17.グロスタープレイス3
ソファの肘に腰をかけ、ルークは優しーくフレディの髪をなでた。嫌がらせでも腹いせでもなく、芯からまろやかな気持ちからの行動だった。
そんな行動も気持ちの方も、不思議に思っている自分だっている。けれどこんなことができるなら、こんな気持ちになれるなら、酒の神の偉大さを褒め称えてやってもいい。
フレディにも想いは伝わったのだろう、抵抗の素振りを見せず、年下の従弟の腕の下で、ぼそりとこんなことを言う。
「少し悔しかったんだ。君といる時が、きっと一番素直なんだよ。思うとおりにふるまっている。気兼ねも遠慮もないんだ」
「少し」
「少しだよ。あくまでも」
「そういうことにしといてやろう」
ルークはソファから飛び降りた。ふらつかない自分の足に満足し、にやりと笑う。着けたままのマントの下に手を入れて、どすんと絨毯に座り込んだ。
「オレがフレディだったら、ずっと楽しく遊び続けてやるのに。もちろん、これだって贈れる立場にあるわけだし、オレなら」
口笛のファンファーレは予定よりも長く必要だった。やっと指が胸のポケットを探しあてる。すべらかな感触から伝わり、駆け抜けるような石の秘力。
現れた姿に、フレディは目を細めた。ランプの淡い光を集めも弾きもせずに、それはやわらかに照らされていた。
「それが」
「そう、狙いはこれだったんだよ。イエローパールのネックレス」
「素晴らしい細工だね。かなりの職人の会心の出来と言ったところかな」
「そのとおり、銘がついてる。『倖』。三連作の真ん中のシロモノで、前には『瞬き』、後には『嘆き』。なんだかわかる?」
「たいていの悲劇には当てはまりそうだ。ほかの二つもここにあるんじゃないだろうね」
「これだけだよ。残りの二つは、あー、エルドリッジの思い出部屋かもね」
眉を寄せるフレディを見てわかった。彼は知らないのだ、メアリーアンの育った家に存在する、彼女の母親の秘密の部屋のことを。
湧き出す優越感をしつこいと思いながら、しかし、ルークは問いかけを無視して説明は省いてしまった。どうせいつかは話を聞くのだろう。この程度の優越くらいは目をつぶれ。
「三十年前に、ロザリンド・シモンズは、アーサーにこれを贈ったんだ。母親から継がれた、ジュリエッタの連作のうち、もっとも輝かしいネックレスをね」
「贈った? どうして」
「犯罪初心者のドラゥフトに、だよ。調べたんじゃないの?」
「あのふざけた記録は、インデックスを作るべきだよ。途中で投げ出した。君たちのどちらかから聞きだそうと思って」
「意外と大雑把なヒトだよね、フレディって」
「だんだんと、こんな風になったんだよ。自分でも時々驚いてる」
「その方がずっといいよ。そんな感じでこれからも変わっていってよ」
「いやそれは……できれば……」
それは破滅行きの道に思える。あるいは突き抜けた幸福への道行きか。
棄却。この考えは良いわけもない。
「で、ネックレスの話は?」
「センチメンタルな話だよ、聞いたら後悔するような恋愛寸劇。寸劇の名に相応しく、時間はほんの十五分。鐘と鐘の間くらい」
こほんとわざとらしい咳払いが部屋に落ちる。
「その日のドラゥフトは、あ、若かりしドラゥフトね。初期も初期で駆け出しの頃のこと」
「栄光の父親へのフォローはいいから、先を続けて。聞くまでもなく、よーくこの身に沁みているから」
「へいへい。つまりドラゥフトはね、難攻不落と言われているモントローズの屋敷に忍び込んだんだよ。んで、まんまと失敗。今と同じ、鋼鉄の侯爵が守り固めてるあんな城、駆け出しの若造に崩せるはずがないのにさ」
「崩せたらさそがし名のあがることだろうけどね」
「それそれ、名をあげようって、手っ取り早く。ま、敢え無く失敗して撤退するも、もちろん侯爵の私設部隊にロンドン中を追い回された。そして逃げ込んだ先が、あちらのシモンズ邸だったってわけ。真夜中だってのになぜか庭で、怪盗は娘に遭遇してる。追われ追われて傷まで負うも、されど麗し姿を目の当たりにせし娘、見えぬ糸に引かれしように、扉開いて招き入れる。男はマントに影を溶かし、内には光と輝きし」
「ルーク、ルーク。頼むから、ふつうに」
「あれ、そう?」
「詩は苦手なんだ、昔から。未来永劫」
「そんなにはっきり言われたら勘弁してやるしかないな。んでは簡潔に言うとー」
またグラスを口にと運ぶルークの動きを、フレディの目は怪しそうに追っていた。少年の方はそんなことには、まるで気付かず飲み干して、次のためにと注ぐ動きを、極めてスムーズに行いながら、




