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Guardian  作者: 天宮 碧
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幕間 セシリア


 王族の間で、必ず共有される、とある家がある。

 別に高い爵位を持っているわけでもない。それどころか、自国のものですらない。

 それなのに、その国以外の国では恐れられ、同時に喉から手が出るほどに欲しいと思われる、そんな家が。


「リヒット家が没落したそうだ」


 唐突に父から言われたその言葉に、幼い私は「へえ」とだけ言った。

 真実を見透かすことができるというその一族には確かにロマンがあるが、しょせんは他国の他人。物語じみたその存在に夢は見れど、どこまでも他人事だった。


 ただ、いつもは王として威厳あふれる父が、いつになく憔悴しているのを見て、かの家は没落どころではなく、ほぼ取り潰しになったのだろうと思った。父はとりわけあの家に憧れがあったから。


 後に、その家は存続しているものの、年老いた当主夫妻と、その親戚が辛うじているだけで跡継ぎが居ないのだと知った。

 話を聞いた自分が思った通り、往年の繁栄が虚しくなるほど、ありきたりな道を通って無くなりかけていた。

 自国内でその能力は伏せられていると言うから、かの国では成金貴族の当然の帰結としてそう話題にもならなかったという。

 まだ王女として何くれとなく世話を焼かれていた私は、それもまた暇潰しに耳に入れた噂に過ぎなかった。


 暇で暇で仕方がなかった。

 暇は人間を殺せる。

 本や論文は好きだった。束の間の新鮮味を味わえる。

 他人の想像力に任せた筋書きは予想出来てもできなくても、言葉遣いや描かれる世界観に目を輝かせた。

 しかし、その内好きでもなくなった。1度読めば覚えてしまうし、新刊が出るまで、新しい説を証明する論文が出るまで、どれほど自分は暇に押しつぶされなければならないのか。

 いつだったか、他国から招かれた第一王子が「君は幸福の価値を知らず、幸福を否定される負担を知らないから可哀想だ」などとほざいた。彼は所詮人質同然で自国からこちらの国への招待を押し付けられたような弱い身分だったくせに。

 自分が幸福であることなど百も承知だったし、王族である自分が国民に与えられる事の価値も知っているつもりだった。

 あの妙にスカした王子のことは今でもあまり好きになれないが、この言葉だけは悔しいことに本当だったのだと後に肯定せざるを得なくなった。


 ある日、傲慢で甘やかされた私は兼ねてより好んで読んでいた本の著者を呼びつけた。物語を好んで読んでいると伝え、あまつさえ続きを催促した。


「私ほど恵まれていて、不幸な人間も珍しいでしょう。暇なのです。誰も知らない世界が、私だけが知りたい世界が、どこにもないのです」


 そんなことを言うクソガキに、その作家は言った。


「そりゃあ暇でございましょうなあ。姫は何も知らないから」


 無礼者その2である。もちろん1はかの王子だが。


「私が何も知らない?王宮や図書館の本は全て読んだし、宮中の人間も私は物知りで賢いとよく褒められるし、私もそのように自負しています。なぜそのようなことを」


 シワの刻まれた顔を意地悪げに歪め、作家はまたしても無礼千万な発言を繰り返した。


「知らないのですよ。あなたは。もちろん一人の作家として、想像力が時に現実を越えうるものだということは存じ上げておりますが、想像力というのは、現実を伴った知識からしか得られないのでございます。

 火山に埋まる迷宮を描くのに、火の赤さを、熱さを知らなければ真に迫るような想像はできますまい。

 姫様はただの一度として、自身の目で確かめることをしたことがないのではありませんか?このように人が言っているから、このように本に書いてあるから、現実でもそうなのだろう。自分も伝え聞いた話を反復して体験するだけだろうと?

 とんでもない!

