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2. パディントン 2


「なーにしてんの。あんたがたふたりはこんな公共の場でくっついて」


 大変に大きな声が、そんなぞんざいな言葉で割り込んだ。メアリーアンは壁から離れ(フレディの腕をくぐり抜け)、声の主めがけて四歩を跳ぶように。


「ルーク! 久しぶりね、どれくらいになる? あなた、イースターにも帰って来なかったもの。背が伸びたわ。当たり前だけれど」


「本当に当たり前のご挨拶だ、メアリーアン。いま伸びなきゃ、人生まずいよ。お出迎えありがとう、と」


 ひょい、と首を動かして


「フレディこそ背が伸びた? まだ伸びるとは思ってなかったのに、ちっとも差が縮まってないじゃないか」


「まさか。もう止まってるよ。アーサーの事を考えると、きっと僕は抜かされるね。荷物はその鞄だけ?」


「デキル男はコンパクトなんだよね。必要なものなんてそうそうないし。課題が終わらなくて持って帰る羽目になるようなヤツでもないし。まっさか」


 自覚充足の優等生は、旅行用ではない鞄の脇ポケットから、読み込まれた様子の新聞を引き抜くと、


「聞くけど、メアリー。ローダーディルんちのお宝なんてもんに、どうして手を出してたわけ? いくら社交欄って言ったって、いつもはもう少しひねってみるのに、なんかえらくストレートに紹介しちゃってない?」


「どうして私が書いたって思うの?」

「なんでばれないなんて思うのさ」


「フレディ、笑いすぎよ」

「ルーク、メアリーアンはね、それを匿名希望で書いたんだそうだ」


 子供らしくなく息をつき、大人のように肩をすくめて、ルークは新聞をメアリーアンに押し付けた。そして歩き出しながら、


「仕事として文章を書きながら、自分の癖に気付いてないの?署名がなきゃ匿名だと思ったら大間違いだぜ」

「思い知ったわ。これからは気をつける」


「まだ続くの、連載」

「おふたりには今一つのご様子だけれど、高評価の記事なのよ。あと三回くらいは許されそう」


 ルークの賛成し兼ねる顔に、フレディも同感だと応えた。目で会話しうなずき合っている二人の男に並び、自社新聞を握ったメアリーアンは、決して自信を失ってはいない口調にて、


「でも。良くわかったでしょ? どんな素敵なものなのか」

「それが目的?」


「そう。世間の皆様に、こんなに素晴らしいものを持っているんですってお披露目しているだけなの」

「いよいよ伯爵が結婚するんだぞって予告として?」


「さっきフレディもそんなことを言ったけど。そんな風に受け取れちゃうの?」

「だってローダーディルの奥方様の証なんだろ? なに。しないの?」


「あらら。ちょっと予想外だけど、効果的かも。ご褒美の臨時収入があったら、ルークに何かごちそうするね」

「いたずらに世間を騒がせたって、エリオットは怒るんじゃない?」


「いいじゃない。新聞は広くみなさんにお楽しみを提供しなくちゃ」

「そんな風に思うかな」


 フレディの声は硬かった。


 新聞が売れるに越したことはない。それはもちろんだと、エリオットも憚らずに言うだろう。


 しかしシティニュース紙は決してゴシップ紙ではない。告げるニュースは現実を、つまり証拠を持ちうるものでなくてはならないのだ。その事実に思い当たるのに、その社の記者が最も時間をかけるとは何事か。


 それこそを叱られそうだ。メアリーアンはそんな副社長殿にこれまでいただいた小言の数々でも思い出したものか、急に不安げな声になる。


「しばらくはエリオットに会わないように気をつけることにするわ」


「まったできもしないこと言って。同じ建物で働いていて、どうやって隠れ通すんだよ。明日からヒマだよね、メアリーは」


「どうして?」


「謹慎処分の仕事禁止。そこまでして歓迎していただけて、超光栄だなぁ、ぼくは。どこか連れてってくれんの? 変わりゆく街の見物とか?」


「謹慎……」


 言葉をかみ締めている彼女を放り、ルークはフレディを振り仰ぐ。


「なんか変わった?」

「なにを期待して言ってるのかを、先に聞くよ」


「オモシロいミュージックホールとか」

「ロイヤルアルバートホールにはロシアから舞姫が来ていると聞いたような気がするな」


「わざとカタイものを選んで言ってるんだろ? フレディ。鳥の真似して何が楽しいよ。あの手のげいじつはわかんないよ」


 模倣が芸術なんだろう、と自らもそれをいぶかしんでいることが明らかな言い方をフレディはした。バレエな芸術は、得意分野ではないらしい。


 あちこち完璧な従兄にそれをさらにきっぱりと断言させようとルークが試みたその時、メアリーアンがつぶやいた。


「仕事が禁止なら、それはそれで良い結果なのかも……」


 二人の男は顔を見合わせた。芸術どころではないらしい、とそう思いながら、だ。同時に移された視線には、ある程度の威力があったらしく、メアリーアンははたと気付き、


「私、なにか言った?」

「いや? なにも」


 そろって首を振る二人の言を、彼女はそのまま受け入れた。あって欲しい方にと流されやすい。さらりと場面を自ら切り替え、


「これからどうする? ルーク。なにか食べる? とにかく帰る?」


「母上様がお待ちかねだろ。まず顔を見せておかないと、休暇の間中ぶちぶち言われる。着替えもしたいし、家に戻りたいな」


「着替え? まぁ、ルーク。お洒落さんね」

「臭かったんだよ、隣のオバさんの香水が。匂わない? ホラ」


「あらこれ、ソフィーのお店の最新作よ。トロロープのひとしずくって言うの。ダメよ、ルーク。女性の香水にくどくど言うのは良くないわ」


「自分もつけてから言えよ」

「憎まれ口ね? ルーク。そんなことを言う口はこうだ!」


 ぐいっと口の端をつねり上げられた。どこの子供だと思ってそんなマネ……! しかし憤りを主張する間は与えられず、彼女は次には駆け出していた。


「先に行って馬車を止めておくわ。私が一番身軽だもの」


 開いた口を力なく元にと戻し、ルークはため息と一緒に言った。


「ご機嫌だね」

「あぁ。嫌な感じだ」


「なにをする気だと思ってる?」

「わからないんだよ」


 フレディはそれをあと一歩で白状させられるところだったことを思い出して、時間差で悔しい気持ちを覚えていた。ルークが現れるまであとほんの少しでも時間があれば。


 メアリーアンは、何かを白状しかけていた。


 パー……。


 そんな言葉のかけらで推測などできるわけがない。


「間違いなく、何かを企んでいるはずなんだ」


「フレディはお勤めご苦労サマだからな。こっっちはヒマだから見といてやるよ」


 言われ続けるその言葉に、フレディは今度もまた理不尽さをかみ締める。


 ローダーディル伯クリストファーに始まり、ジェラルド・カーストン、アーサー・ヘンドリックス、ヘンリー・ウォーレン、リチャード・カーリントン、そしてさらにもう一人現れた。ルーカス・ヘンドリックス君。


 この世で彼女の動きを見張るほどヒマではない男は、ただ一人自分だけなのではないだろうか? 現実。



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