mぐらいあって、筋肉隆々。
もう一人は頭に耳がついていて、尻尾も見える。
「スフィア、ここが例のお店か?少し狭いなぁ……」
「みたことないものがたくさん置いている店にゃ……」
二人はスフィアに話しつつ、恐る恐る店に入る。
その様子を見ていたスフィアは二人に話しかける。
「そんな恐れなくても大丈夫。さぁ、さっさと座りましょう」
スフィアはそう言うと、二人を席に案内する。
女将から向かって右側からスフィア、
真ん中に身長の大きい女性、左側に耳がついている女性の順で座った。
女将はオクラを取り出して氷水に入れつつ、手を拭いてスフィアに話しかける。
「スフィアさん、で、このお二方は?」
「あぁ。真ん中に座っているのがオーガのノース、
奥に座っているのが猫女のネル。どっちも私の友達よ」
「お友達さん!わざわざお店に連れてきてくださってありがとね」
スフィアにそう言うと、女将は紙を取り出して二人に渡しながら話しかける。
「ノースさんにネルさん、初めまして。
私はこの店の女将です。来てくださってありがとうございます。
この店にはちょっとしたルールがあるので、この紙をご覧くださいね」
そう言うと、各々に1枚づつ紙を渡した。
その紙にさっと目を通したノースがスフィアに愚痴る。
「スフィア……この店は食べる物すら決められないじゃないか!
本当に大丈夫なのか?」
「もちろん。とってもおいしいものが出てくるから、楽しみにしてましょう」
スフィアの自信満々の言葉にノースはうんと頷いて女将に向かって言った。
「ガハハ!じゃあ女将さん、ぜひ今日のおいしい料理を頼むわ。
外は暑いから涼しさを感じられる料理が嬉しいがな」
「もちろん、お任せください。今日の料理は涼し気な料理ですよ」
「そうなのか!?楽しみだ!!ぜひ頼む。
あと、俺とスフィアにはビール、ネルにはミルクを頼みたいが、いけるか?」
「もちろんです。ちょっと待っててくださいね」
女将は飲み物とコップを取り、準備を始めた。
ネルはその様子を横目で見ながら、スフィアに尋ねる。
「でだ、今日話したかった内容って?」
「あぁ、全然大した話じゃないんだけど……
私、人間の町にスパイとして入り始めたんだよね」
「「スパイ!!??」」
ノースもネルもびっくりして席を立つ。
ちょうど同じタイミングで女将が飲み物を持って来た。
二人の様子に少しだけ驚きつつも飲み物を渡す。
「はい。スフィアさんとノースさんはビール、ネルさんはミルクね」
「あぁ……ありがとう」
「……ありがとうございますにゃ」
ノースとネルは女将に声をかけられ少し冷静になれたのか飲み物を受け取りつつ、席に座った。
その様子を見ていたスフィアは二人に話しかける。
「そんな大層な話じゃないわよ。
ちょっとだけ外見に魔術をかけて情報収集しているだけ」
「お前なぁ……俺みたいに腕っぷし強い訳じゃないだろ?」
「そうだにゃ。僕みたいに耳が特別いい訳でもないにゃ」
ノースとネルから突っ込まれる。
ただ、スフィアは二人の方をじっと見て反論した。
「確かにね。でも私はノースみたいに体つきから目立つわけでもなく、
ネルみたいに耳がついているわけでもないから、魔術で人間に見せかけるのは簡単。
吸血鬼って言っても、生の玉ねぎとニンニクさえ食べなければいいし、
正直、八重歯さえちゃんと隠せば気にならないでしょ?」
スフィアはニコッと笑う。
八重歯は魔法で隠したのか、
この店に入って来た時のように目立ってはいない。
ネルはその姿に少し驚きつつ、スフィアに尋ねる。
「そうかもしれないがにゃ……どうして人間の町にスパイなんか?
上からの命令かにゃ?」
スフィアは首を横に振りながら、ゆっくりと返事をする。
「ううん。誰の命令でもないわ。
単純に私の興味で、人間がどんな奴か見極めたくて」
「……俺は人間なんて最低な奴しかいないと思ってるけどな。
女将、ビールをお代わり」
ノースは持っていたビールを一気に飲む。
女将は新しいビールをすぐに渡した。
その様子を見ながらスフィアはノースに話しかける。
「そうかもね……でも、賭けたいのよ。人間の中にもまともな奴がいるって」
「どういうことだ……?気を付けろよ。この話、内容にもよるけど反逆罪で死刑だぞ」
「……」
ノースの言葉に一瞬スフィアは言葉を詰まらす。
だがゆっくりと、それでいて自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「私はね……こんな不毛な戦争をさっさと終わらしたいだけなのよ」
「不毛……?何が不毛なんだ。
人間どもが魔界に攻めて来てるってのに」
「そう。まさにそこよ。人間が魔界に攻める理由もわからない。
私たちはただ自分たちの世界を守っているだけ。
本当に人間はどうして攻めているのか聞きたくて……
もしかしたら戦う理由なんて無いんじゃないの?」
「何を言ってんだか……まぁ、お前は親友だから、上には黙っておいてやるよ」
ノースは理解ができないのか、肩をすくめて呆れているようだ。
すると、女将が料理を持って来た。
「皆さんお待ちどうさま。今日は冷ややっこです。ご賞味あれ」
そう言って冷ややっこの乗った皿を三人に渡していく。
冷ややっこの上には切り分けられたオクラが乗っている。
零れ落ちるぐらいにのっていて、その上から鰹節と醤油がかかっているようだ。
それを受け取ったノースは目を細め、疑いの声で女将に尋ねる。
「女将……これは本当に上手いのか?」
「もちろん。オクラのぷちぷちとした触感が病みつきになるはずですよ」
「ふーん……そうかねぇ」
ノースは全く食べるのに乗り気じゃないようだ。
その横でスフィアとネルが目を輝かせてスプーンを手に取った。
「おいしいそう。頂きます!」
「ノースはわかってないにゃあ……僕も頂きますにゃ」
スフィアとネルが共に冷ややっこにスプーンを入れる。
そして一口食べた。
「「うまい!!」」
二人一緒に声をあげる。
「この白い冷ややっこがあっさりしていながらも濃厚な味でたまらない!」
「緑の奴のプチプチした感触茶色の削りカスみたいなものの
味の相性が最高に良いにゃ!」
二人とも冷ややっこを笑顔でがっつき始めた。
その様子を見ていたノースも冷ややっこをじっと見つめ、
スプーンで一口分すくった。
そして意を決したのか口に運ぶ。
「!?」
ノースの目が開く。
そして大声で笑い始めた。
「ガハハ!こんなうまいとは。見た目で判断してはいけないな……
女将、本当に失礼なことを言った。すまん」
「いえいえ、ここでの料理は見たことないと思います。
ここではよくあることですし、仕方のないことですよ」
女将は笑顔でノースに返事をする。
ノースの言葉を聞いたスフィアがノースに話しかける。
「ノース。今回の冷ややっこと同じで、
人間の奴についても、ちゃんと一度は自分の目で見てみたんだよ。
私は自分の思い込みで見逃すなんてしたくないから」
「……こりゃ一本とられた。その通りかもな……
俺は思い込みが激しい方だから向いてないかもしれないけど、
スフィアが客観的に見れると思うから見てきな。
ただ、無理は禁物だからな。危ないと思ったらすぐに帰ってくること」
「もちろん!」
スフィアはニコッとしてノースの方を見た。
ノースも照れくさそうにスフィアの方を見た。