11月30日 お刺身 【12日目】
女将は器用に魚をさばいていた。
よく見ると、皿の上には鯛、マグロの切り身が乗っている。
今はちょうどタコをさばいているようだ。
そしてタコも切り終えたのか、お皿にのせた。
すると扉が開く。
「いらっしゃい。ウリアルさん」
「あぁ。こんにちは」
ウリアルは、腰がかなり曲がり歩くのも大変そうな状態で杖をついて店に入ってくる。
なぜか少し緊張しているようだ。そして女将に尋ねる。
「今日は何月何日だ?」
「今日ですか。11月30日ですね」
カレンダーを見ながら答える。
「そうか。それは……本当によかった」
ウリアルはそう言いつつ、カウンター席に座る。
ウリアルはポケットからボロボロになった青い手帳を机の上の置き、パラパラとめくる。
「ようやく儂は……この日まで来れたというわけか」
「……」
「まさか……この店に来るのに毎回1年以上かかるとはのぉ」
ウリアルは笑う。
それを見て、何も話さず女将はにこりとした。
「今日のご飯はなんじゃ?」
「お刺身です。鯛とマグロとタコの」
「それは良かった。日本酒と一緒にくれんか?」
「はい、わかりました」
女将は元々準備していたお刺身のお皿をウリアルの前に置く。
そして、日本酒をグラスに入れ、それも渡した。
「はいどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
グラスを受け取り、手を合わせた。
「いただきます」
そして日本酒を飲み、刺身を食べ始めた。
ウリアルは目に少し涙をためながら食べている。
「おいしいのぉ……」
そう言いつつ、タコの刺身を食べる。
そして日本酒を飲む。
刺身を食べるのと日本酒を飲むのを繰り返し、
刺身を先に食べ終えた。
「ふぅ」
ウリアルはお腹がいっぱいになったのか、大きく息をついた。
そして、青い手帳の中から、一枚の紙を取り出して話す。
そして青い手帳はポケットの中にしまった。
「女将さん。この紙を……」
ウリアルは日本酒の瓶が並んでいる所を見て話す。
瓶は7本あり、赤、青、緑、黄、紫、黒、白となっていた。
ウリアルはポケットからくしゃくしゃになった別の紙を取り、
そこに書いている内容を確認してから話をつづけた。
「あの、白い紐がついている瓶の紐に括り付けてくれんか?」
「本当によろしいのですか?」
少し寂しそうな顔になった女将が話す。
「この店は何か一つでも忘れ物をしたら、二度と来ることはできません。
それでもよろしいですか?」
「……」
ウリアルは目を瞑る。
スフィア……
なにかを呟いてからゆっくりを目を開く。
「あぁ。それでよい……念のため聞いておくが、
この店に入れなくなるのは、ここにいる儂だけであってるかのぉ」
「そうです。私の今この目の前にいるウリアルさんだけです」
大切な内容なのか、はっきりと答える。
それを聞いたウリアルはにこりとした。
「であればよい。この紙を頼んだぞ」
「……はい」
女将は紙を受け取り、白い紐に結び付けた。
「では、ご飯も食べたし帰るかのぉ」
今日でこの店に入れなくなるような寂しさは全くなく、
いつも通りの口調で話す。
そして銀貨を1枚、席に置いてから立った。
ウリアルは席の後ろにある扉の方を向き歩きはじめる。
そして、急に立ち止まり扉の方を見ながら話す。
「最後に一つ聞いていいかのぉ」
「?」
ウリアルは振り向き、女将の目を見て尋ねる。
「お主は儂のことをいつから気づいておった」
女将は少し沈黙したのち、話す。
「あなたがお年を召して、この店に40年ぶりに入店された時から」
「どうして、40年ぶりだと気づいた?」
「それは......この店の女将だからですよ」
「やはり只者じゃないか......で、それは本当かのぉ」
驚きのあまり目を見開く。
ニコリとして女将は話す。
「だって……この店に初めて来た人には必ず読んで頂くルールの紙を渡さなかったはずです。
昔に何度もご来店されてましたから。
この店のルールはご存じだったでしょ?」
「……確かにのぉ。儂がこの店の秘密に気づくのに、かなり時間がかかったというのに」
悔しそうに話す。
「まさか……この店の時間軸と我々がいる時間軸が全くちがうとはのぉ」
「……どうして気づいたのですか?」
逆に女将がウリアルに尋ねる。
ポケットから青い手帳を取り出す。
「これじゃ」
「手帳?」
「そう。儂がはるか昔に……彼女との思い出を書いていた手帳じゃ」
ウリアルはページをペラペラと開き、とあるページを見せる
『お店の日付で11月19日。
バカ4人でいつもの異世界小料理屋で飲む。
今日のメニューはポテトフライ。
みんな俺が彼女いるってことに驚いてやがった!
