幕間 レオナルド
レオナルド視点です。
俺の母は元々王の側妃となるにも不十分な町娘だった。
当時王太子だった父は忍んで街に降りて母と交わり、母は俺を身に宿した。
忍んでいたとはいえ、仕草、服の質から身分が高そうな男に相手にされ、母は舞い上がったのだ。その身には分不相応な野望を持った。
母が身ごもったことを知った父は、流石に王の種を市井に放っておくことは出来ないため、母を秘密裏に侯爵家の養子にし、入内させた。
当時既に隣国の姫が正妃として入内していたが、王子を産んだのは母の方が早かった。
ますます母は増長し、正妃は母と俺を憎んだ。
それが全ての始まりだ。
母は町娘だった自分が国母になるのだと息子に言い聞かせた。
『あなたが王よ。私とあなたは選ばれたの』
ねえ、
『母様を、幸せにして?』
呪いのように絡みつくその声が汚らわしくて、おぞましくて、教育だと言って振るわれる鞭が痛くて、出来ないと折檻されるのが怖くて、ある日俺は王宮から逃げ出した。
巡回する騎士の目を避け、いつの間にかどこかの家の植垣の陰に座り込んでいた。
俺はそこで、初めての友人に出会った。
名前も顔も分からない、唯一の存在に。
「ねえ、どうしたの」
「ぅわぁっ」
情けない声が出たのが恥ずかしくて、もごもごと強がりを吐いた。
「な、なんだよ、急に話しかけてくんなよ」
そう言いながら振り返った先には誰もいない。
さあっと血の気が引いた。乳母が言っていた。これは⋯⋯、
「ゆ、ゆうれ「勝手に殺さないでくれる?」
呆れたような声が食い気味にレオナルドの考えを一蹴した。
「そんなところに座り込んで体調でも悪いのかと思っただけだよ」
「そ、そう⋯⋯。それは大丈夫。ねえ、お前はどこにいるの?」
「すぐ近く。だけどこっち見ないでね」
「なんで?」
「なんでも」
「あっそ」
別に話しかけてくる人間がどんな見た目をしているのかをどうしても知りたいわけじゃなかった
「じゃあなんでこんなところに座り込んでんの」
「実は追われてて⋯⋯」
家出というのはなんだか格好悪くて、実際に捜索隊が既に出ているかは分からないが、そう答えた。
「⋯⋯そういう設定?」
「違ぇよバカ」
家出より恥ずかしい勘違いをされた。
「俺は⋯⋯、レオ。お前は?」
「⋯⋯好きなふうに呼んでいいよ。私が使うべき名前は無いから」
それから、同じように一人だったらしい相手とぽつりぽつりと色々なことを話した。
「パン屋の息子のビルが犬を虐めてて、止めたら殴られた」
「痛かった?」
「うん。でも犬は逃げれたから良かった。」
初めての友人は優しい子だった。
お互い顔も知らないまま、お互いのことをずっと話していた。顔を見ていない気安さか、他人には言えないようなことも言えた。
「俺は少し大きい家の長男で、つい最近弟ができたんだけど、俺はあいじんの子?ってやつらしくて、けがらわしいから、本当はカトクを継ぐべきじゃない存在で」
順番もめちゃくちゃな拙い話を静かに聞いてくれた。
「でも、長男だからって母は俺にカトクを継がせたくて、周りもそう言ってる奴が沢山いて、でも俺は、そんなの、したくない」
「⋯⋯レオは、自分がきたないと思うから、継ぎたくないの?」
「ううん。なんか、母が言うことはなんか、モヤモヤするし、⋯⋯叩かれるから勉強も嫌い。カトクを継ぐのも、なんか面倒くさそう」
「そう。レオが自分自身でしたくないと思うならしなくていいと思うよ。あと、私はレオの姿を見ていないけど、きたなくてもきたなくなくても、どっちでもいいと思う。よくわかんないけど、レオはいい子だ」
「っ、ありがとう」
恥ずかしいことを大真面目に言えるような素直な子だった。
初めて、俺を自由にしてくれた。
「私にもね、お母さんが違う弟がいて、会ったことは無いけど、遠くから見たら、ちっちゃくて可愛いの。でも、父さんは私のことが嫌いで、その子のことは好きだから、近づけない」
俺が弱みを見せると、同じように弱みを見せてくれた。
でも、俺よりずっと強かった。
「私は母さんが大好きだ。やさしくて、びじんで、いっつも私を心配するけど、私は母さんのが心配なの。すぐ病気になるから。」
「⋯⋯いいなあ」
他人の温かな関係が羨ましくて、思わずこぼした言葉。
それを拾って、問われる。
「⋯⋯レオは母さんが嫌い?」
「⋯⋯わかんない」
今思えば、嫌いに、なりたくなかったのだろう。唯一俺だけを見てくれる存在ではあったから。
「でも、味方じゃない」
「じゃあ、私が味方になるよ」
「え?」
「私は、母さんが味方。レオの味方は、私。味方が何すればいいかわかんないけど、こうやって、おしゃべりしたりする。友達だし」
「友達けん、味方?」
「そう」
その瞬間、何故か泣きたくなった。彼女があまりに尊い存在に思えて、彼女の言葉が頭の中に優しく響いているようで。
やりたくないことを強制する周りの人間も、浅ましい母親も、周りを愛せない自分自身も、もうくだらないこととしか思えなくなった。
「ありがとう。⋯⋯また、きていい?」
「いいよ。この時間にはここに出るから。ここなら誰にも見えないし」
いいよと言って貰えると、どうにも頭の後ろの方がふわふわして、こそばゆかった。
「あ!名前、なんて呼ぼう」
彼女は好きに呼べと言っていた。
「じゃあ、ヒーローって呼ぶ」
「何それ恥ずかしい」
「好きに呼んでいいって言った」
「言ったけども!」
強くて優しいなんて、ヒーローにピッタリだ。
俺の英雄。憧れ。唯一の友達。
「じゃあ、またね、ヒーロー!」
「⋯⋯またね」
また会う日を約束して、街に降りた時とは全然違う、軽い足取りで王宮に帰った。
「おれの、ともだち。みかた。ひーろー。」
何回も、信じられない奇跡を噛み締めて、その日はぐっすりと眠ることが出来た。
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