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18.グロスタープレイス4

「つまり、ロザリンド嬢は同情なさったってお話なんだ。何も盗めずに逃げてる怪盗を見てさ、さすがメアリーのお母さんて感じだよね。見逃すだけじゃなくて、代わりの品とか渡しちゃう。これは私のものだから、誰も咎めはしないのです。どうぞお持ちになって、ってわけ」


 模してフレディの前にネックレスを差し出した。その手に、深いため息がかかる。


「そう言われて持ってくるか……。怪盗を名乗るものとしてのプライドはどうしたんだ? どこもかしこも情けなくはないのか」


「まぁね、だよな。けどそれは都合の良い解釈ってとこで、話はお嬢様の懇願に応えたとかになっちゃってるわけ。どうぞ私の思い出に、と差し出されたとね。情けなくなんて思ってないって。人に見せたくないなら、あんなこと記録しないよ。自慢だよ、自慢。こんな女にもモテました、て言いたいだけ」


「読まなくて良かったってことだ」


「そういうこと。母親に借りがあるから、アーサーはメアリーの要請に応えてやったんだな。反応しないのもかわいそうだし」


「さっさとネックレスを返せば良かっただけの話じゃないか。ジェントルマンが聞いてあきれるよ。子供っぽい真似をして」


「だって目的がわからないじゃないか。それこそ売り上げ倍増のためにしたかもしれないんだし」


「メアリーアンがそんな真似をするかどうかくらい、わかるはずだよ。過去の出来事を知らなくても、ルークは真相にたどり着いている。知っていてふざけかかっていたに決まっている。そういう人だからね、そういう」


「フレディにかかると父さんもけちょんけちょんなんだよな。いつも思うけど」


「本当のことしか言っていない、僕は。結局、アーサーのしたことはなんなんだ? 説明まで息子に振って、こういう状態は逃げ出したとは言わないか? 母親に借りがあるというなら、誠意を持って本人が対するべきだ」


「それは複雑なんじゃないのかなぁ」


「なにが。詫びを入れ、盗んだ品物を正当な持ち主の手に戻すだけのことが」


「そうでなくて、なんつのかな。あぁ、メアリーは宝石を返して欲しかったわけじゃないんだってことだ。フレディはそれ、わかってる?」


「母親の形見を取り戻しかったわけじゃない?」


「うーん。だけじゃない、とかね。だから父さんは会えなかったんだと思うんだ、オレは」


 勝利。かつん、とグラスをぶつけて、勝手に祝杯をあげる。フレディの知らない彼女との二人だけの秘密とは、なかなかスリリングなのではないか? まったくもってオペラじみている? 


 モーツァルト。いやここはやはり歌わずにシェイクスピアだ。


 あれはナイチンゲール。白く浮き立つような手の、ひんやり冷たい感触。影の落ちた顔に浮かんだ、問いかける表情。


 そう言えば、『なに』がわかったのかは訊ねなかった。自分を見つめたメアリーアンが、初めに感謝を捧げたものとは『なに』なのか。


 謎は残った。しかし幾つかの謎くらい、こんな話には付き物ではないですか。むしろ密かを盛り上げる。


 くくっとルークは笑い、そんな自分に注がれている視線にトツゼン気付いた。おかしな素振りもそのせいにできる。酒とは便利なものですね。笑ったままのその顔で、彼は出所を振り仰ぐ。


「母親との恋話を娘に語るのは複雑だしね、って話なんじゃないの?」


「恋話。そんな一瞬の出来事をして、その言葉は適当なのか?」


「一瞬だって恋は生まれる、んだよね? 少年の夢を壊すような発言は止して欲しいな」


 答えは返らなかった。フレディは少し視線を上げて、渋い顔を見せただけ。いつものふざけた物言いだと、分類されてしまったらしい。


 本当に知りたかったことなのに。恋について愛について。だけれど知らなくていいのかも。いつか自分に振りかかったときに嫌でも実態を知ることになるのだから、とそんな風に思考は流れた。


 振りかかる――もはや災難に近い扱いである。少年は未来への夢(あるいは恐怖)について、質問を重ねはしなかった。流れるに任せる。いつか、いつかは、だ。明日以降のはなし。


「まぁねぇ、父さんがほんとはどう考えていたのかなんて、わかんないんだけどさ」


 これにはフレディはうなずいた。


「本当に、わからない人だから」


 しばし沈黙のうちにグラスを傾け、やがて重々しくもはっきりと。


「行き当たりばったりでその場しのぎですべての事柄に自分にとって都合の良い辻褄合わせをする人だ」


「根深いな、ホント」


 今ここでこんなことを言っていても、実際に顔を合わせたときにはフレディは決して問い詰めたりはしないのだ。知らぬふりを互いに続けるから、どんどん根ばかり深くなる。


 言おうものなら、世界はひっくり返るかも(くらいの衝撃を見るかもしれない)。二人はもしかして、とても似ているのではないだろうか。


 考えたことを自分の中に置き去りに、薙ぎ払うような勢いで明るくルークは話を変えた。


「そうそう。肖像画を見たんだけどさ」


「肖像画を? シモンズの家で?」


「うん。メアリーんちは、お母さんの方が美人だよ。もし、早く生まれさせてくれるって言われたら、もう一息戻してもらって、ロザリンドを狙うのもいいね。見たことある?」


「いや」


「見てみなよ。オレなんかもう、アーサーが憎らしいね。ご対面の記憶がある上に、優しい言葉までかけられちゃってさ」


 フレディはご対面の記憶――メアリーアンの父親との――を探ってみた。彼女の瞳や輪郭線などは、父親譲りのものであることを知っている。


 母親、ロザリンドとはそれらの部分が違っているわけだ。麗しのロザリンド。物語りじみた言葉だが、誰もが彼女をそう語っていた。


 早く生まれさせろとは思わないが(現状満足)、興味のための興味がある。美女というのなら、拝する光栄に属したいと思うもの。天に召された彼女に逢うというのなら、手段なんぞはただ一つ。



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