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19.メリルボーン5


 なるほど。


 声には出さずに(出さないように注意をはらい)、フレディは幾度か頷いた。翌日の昼過ぎ、シモンズ家の居間に立ち。


 対面している肖像画は、メアリーアンの言うとおりの道筋をたどり、二階の迷宮から運び出してきたものである。意図されそのように作られた、複雑な建物。


 ピーター・シモンズのカラクリ屋敷は、ただ愉しみの為だけに無駄を中心に構築されているのだ。


 額の在り処はメアリーアンの居室からは遠かった。ルーク――ジュニアは、どんな寄り道をしたのだろう。


 ジェントルマン(怪盗なのだが)たるもの、こそりとくすねはしないことは信じられたが、物色をしていないとは信じきれない。暗鬱。やれやれ。


「似ているね、クリスの言うとおりだ。十七歳、の肖像だね」


「ロザリンド・シモンズの頃。絵って不思議よね。お母様なのに、私より若いお嬢さんなんだもの」


 手入れが悪いかしら。つぶやいてメアリーアンは、額の端に息を吹きかけた。彫り物の隙間から、綿埃が低く舞い上がる。


 大した量ではない。放置されている絵では決してない。


「君の絵はないの? 十七歳の頃の」


「ないわ」


「そう」


 その返事を聞くより前に、メアリーアンは馬鹿げた嘘を後悔していた。なぜこんなささやかな嘘を口にしたのか、理由がわかるので恥ずかしい。


 美人の母親を自慢に思っていた素直さは、どこへと吹き飛ばされてしまったのか。回答は容易い比較の問題に、欺瞞の付け入る隙などないというのに。


 情けない。ごめんなさい、お母様。せめて素早く素直に謝っておこう。


「問題は、このネックレスだったのよ」


「問題?」


「これね、ドラゥフトが持っていってしまったものなの。きれいでしょう? 『倖』という銘を持っているんですって。同じ細工師の手で作られたものが他に二品あって、これが三連作の真ん中の品なの。初めが『瞬き』で、最後に『嘆き』。どこから現れた名かわかる?」


「ジュリエッタの想いだろう」


「すごいわ、フレディ。わかった人は初めてよ」


「思い付きだよ」


「だけどすごいわ」


 賞賛はされるほどに後ろめたい。なぜこんなささやかな勝利を得ようとしたものか、理由ならばわかってしまい、恥じ入るばかりだ。


 情けなくも嫉妬。そんなことまでして抜きん出ていたいのか。みっともない。どんな姿勢だろう。


「私は今日、もう行けなくなってしまったけれど、今日はね、黄色いドレスを着る予定だったの。合わせるアクセサリーの話になったときに、クリスがこの絵のことを思い出して、いいんじゃないかって。けれど、考えてみたら実物をみたことはなかったのよ、クリスも私も。ピーターが戻るあてはないし、父も来月までパリなの。それで私、勝手に探すしかなくて、家を探し回ったのだけれど」


「珍しいね、君がそこまでするほどこだわるなんて」


「だって今回はフレディが一緒でしょう。いきなり現れたり、ばったり会ったりしたことはあったけれど、今度はちゃんと約束して出かけるんだから、ちゃんと着飾って――みようかしら、と、たまには私も」


 思ったりすることもあるの、と続いた声は小さくなりすぎて、最後には聞こえないほどになった。どうやら言うつもりではなかった範囲のことらしい。


 わかりやすく照れている様子を見て、フレディだってどう対したら良いのか迷ってしまった。


 そんなことを考えるとは意外、そしてそれは自分に見せるために? けれどそれがないとわかれば、代用品を考えるのではなく、怪盗からでも取り返そうとするのか。


 計画を練り上げる……。新聞や、ローダーディルや、ひいては世間を騒がせて。


「……メアリーアン」


 とりあえず名前を呼んでみたものの、どこをどう突付いたものかが決まらない。お礼なのか小言なのか。あきれているのか嬉しいのかどっちだ。


 複雑に言葉に詰まっているうちに、メアリーアンが大きな声を出した。


「えぇと! ネックレスの話! 見つけるには見つけたんだけれど、箱は空だったの。他の二つはあったんだけれど、二番目だけは空っぽで、空でね、これが入っていたの。はい、この封筒が」


 動きが大変に忙しない。どんな反応も欲しくはないらしい、とフレディはこれまた複雑な気持ちで棚上げにした。


 とりあえずは。どれについてもいずれまた、と思いながら、差し出している白い封筒に手を伸ばした。


「これは、手紙?」


 まだ赤い頬で、数度頷く。問いかけるように見ると、それにも大きく頷いた。


 母親の死はまだ少女の頃であったと聞いている。これだけの年月を経て、自分に向けられたメッセージを受け取るというのは、どのような心地なのだろうか。


 大切な人の大切な人間の死に対してたいていの場合がそうであるように、哀しみに近い戸惑いを抱き、悟られずに済むことを願いながらフレディは手紙に目を落とした。


 慎重に封筒から引き出し、この上なく慎重に広げる。最古のパピルスよりも大切なものだ。彼女にとっては。ならば、自分にとっても。



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