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11.メリルボーン2

 シモンズの家に戻ってきた彼らは、玄関でドクターと出会った。診断を語り始めたドクターの横を、ルークはすり抜け居間に向かう。


 ちらりと振り返れば、フレディの渋い顔が見えた。不安になるには充分な表情。気持ちが足を急がせる。ほとんど駆け込むように居間に入ると、――衝撃を受けた。


 これは物理的なもの。イヴェットに体当たりをかましてしまったのだ。よろけた体を立て直す前に、言葉もがつんとぶつかってくる。


「慌てず騒がす走らない! 入室時にはどうなさいますか」


 なぜに相手はぐらつきもしていない。


「ノックをします」


「よろしい」


 一音一音強調のためか区切って発音すると、女帝は(家政婦なのだが)部屋を出て行った。ソファの上から、メアリーアンが言う。


「寮母さんはイヴェットよりも怖い方?」


「とんとんだな」


「でしょ? すべての寮母さんの代表のようなイヴェット」


 笑う頬はほんのりと赤く、健康そのものに見えた。手には読み止しの本、テーブルの上には紅茶とケーキの盆。


 とても深刻な状態には見えないが、不安は消えない。結果を恐れながら、びくびくと訊いてみる。


「大丈夫なの?」


「心配しなくても大丈夫。ごめんね、ルーク。手伝ってもらったのに、結果がこんなで」


「謝ってもらわなくてもいいよ。メアリーにとって、残念な結果だったわけだし」


「私ね、失敗はまずどこにあったかを考えたんだけど」――


 視線を追って振り返り、しばらく待つと戸口にフレディの姿を見た。足音かとルークは思う。追い討ちばかりをかけられる日だ。


「さっぱりしたわね。イヴェットの網は無事にくぐってこれた?」


「君にそれを言われたくないよ。どう、足は」


「平気みたい。しばらく優しくしてあげて、とドクターから言われているの。湿布のおかげてかなり痛みは遠くなったのよ」


「それは良かったけれど」


 けれど? 続きが気になったルークとは違い、自分のことだというのにメアリーアンの興味は別の方角を向いていた。フレディの顔を見上げる。


「考えていたの。ね、伯爵家のクィーンはどうなったの?」


 肩をすくめ、不満そうにフレディは答えた。


「手つかずだったよ」


「持って行かなかったの? え、でも侵入はしてたわよね。じゃあ」


「ケースの鍵も開いてあった。けれど、ドラゥフトは持って行かなかったんだ」


 メアリーアンの顔はみるみる輝いた。手を鳴らして、非常に嬉しげに、


「すごい。本物も無事だったのよね?」


「無事。鑑定士が確認している」


「ダミーだってわかったんだわ。素敵、薄暗い部屋のわずかな光で見抜いたのよ。でもどっちを見抜いたのかしら。パールじゃないってこと? 偽物だってことの方?」


「ダミーはパールでも水晶でもないんだから、見分けるのも簡単だったんじゃないの?なんだ。メアリーアンは心捧者じゃないか」


「そうじゃないようなことを言ったことがある? ルーク。私はあの怪盗さんは好きよ。魅せ方を知っているし、ポリシーも貫いているし、新聞には話題を提供してくれるもの」


「記事のためとは言わないだろうね」


 機嫌度を測れば正対照的、フレディはほぼ口を閉じたまま言う。


「なにが?」


「なにがじゃないよ、仕出かしたことの説明をしてみなさい。君の考えていることが、さっぱりわからない。こんな目に合ってまで追いかける価値があるのか? あの男に」


「捕まえたら、報奨金が出るわよね」


「メアリーアン。それを僕が信じるとでも、まさか思ってはいないだろうね」


「難しい言葉遣いだわ」


「英語を見失うほど怒ってるんだろ。な、フレディ。ちょっとオレにも話させてよ」


 ぐい、と押しのけ、物質的にもルークは割り込んだ。太陽の光の中で見るメアリーアンと、植え込みの影で見るメアリーアンは、どことは言えないが違うもののようだった。


 至近距離まで近づいても、あの時のように震えない。


 どうなっているんだか。拍子抜け、そしていつもの自分にほっとしながら、メアリーアンの笑顔に話しかけた。


「この足って、折れてはないんだろ」


「えぇ。挫いただけ」


「どれくらいで治るって? オレとの休暇、まるつぶれ?」


「え。そんなに長い間じゃないでしょう?」


 向けられた質問にフレディは、自身ドクターであるかのように離れた場所から不機嫌な声で単調に応えた。


「二週間ほど安静にしていていただきたい」


「えぇっ」


「妙に明るいと思ったら、ドクターの話を理解していなかったわけだ。僕と同じ説明を君も聞いたはずだよ」


「え、そう、なの? でも私、明日、は、無理よね。……そうよね。靴が履けないものね」


「歩けないんだよ、君は」


 靴が履けてもね、と言った時にはフレディは、もはやあきれた顔になっていた。


「目的はなくなってしまって、謎は謎のままだわ。どうしたら手放したりするものかしら」


「僕にはわからないことを延々と話し続けているけど、メアリーアン。その謎は明日には解き明かしていただけるんだろうね」


「明日。来てくれるの? 怒ってないの?」


「来るけど怒ってる。こうまで派手に違反されてはね」


「説明しても怒ると思うんだけど……」


「どんな事情でも許容範囲外だ」


「今説明するわ。それで一緒に考えてもらえると、何かの答えは出るかもしれない」


「寝なさい」


「ハイ」


 素直に頷くとメアリーアンは、まだ明るい日差しにも関わらず横になり、すっかり毛布をかぶってしまった。そしてその中から、くぐもった声で言う。


「ごめんなさい。フレディ」


 ドアを開いたフレディはノブから手を離さずに、かすかに振り向いて応えた。


「それはずるい。明日だよ、メアリーアン」


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