13.メリルボーン3
「まったく……。なんのつもりなんだか。ここのところしばらくおとなしくしていたのに」
街路に出るとフレディは、憂いる青年といった風情の息を吐いた。今回はこんな姿ばかりを見ているな、とルークは思う。
あの人ときたら罪作りな。
思えば笑い出しそうになる。そんな単語はおよそ似合わないくせをして。
「へぇ。オレの知ってるメアリーアンに、おとなしくしている時なんてなかったけどね」
絶句した様子が刺激になり、ルークはつい、重ねて言った。
「あんなもんだったよ。常に」
聞き及んでいる、自分と出会う前の彼女の素行前歴を思い起こしたのだろう。結果として、苦悩する青年になってしまったフレディの様子は、納得もいくが不思議でもあった。
そんなに辛いのならヤメてしまえばいいのだ。もっとおとなしくもっとしとやかで、何も企まない娘と恋をすればいい。
「なんとか言ったところで、フレディだって、メアリーの『ああいうところ』が好きなわけだろ? あんなとこ全部否定してあの人を好きになるやつがいるかよ。オレはああいう方がおもしろくていいけどな」
「おもしろいだけならいいよ。取り返しのつかない状況が怖いんだ。あの程度の怪我ならいいけれど、命に関わるようなことに発展しないとは限らないだろう」
「例のジェントルマンは決して危なくはない。知ってるじゃないか、フレディ。いっそのこと、とことん追わせてみたら?」
「ルーク、メアリーアンは自分一人で勝手にあの有様なんだよ」
「勝手に屋根からでも落ちかねないか」
「そういうこと。いくら彼が気をつけてくれても」
本日もっとも重なり合った心情にて、二人は顔を見合わせて息を吐いた。『世紀の怪盗』と呼ばれる男は、自分を追ってくる特殊技能皆無の娘の安全に気を配りながら、逃走している状況。
いろいろな箇所でどこの角度からでも、まともではない話なのである。
追う方も追われる方も、元来の性質が真っ当ではないときている。二人のため息は、結局はそこに生まれて落ち着いていた。
どうにも正すことのできないところだ。培われきった気質をどうして矯正できよう。
「ところで、明日がどーとかってなんの話? どっか行くつもりだったんだ?」
若さゆえか、立ち直りはルークの方が早い。驚いたような顔を上げ、フレディの答えはテンポ遅れた。
「あぁ。モーツァルトだよ。クリストファーの招待で」
「伯爵様のボックスに。とゆーことは、メアリーは観念しておじょーちゃんに戻るつもり?」
「だとは、とても思えない」
「だよなぁ」
「しばらくはクリスに会いたくないね。管理不行届きの大罪だ」
「先に教育放棄は伯爵じゃん。気にすんなよ、フレディ」
そういえば、とルークは思った。あの取り散らかした情況は、塔の上の伯爵にはお楽しみいただけたものだろうか? と。
どんな風に見えたものか伺ってみたいものだ。あぁ、そうか。
聞いたその場で思い当たっても良かった。警察も動いていたのだろうが、フレディ自身はご親切な伯爵から知らせを受けて、成り行きを見に来ていたのに違いない。
複雑に絡み合う友情だの肉親の情だのをあるがままに留めるための、あれは言いぬけだったのだ。
べったりと仲の良い従兄妹同士の伯爵とメアリーアン、友愛を(友と愛とを)高めつつあるメアリーアンとフレディ、伯爵とフレディは不思議と気の合う友人であり、怪盗はフレディの……、そして伯爵はすべてを掌握している人間。
言うなれば伯爵・クリストファーは常に塔の上にいるようなものだ。だからよく、見えている。
「フレディも塔から見ていたってこと?」
「なんの遊びだと、クリスに突付かれた。彼から見たら遊びにも見えるだろうな、右往左往する僕たちは」
「まぁね。気の毒に。伯爵はなんだって傍観なんだから」
「気の毒なのはこっちだよ。クリスは楽しそうに笑っていた」
「他人の楽しい経験よりも、自分の苦い体験。だよ。気の毒ってのはそういう意味」
「詭弁のように聞こえるけれど」
「んなことないって。元気だせよ、フレディ」
やけに陽気に響いた言葉は、不審を思われてしまったらしい。フレディはちらりと、問いかけるような視線を送ってきた。
もちろん何も答えない。すでに推論に忙しい。
このときルークは思い当たっていたのだ、正回答への光明に。
明日が期日だと、リミットだとメアリーアンが言うのを聞いた。
明日は、伯爵のボックスでオペラなんぞを楽しむ予定であった。
目的は消えてしまったと、それもメアリーアンの言葉だ。
ドラゥフトを捕まえて、どうしても聞きたいことがある。
なんだ。ヒントだらけじゃないか。
この計画のスタート地点は、オペラ鑑賞にある。その時までに突き止めなくてはならないことがあり、それを知るのはドラゥフトだけなのだ。




