9. ハムステッド5
そして一瞬後。
登場に驚いた先ほどよりもずっと激しく驚かされていたので、ルークは微動だにできずにいた。心臓は鼓動がどうだのレベルではなく、いっそ動きを止めていたのではと思われる。
一度死んだ。そしてたった今、甦生した。
見たものが夢幻の類いではなかった証拠に、後と前とがつながっている。
つまり。目の当たりにしても信じがたい事実だが、フレディは転がり落ちたのだ。彼女の待つ――?――穴に。
転がって、落ちる。文字通り。
ルークはいきなり全神経を目覚めさせ、跳ぶように縁へと移動した。
「無事? 生きてる? 大丈夫? 怪我はないっ?」
うずくまるような格好のフレディに、メアリーアンは必死の声をかけていた。起こりうる様々な結果が頭を駆け巡る。最悪は、これだけの高さでも打ちどころが悪ければ。
最善は……あぁ、……良かった。最善だ。
フレディはすぐに顔を上げた。その表情を見れば無事だとわかり、ルークはほっと息をついた。
「たぶん大した怪我はしてない、と思うよ。たぶん」――
「たぶんじゃなくて、絶対に大丈夫だと言って。本当のことをよ? 怪我をしているなら絶対に隠さないで」
らしくない、初めてそんなに焦った声を聞いた。怒っていてさえどこかは弾んでいる、文句を言っていても生き生きとした、そんなメアリーアンしか知らなかった。
憮然と思った。……移動しているじゃないか。動けるんじゃないか。怖いだの痛いだの、怯えたようなことを言っていたくせに。
「大丈夫だよ。本当に」
頬に触れたフレディの手に、メアリーアンは両手でつかまった……ように見えた。握っただけで他意はないのかもしれない。
けれどすがりつくように、先ほどの救いの手よりも大事そうに、そんな風に見えたのだった。確かに。
「上の地面で会いたかった。怪我は? 君の方は。ぶつからなかった?」
「私は大丈夫よ。もともとの怪我だけ」
「もともと何をどうしたって?」
「どうなっちゃっているのかわからないの。怖いから」
「自ら招いた事実なら否定すべきじゃないよ。見たところ、足?」
「折れていたらきっと痛いわよね?」
「折れていたら今の段階でもう痛いんだよ。どこから見失っているんだか」
確かに怪我はないらしい、フレディはすくっと立ち上がった。
「さて、と。ルーク!」
すっかり傍観していたルークは、突然引き込まれて慌てまくった。覚束ない返事をしてから、あわてて声を取り戻し、なんとか、
「お、驚いたよ、フレディ。さすがにやること一味違うな」
「茶化していないで、馬車を捕まえてきてくれないか。手を貸してくれそうな御者と。頼むよ」
「オッケー、待ってな」
「言われなくても。待つしかないよ」
遠くなっていく草を分ける音に、独りつぶやいた。振り向けば、メアリーアンは表情なく自分の足を凝視している。フレディはしゃがみ込み、顔を寄せた。
「痛む?」
「足よりも心が痛いわ。ありがとう、フレディ」
「どうしてお礼を言われているんだかわからないけれど」
「私のために地の底まで来てくれたこと」
気が抜けたように笑いがこぼれてしまい、結局、隣に座り込んだ。
いつもよりも空を遠くに見ている、地面の下に潜って。
「空は空よね」
メアリーアンが言った。フレディは顔を動かさず、精一杯の硬い口調で、
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
さて。この事態をどう解析するべきか。
そんなこれからを忘れはしないが一時よけては置けるくらいに、静かなそよ風、遠い空が心地好い。
まぁ、それでも良いじゃないか。最近、そんな風に思ってしまうことが増えてしまったように感じる。けれど。
……まぁ、これも良いんじゃないか? 良い天気だし……




