12月1日 いなり寿司 【13日目】
女将は油揚げが入った鍋をうっとりしながら見ている。
醤油や砂糖などの調味料を入れ、煮立たせ、それを冷やしたのち、
ご飯を詰め込んでいた。
「ふふふ~、みんな大好き、いなり寿司~」
大好物なのか、鼻歌が聞こえてきた。
すると、扉が開く。
「あっ、ライルさん。いらっしゃい」
「女将さん……」
ライルは数日間寝ていないのか目がやつれ、酷いくまができていた。
フラフラと歩きながら、椅子に座る。
「すみません……1杯、お水もらっていいですか?」
「えぇ、いいですよ」
女将はコップに水を入れ、ライルに渡す。
ごくごくと飲み干し、コップを置いた。
「あぁ……水がこんなにもうまい日が来るとは」
「ライルさん。お体、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。彼女の苦しみに比べれば……」
目の焦点が合っていない。
そしてうわごとのように物々と呟いている。
「とりあえず……ちょうどいなり寿司ができたので、食べますか?」
「……すみません、いただきます」
意識をはっきりさせるためか、ライルは首をぶんぶんと振りながら答える。
女将は、直前まで作っていたいなり寿司をお皿に並べている。
「女将さん……俺は前回ここに来た時から悩み続けた。
そして今日、彼女に伝えに行くつもりだったのだけど……」
「……」
何か思うところがあるのか、女将は無言で話を聞いている。
「結局、何を伝えたらいいのかわからなくなってしまった。
好きでたまらないのに、魔族というのが邪魔していて……」
「一旦、いなり寿司でも食べましょう。お腹空いたでしょ」
女将はお皿に載せたいなり寿司と温かいお茶をライルの前に置いた。
「あぁ……ありがとうございます」
「いえ、私も食べちゃお。いただきます」
二人はいなり寿司を食べ始める。
「ん!やっぱり、いなり寿司はおいしい!!」
「……おいしい。久々にご飯食べたかも」
二人とも一つ、また一つと手が伸びる。
そしてあっという間にいなり寿司が無くなった。
「「ごちそうさまでした」」
二人はほぼ同じタイミングで食べ終えた。
食べ終えたことを確認した女将はライルに話しかける。
「少しは元気、出ましたか?」
「はい。ありがとうございました」
「それは良かった」
「……」
ニコリとしてライルの方を見る。
ライルもにこりとしたものの、すぐに険しい顔にもどった。
その様子を見て少し悩みつつ、明るい声で女将が話す。
「ライルさん。悩んだ時はお酒でも飲みますか?」
「いえ……今日は気分ではないので」
「でも、前回飲んだお酒、まだ残っていますよ。ほら、ほんの少しだけ」
女将は白い紐がついている日本酒「煌」を棚から取り出し、手に取る。
「いえ、流石に今日だけは飲めないです……ん?」
白い紐のところに何か紙が挟まっていることにライルが気づく。
「女将さん、そのお酒の紐の部分に何か挟まっていますよ」
「あぁ、これですか。これはあなたの物ですよ」
「……?俺はそんなもの挟んだ記憶はないですが」
「とある人が、この店でこの紙を忘れて帰ったようです。
でも、日本酒はライルさんのものなので……ライルさんの物ということになりますね」
女将は挟まった紙をライルに渡そうとする。
「この店に忘れた?ということはその人は……」
「それについては何も言うことができません。秘密なので」
女将はニコリとして折りたたまれた紙をライルに渡した。
ライルはその紙をじっと眺めたが、女将に返そうとする。
「女将さん、忘れた人の大切なものかもしれませんし、
私が受け取ることはできません」
「いえ、すでにライルさんに渡してしまったので……
それを置いて帰るとなるとライルさんの忘れ物となりますので、
二度とこの店に来れなくなりますが、よろしいですか?」
「……」
渋々、返そうとする手を戻す。
そして折りたたまれた紙の外に書いている内容を見て、眉をひそめる。
「何か書いてある……」
『これを手に取ってくれた人へ。
恐らく人生で最も悩んでいるときじゃろう。
もし、今でも何か決めれないのであれば、この中を見るのじゃ。
大丈夫。お主がいるそこは誰もおらぬ隠れ家の小料理屋じゃ』
「……まぁ、見るだけならいいか」
ライルは折りたたまれた紙を開く。
その中に書いてあることを読んでいるようだ。
そして紙を閉じ、慌てながら銀貨をポケットから取り出した。
「女将さん、ちょっと行ってくる!
バタバタしてごめんね!あと、この紙はもらうから!!」
「どうかしたのですか?」
女将のその問いに、何か吹っ切れた顔でライルはにこりとした。
銀貨を女将に渡して、扉の方に走っていく。
そして扉を開け、出て行った。
ライルを見届けた女将はボソッと一言呟く。
「少しおまけしすぎたかしら……まぁいいか!」