5. ハムステッド
本日快晴。対決日和。
すかッと雲一つない青空を遮ってそびえ立つ、ローダーディル伯爵家の重そうな屋根を見上げ、がくッとルークは項垂れた。なんとしても『彼』との話し合いを持ちたかったというのに、果たせないままこの時刻となっている。
考えたならこの一件などを絡めなくとも、自分は彼には会うべきではないのか。こちらから会いたいなどとの主張をせずとも、息子が帰省したなら迎えるのが役目と違うか? あのヤロウ。
家を空けているのではなく、ただすれ違っているという辺りが怪しい。起きてみれば出かけた後で、帰ってくるのは眠った後だ。
故意に避けているに違いなかった。おもしろがっていることにも間違いはない。
ならば出方に合わせますとも、と、ルークは自らの立つ位置を投げやりに定めた。心中の荒れが足取りに反映される、足音やかましくつかつかと。
指示など出さずとも当然自分についてくるだろうと、そんな甘えた考えが腹立たしいのだ。例えばもしかして血のつながりのすべてを投げ出しても、恋した娘のために一肌脱いでしまうかもしれないじゃないか。
そんなことが疑われもしないとは、自分は情けないし、相手は腹立たしい。それは子供だと言われているも同然じゃないのか?
外の見回りなどしてはいないが、それだけの時間は充分取った。そう言ってメアリーアンの側を離れてきたのだ。最後のこの時に一言ぐらいは交わせるかもしれない、と思っての行動だったが、相手にその気がないのならしようもない。
ルークはさらに足を速め、屋敷のどの窓からも見えにくい場所――樺の林を後にした。刈り込まれた芝を突っ切り、剪定されたリンゴをくぐり、程よく野性味をこしらえられたアジサイを抜ければ、整然とアカシアの並ぶ正面道が見えてくる。
重厚な玄関扉の前にはメレディス氏が立っていた。背中で手を組み空を見上げている仕草は、先ほどのルークとは違い、何を考えているにしろ雅趣にあふれていること著しい。
お屋敷の執事殿。されど、財産と評判を脅かしかねない浅はかな計画に、全面協力体勢の執事殿。
「こんにちは。お邪魔してます。お疲れ様でぇす」
「見回りは順調に済みましたか」
「え、まぁ。けどメレディスさんが管理しているこんな場所、僕が改めるところとかないですよ。伯爵はやっぱり関わらずですか? メアリーはそう言っていたけど、気にならないものかなぁ」
「気にしていないわけではないのですよ。一部始終を見物するとおっしゃられまして、あちらに」
まさしく高みの見物というわけだ。にこりと笑顔で差し示す先には、塔が聳えていた。本屋敷と風趣をまるで違えた石積みのそれは、イタリアはピサの塔のミニスケールなのである。
旅の記念に塔の建て増し。金持ちの考えることは良くわからない。
そしてわからないと言うなら、こちらが上手。
「ねぇ、メレディスさんは」
「ご質問ですね」
「ん。あのヒトの計画にどーして手を貸すのかな。冒険心への共感だとか? 怪盗を見てみたいとか? って、成功するわけもないって知っているよね、大人なら」
「主人筋に当たる方の命ですから」
「だけじゃないよね? だってこんな計画、無茶って言うか意味ないじゃん。まさか本当に勝機があるとか思っていないでしょ?」
「ドラゥフトを捕獲しヤードに引き渡す。そんな勝機ならないでしょうね」
語るものは言葉ではなく、顔の方がよほど多い。しかもそれがわかるということは、伝えようとしてくれているということだ。秘めようと思ったなら何一つ、毀れ出しはしない鍛錬を、この手の人間は積んでいる。
「なんだ。メレディスさんは本当の目的を知ってるんだ。だから手伝う気になった。そうでしょ。で、これは万が一成功してもヤードには引き渡さないし、もしかしたら捕獲もしない……?」
「それを申し上げられるのは、首謀者であるメアリー様だけですよ。私は何も明かす立場にありません」
ほら、閉じたならこのように。
ルークはぶつけるような息を吐き、腹いせのつもりで絡みにかかる。
「怪盗を相手に回したら、あなた方の大事なお嬢様は傷付けられちゃうかもしれないのに、いいの? そんなに安全な事態じゃないんじゃない?」
メレディス氏の笑顔は、より輝いたように見えた。何故に。
「ナイトがお付きですから心配してはおりませんよ」
「でもフレディは……」
「お嬢様の安全をお願いしますね。ルーカス様」
頭を下げられ、虚をつかれた顔になったのも自然、ルークには予期しないことだった。
オレ? オレがいるから安心?
どれほどメレディスが、それ以上に主人である伯爵が『お嬢様』を大切にしているかなら、存分に知っている。この常軌を逸した計画に付随するであろう危険からの回避、それをすべて自分のこの手に委ねるというのか。
とんだところで彼方上まで持ち上げられたものだと思う。けれどこれは――しっかりしろ! 自分――おだてて潜在以上の力を出させようという、しばしば大人が子供に仕掛ける策略だということくらいのこと、わかる程度には大人になっているはずだった。
なのに、怒るわけにはいかない。わかっているのに、聞こえた言葉の意味そのままを受けて、心のどこかでは喜んでしまっているために。怒りの言葉をうまく言えるか自信がなかった。
……わかっていても、それでも、だ。
その半端さを思い知るような心地になり、ルークはより一層捨て鉢な気分になった。アシラワレテイル。つまりは、そういうことなのだろう。
「メレディスさんはなんつぅか」
「なんと仰いますか?」
「伯爵様の執事様だよね。とことん。どこまでいったって」
そんな言葉でも、意味するところははっきりと通じた。メレディス氏の微笑みには、感謝があふれてこぼれんばかりだった。
ルークは羨ましいとそう思い、なにに対してそう思ったのか、自分でわからなくなっていた。
まっすぐに迷うことなく通っているポリシー? 信頼関係や、利害関係の一致。
それに惑うことない感情面の一致についても、おそらくだろうと思われし。