表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Guardian  作者: 天宮 碧
4/35

3. きほんのあいさつ

ちょっと長めです。





契約魔術をかけられてから三日後、イリアスと母は少ない荷物とともに、迎えに来た馬車に揺られていた。

貧民街から小二時間。


「着きましたよ」


御者に声を掛けられ降りてみるとそこは。




「おう、きゅう⋯⋯?」




国民ならだれでも知っている、遠い貧民街からすらも見えるほどのその威容。

それが、目の前に。



「⋯⋯は⋯⋯?」



「ここからはそちらの馬車に乗っていただければ、レオナルド様の宮へ着きますので」


誰だよ。

いや、いい。言わなくていい。

なんか聞いたことのある名前だし、すごい悪い予感がする。


「では、私はここで失礼いたします」


状況が呑み込めない彼女たちを置いて、無情にも馬車は行ってしまった。


「⋯⋯イリアス?」


(⋯⋯母さんのほうを見られない)


違うのだ。

高貴な身分だろうなとは思っていたが、決して王族と関わりがあるとは思っていなかったのだ。

信じてほしい。


実は母は元貴族令嬢だ。

といっても、没落した子爵家の出で、イリアスの生物学上の父親とも資金援助の契約の下で交わされた政略結婚だったとか。

その貴族令嬢時代に王家にはトラウマができたらしく、私にも常々王宮には近づくな、王族に関わるな、と口を酸っぱくして言っていたのだが、たかが貧民に関わる機会などあろうはずがない。


だったのだが。


今、イリアスたちの目の前には、二頭立ての立派な馬車と、王宮。


思わず遠い目をしたイリアスには、「⋯⋯失礼しまあす⋯⋯」、と小さな声で言って馬車に乗り込む以外の選択肢はなかった⋯⋯。




そこからさらに10分後。

もはや虚無の顔をしたイリアスたちは、王宮ほどではなくとも、十分すぎるほどに立派な宮の門の前に降り立った。

50歳ほどの上品なメイド服を着た女性が一人、背筋を伸ばして立っている。


「ようこそお越しくださいました。

イリアス様、並びに母君であるアイリス様ですね。

ここからは、私、ダリヤ宮侍女長マリアがご案内させていただきます」



マリアさん。職種は違うが、同僚になるであろう人である。

にっこりと笑いかけたが、マリアさんは笑い返すことなく、「こちらです」と声をかけてすたすた歩き出した。

笑顔が分かりにくかっただろうか。今はフードもマスクも外しているが、ここ数年母以外に顔を見せることがほとんどなかったから、表情筋が死んでいる可能性がある。


由々しき事態だ。

同僚ができるなら人間関係の構築は大切なことぐらいわかる。

笑顔大事。


イリアスが密かに焦り、ぐにぐにと頬をもんでいる間に玄関まで着いた。


門と家の玄関を必要以上に離す意味とは。

貴族の邸はよく分からない。



「イリアス様と母君が到着されました」


「ようこそいらっしゃいました。中へどうぞ」



声をかけられて出てきたのは茶髪の髪を肩口で縛った翡翠の瞳を持つ青年だった。

青年はイリアスを見て微かに目を丸くし、2人を中へと促した。


「わざわざ裏口に来ていただいてすみません。あまりお二人がいらっしゃるところを見られるのは良くないのです」


(そりゃそうか)


今のイリアスたちの格好は貧民街の中ではマシな方だが、表の人たちからみたら襤褸も同然。王宮の敷地内に住むような人がそんな怪しい奴らを邸に招くのはおかしい。用心棒をつけることすら知られたくないならば目をつけられるような機会は最小限にしたいだろう。