4人で乾杯だ!!』
そしてかなりのページを開いたのち、ページを見せる。
『シアと二人で飲んだ。
シアには色々背中を押してもらっている。
たぶん、明日は大切な日になる。
今の気持ちを絶対に伝えよう!
11月22日?→あとで確認!!』
ページを閉じて、ポケットに手帳をしまう。
「昔、この店に来たことを思い出して、
手帳を引っ張り出して眺めていたんじゃ。
そして、メモ眺めていたら日付が変であることに、
二回目に来た後に気づいたんじゃ」
ウリアルは壁にかかったカレンダーを見る。
11月29日まで×が書かれていた。
「儂からすれば11月30日はもちろんおかしい。
なぜなら、儂の世界では3月24日だからじゃ。
でも、それはここが異世界じゃろうから気にはしておらんかった。
ただ......こっちの店の時間の進み方は明らかに変じゃ。
どうして1年後に来たというのに、
こっちのカレンダーは3日しか進んでおらん。
まぁ、店のカレンダーなんて誰もジロジロ見ないとは思うが」
ウリアルは再び女将の方をじっと見て話す。
「じゃが……この手帳の日付を見ると、
前々回も前回も昔の儂が来てから1日しか経っていないことに気づいた。
それは、あまりにもおかしい。
儂は40年という月日を過ごしてきたというのに、
この日記に書かれておる日付とほぼ同じ時に
昔の儂がこの店に来ておると言うことになる。つまりじゃ.......」
ウリアルはニコッとする。
「女将にとっては毎日かもしれんが、
こっちの世界の色々な時間軸から来ているということじゃ。
だから、40年前の儂が一昨日に来ても何もおかしいことはない。
そしてこの手帳通りであれば.......40年前の儂が明日ここで飲むはずじゃ」
「よく、お気づきになりましたね」
女将は淡々とウリアルに話しかける。
「で、この紙ですか」
「儂は若い時……彼女との約束の日にどうすればいいか悩み、
この小料理屋で悩み続けた結果……会いに行けなかったんじゃ。
儂は……それだけが心残りなんじゃ。
お主はその出来事を覚えておるか?」
首を横に振りながら女将は答える。
「それはウリアルさんが経験した時間軸でしょう。
ここにいる私は今の時間軸でしか話が分かりません。
なので、あなたの出会った私はここにいる私ではないということです」
ウリアルは納得し、そして女将から背を向けて扉の方に向かう。
「あの手紙には、ほんの少しの勇気を詰め込んだ。
今ここにいる儂は何も変わらんし、やっても仕方ないかもしれんが……
昔の儂はもしかしたら……とおもってのぉ。
まぁ、全くの無駄かもしれん。じゃあの、今までありがとうのぉ
ご飯、とってもおいしかった」
ウリアルは手をひらひらさせながら扉を出た。
それを深々と頭を下げた女将が一言。
「これまでのご来店、ありがとうございました......」
「明日の儂に、よろしくしてやってくれ」
ウリアルは振り返り、にこりとした。
そして扉が閉まった。