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作品、本に関わるもの

懐かしの頑固親父

作者: モモル24号

 頑固親父を最近見なくなった。昭和な怒鳴りん爺でも、クレーマーな平成おじさんでもないよ。


 こだわりの職人気質の愛すべき頑固親父の事だ。


 いや……不機嫌で怒っているように見えるから怒鳴りん爺には近いかな。


 昔街にいくつかあった、いたって普通の街の古本屋の親父さんだ。


 ────ただね、頑固親父はやたらと本の価値にこだわっていた。


 絶対に売れそうにない古びて茶色く色褪せた本に、数千円とか数万円の値段をつけていた。


「漫画置いてないの?」


「こんな高い本、売れるわけないよ」


 子供の頃に友達と入って、そう冷やかした覚えがある。もの静かに新聞を読みながら店番をしていた頑固親父はそれを聞いて怒った。


「本の価値がわからんやつは来るな!」


 某アニメのお父さんを彷彿させる「バッカも〜ん!!」 って感じで叱られた。


 怒鳴りん爺より怖かった。別に暴言暴力を振るわれたわけじゃない。


 今の世の中だったら、すぐに晒されて吊るし上げられて、無関係な人達の心無い正義心を満たすために閉店に追い込まれただろうね。


 ────この時は、泣かなかった……はずだよ。


 頑固親父は理由もなく怒ったわけじゃない。古本だって売り物。包装されていない本を子供がベタベタ触るのはよろしくないのは今ならわかる。


 彼は至って単純な動機を持っている。並べ立てられた本を大切にしていただけだった。


 どこにでもある街の古本屋さん。定価三千円のハードカバーの本でもつまらなければ三百円で買い取ってせいぜい四百円で売る。


 非常にシンプル。それが頑固親父の価値観。親父にとって、本は宝石のようなものだったのかも。


 歴史資料価値の高い本なら、十倍以上になる事もあった。


 古い初版の漫画を軒並み0円で買い取ってくれた某チェーン店より良心的だよ……たぶん。


 ────あの当時はぼったくりだと思ったけどね。大人になって頑固親父の気持ちが少しだけわかるようになって来た。 


 発行当時のままの、原本に近いお宝のような本って、なかなか入手が難しい。古い本ほど、発行部数は少なくなってゆくから。




 古い文献を調べる作業の困難さは、身に覚えのある方も多いと思う。苦労してまとめ上げられた資料一つの価値は計り知れない。


 ネットで調べればいいじゃん、今は簡単にそう言う。でもネットのその情報源について考えたことはあるだろうか。


 いまは調べれば情報がすぐ出てくる。フェイクニュースなんてものがあるように、それが正しいかどうか、わからないのも情報というものだ。


 その情報がどこから出てきたのか、根拠となる資料が存在する。それが頑固親父の集めていた本の中に沢山あった。

 

 悲しいけれどネットの情報同様に、苦心して作り上げられたそれらの本が必ずしも正しいものとは限らない。


 真実であれ、嘘であれ、自分自身の論拠の元を示すための道具かもしれない。


 この時代はこういう説が信じられていたんだよ、それが本として形としてありましたよ、という証みたいなものかもしれない。。 


 でも……その時代の中で出来る限り根拠がないデマかどうか調べて精査し、情報資料として形になったのが埃臭い頑固親父の本なのだ。


 頑固親父の集めていたような資料や本は、厳選されただけあって信用度は高く価値ある本であったのは間違いない。



「御託はいい。買わんのなら帰れ」


 ────社会人になって久しぶりに訪れたというのに、頑固親父に怒られた。少し年を取って、声に張りはない。


 売る気はあるけど、相変わらず商いをする気はないようだ。


 本自体の売値というものは、当然ながら出版社側により設定されている。資料の中には値のついていないものもあるけれど、


 この古本屋で本の価値を決めるのは、あくまで頑固親父本人。


 本来の売り手側の価値と、頑固親父の価値が一致する事は少ない。


 でも、頑固親父は定価壱万円もする本であろうと、自分の店で売る為の価値を自分で決める。嫌なら他所へ売りに行くしかないのだ。


 ────物を書くようになって頑固親父の存在価値がわかるようになった。


 少々高くついてもいいから頑固親父の集めていた本が欲しかった。


 ────客として、ようやく頑固親父に喜んでもらえる大人になれたと思ったのに……世の中ままならぬものだ。



 ────古い本の積まれたまま、お店のシャッターは閉まっていた。


 ……きっともう、二度と開くことはない。

 

 ◇


 ────子供の頃からの体験談を物語風に語ってみました。今では姿を見かけなくなった個人経営の本屋さんや、古本屋さん。


 小説家になろうにおけるブックマークのように、個人の本屋さんは店主の個性があって好きでした。

 お読みいただきありがとうございました。


 エッセイか純文学か迷いましたが、体験談を兼ねているので、エッセイへと投じさせていただきました。


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