申し訳なさそうにする青年に気にしないように言うとイリアスは辺りを見回した。


なるほど。裏口。⋯⋯裏口とはこんなでかいものだったろうか。貴族ってすごい。


考えると目から再び光が消えることは間違いないので、そこで思考を放棄した。


人には馬鹿になるべき時があるのだ。

きらきら。すごい。


「そしてお二人にはまず⋯⋯」


そこで青年が言いづらそうに言葉をつまらせ、マリアがその後を継いだ。


「お風呂に入っていただきます」


なるほど。汚いもんな。

ごめん。






「あーさっぱりした」


数年ぶりに湯を浴びた。


貧民街でもできるだけ体を洗うようにはしていたが、そもそも湯を沸かすほどの薪と大きい桶を手に入れるのは難しい。

必然的に水を絞った布切れで拭いたり、近くの川まで行くしかなかった。当然汚れも溜まる。


「それはようございました」


マリアは相変わらずの無表情で言った。


「お着替えの大きさも良さそうですね」


「はい。ありがとうございます」


風呂から上がると男物の着替えも用意されており、至れり尽くせりだった。

新参の雇われ人としては、先輩にそれをさせて良かったのかと思うところもあるが。

聞くところによると、今使っていたのは上級の男性使用人用の風呂で、夕方頃にこの宮の人々が交代で入るものとは違い、主にあの青年や執事長などが入るものらしい。


あの若さで上級使用人とは、あの青年はなかなか出世しているらしい。


「その服は坊ちゃんが動きやすいようにと仕立てられたものです」


確かに動きやすい。


黒を基調としており、上は袖が短く襟が鎖骨あたりまで空いたゆったりとした作りだ。

ベルトで締めたズボンもまた黒く、体の線に沿ったデザインになっているが、関節は曲げやすく、伸縮しやすい生地を使っているようだ。

大腿部に巻かれたベルトは、ナイフや暗器を差し込んでもいい。

防御の薄い二の腕から手の甲にかけても長手甲が用意されており、これも動きやすい素材だった。


用心棒を雇うにあたってよく考えてくれたのだろう。


だが、こんな格好をしていたらすぐに戦闘職だとばれるのではないか。


「確かに動きやすいです」


しかし、それをマリアに聞くのは憚られた。


マリアがどこまで主人から事情を聞いているか分からない。


迂闊に聞いてマリアがもし命令されただけの無関係者だった場合、雇い主に不都合があっては困る。


「今回貴方を雇うことになった事情は聞き及んでおります。

その若さで腕のいい用心棒だとか。坊ちゃんは貴方を雇ったことを私と先程貴方がたをお迎えしたシオン以外には言っておりませんが」


そこまで知っているのなら大丈夫だろう。


「あの、この格好では直ぐに戦闘職だと気付かれると思うのですが⋯⋯」


「はい。ですから、外を出歩く際は後ほどお渡しする外套をお召しになってください」


それなら大丈夫だろう。


「了解しました」


マリアはその返事に黙って頷いた。


「身支度ができたところで、坊ちゃんに会っていただきます」


ついにか。


恐らく坊ちゃんというのは俺を守ってくれとかほざいたあいつだろう。

緊張もクソもないが、一応これから長期間の雇い主であり、母の生活をこの先保証してくれる恩人である。


(用心棒の具体的な職務内容も訊かないといけないし)


用心棒ということはそれなりに一緒に行動するのだろうが、用心棒だと気付かれたくないのなら、普段イリアス自身をどのように扱うのかや、身の振り方も考えねばならない。


イリアスはマリアとともに雇い主の元へと向かった。







コンコンコン。




「坊ちゃん。マリアです。リアン様をお連れしました」


「入れ」


先導するマリアの後から部屋に入ると、銀の髪を煌めかせた男が椅子に座ったまま目を瞬かせた。


「⋯⋯ずいぶん印象が変わったな」


男は言葉を濁したが、印象が変わった所ではないだろう。


汚れていただけでなく、イリアスがこの男に素顔を見せるのはこれが初めてだった。

一方の男の方もきちんとした服を着ていればいかにも貴族然としていて、貧民街で見せた妖しさとはまた別の美しさがあった。

皮肉混じりにそれを言おうとしたのだが。


(なんて呼べばいいんだろう)


お坊ちゃん?


明らかに年上の男性をそう呼ぶのは抵抗があるし、何より相手側も馬鹿にされているような気分にならないだろうか。


因みにイリアスは近所の糞ガキが家の手伝いするのを褒めただけで「なんか腹立つ」と言われた実績を持つ。


じゃあご主人様だろうか。


なんかへりくだりすぎている感じがする。これもやはり馬鹿にしているようにみえるかもしれない。


無表情のまま黙考するイリアスを見て察したのだろう。


「俺のことは殿下、と」


「でん、か」


イリアスの頭の中は再び真っ白になる。


殿下って、王族にしか使わないよな。

いや、なんか聞いたことある名前だとは思ってたけどさ、王宮に住まいがある時点であれ?って思ったけどさ。


(はあ⋯⋯)


「俺の名はレオナルド・シャル・グレートリッヒだ。この国の第一王子をやっている。」


「⋯⋯」


こういう時、人は言うのだろう。


(⋯⋯くそったれ)




きほんとは⋯⋯?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