 人によって現実を見た時、自身の目で、心で感じようとした時、同じ心情、同じ感想ということはまず有り得ない。共感は同感にはなり得ない」


 朗々と演説のように大袈裟な身振りで語る初老の男を気味悪く感じなかったといえば嘘である。

 しかし、彼が語る世界には、「自分の世界」があった。自分で見つけた、自分で知った、まだ知り足りないと言わんばかりの広い世界が。


 素直に羨ましいと感じた。

 彼のように、自分の力で、最も魅力的な世界を見つけられたのなら、どんなに楽しいだろう。


 気付けば私は彼に弟子入りしていて、実は小説家ではなく魔法研究が本業だという彼に付き添って様々な『実践知識』を得ていた。


 王女である私があれこれと外へ出て経験することに反対の声は多くあったが、父王は黙って見て見ぬふりをしてくれていた。

 宮中にいた頃には知らなかった肉刺の痛み、汗のべたつき、下町の砂と屋台の匂い。どれもが新鮮だったが、とりわけ私を虜にしたのは魔法の恐ろしさ、美しさだった。


 師となった男は自慢げにこれが私の見る世界だ、と言っていたが、彼と同じものを見て()()できることが、とても嬉しく尊いものに思えた。


 そんな彼との付き合いも長くなり、私は少女から娘に、彼は初老の男から老人へと変わった。


「ご覧、姫様。この文献には、確かに魔法が生まれつき刻まれたものの存在が書かれている」


 あの家だ、と思った。かつては興味なく聞き流していたそれに、酷く惹かれた。

 しかし、あれは王族の中で共有されるだけで、民衆に広く知られるような存在では無いはずだ。何故そのような文献を師匠がもっているのか。


「よその国にはあるらしいな?この国では終ぞ聞かなかったが。

 もう死んだが、研究仲間から貰ったものよ。色んな国を飛び回るのが趣味のやつだったからな。ひひ、どこぞの家から盗んできたんだろうよ。あいつの倫理観は酷かった」


 あまり知りたい理由ではなかった。

 そういう師匠もそこそこ倫理観は危ないのだが、ひょっとして研究者はみなどこか壊れているのだろうか。


「複数あるらしいが、どこの国かも、まだ生きているのかも分からない。出来れば生きているうちに会いたかったがなあ」

「貴方はまだピンピンしているでしょう」

「ひひ、ああ、元気だとも。老人としてはな」

「……」


 気付かなかった。

 年齢を考えれば当たり前である。

 そういえば、背が縮んだ。

 足腰が悪いのだろうか、歩くのが遅くなった。


 いつまでも元気な訳では無い。

 私の()()も、いつかはお遊びとして辞めさせられるだろう。その前に政略結婚させられるかもしれない。


 暇で暇で仕方がなかった私は、いつしか時間が足りないと思うようになった。


「師匠、私、行こうかな。もっと遠くに」




 私は下ろしていた髪を一つにまとめるようになった。

 白魚のように保っていた手には擦り傷と肉刺ができた。

 お行儀の良くたおやかな言葉遣いは号外売りの少年のように改めた。


『伝説に会いに行く』


 これは「いつか」までの保留期間。

 ()が世界を知るまでの、長くて短いであろう旅の始まりだった。




 そんなわけで数年諸国を旅したが、なんやかんやで直接僕が見聞きした情報の価値が思ったよりも高く、適齢期を過ぎたことからも、結婚のために宮中に戻る可能性は無くなり、父王は実は自分が歩みたかった道を娘が歩んでいることを応援し始めたし、なんやかんやで出会えた()()()の『伝説』はまだ幼さの抜けない少女で、背景が思ったより複雑だった。



 彼女の黄金を見た瞬間にわかった。

 これが『伝説』だ、と。


 それまでに圧倒的に美しく、見るものを強烈に惹き付けた。


 リヒット家の話は聞いていたし、リヒット最後の娘が行方不明になった所までは、旅をする中で詳細まで聞くようになっていたが、その娘が産んだ子供が実は女の子だったとは思わなかった。この子はどれほど苦労してきたのだろう。父親に蔑まれ、母は体が弱く、頼れるはずの大人は庇護対象に見えていただろう。あの瞳を持ちながら、どれほどの悪意に晒されて、家を失った10年前から生きてきたのか。

 その子があまりにも細く、小さいものだから、元々子供好きの僕は想像するだけで泣きそうになった。

 昔の伝手を頼って僕にこの子供の診断を任せてきたこの男は、もしかして《真実の眼》のことを知りながら搾取するつもりで引き取ったのではあるまいな。そんな非常な人間ではなかったはずだが、もともと彼らを臣下に置いていた王族がこの子供を手元に囲っているのは偶然にしては出来すぎではないかと疑うのはさすがに考えすぎだろうか。


 まあ、結論から言うと考えすぎだったのだが。

 妖精の姿を見て彼が驚いている様子もなかったことで彼女のことを前々から知っていたのではという疑いは深まったが。


『幸せですよ』


 それなりに、と恥ずかしそうに付け加えた彼女は、こぼした笑みの優しさに気づいているのだろうか。


 彼女がこれからも笑えるように。

 しがない一人の天才魔道具士はそう願うのだ。



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