27. 知らないままでいてくれたら
お久しぶりです!
生きています!
「セシリア様」
「ああ、見送りありがとう。.......少し、話そうか」
「君は、真実の眼の一族なのだね」
「はい」
知っているのだろうとは思っていた。
イリアスの瞳を見て、見とれる以外の反応を返すものは大体、この瞳をどのように扱うか考えている。
父親のように蔑み恐れるか、かつての王たちのようにうまく利用しようとするか。
短い間ではあったが、イリアスはどうも、この人を嫌いにはなれない。下からそっとセシリアを見上げて様子を伺うと、思いのほか彼女は優しく、悲しそうに眉を下げて笑っていた。
「安心していいよ。僕は君の瞳に関して何か行動を起こす立場ではないし、何かしたいとも思っていない。......大変、だったね」
「?まあ、はい」
ほぼ初対面の人間に同情されるほどこの瞳は悲劇を呼ぶものだったろうか。いや、少なくともイリアスはこの瞳が原因で父親に捨てられ、散々な目に遭っていたわけだが。
「この国ではもう忘れられてしまっているか、当時の人間ですら王家がお気に入りの家に箔をつけるために作った逸話だと思っているけれど、僕たちにとってはそうではなくてね。知っているのだよ」
私たち、とは魔力を見る人たちのことなのだろうか。
「左様でしたか。しかし、今は、」
いたわるような眼差しのこの人は、やはりとても優しい人なのだろう。
そして、シオンもマリアも、___レオナルドも。
「幸せ、ですよ、それなりに」
思わずこぼれた笑みに対し、セシリアもふわりと笑う。
「そう、だったか。レオナルドには悪いことをしたな。疑ってしまってすまなかったと伝えてくれたまえ」
「うたが...?はい。かしこまりました」
「そう、それと、君は女の子だろう。精霊は客人たる人々と同じ性別をしているからな。多分だけど、レオナルドも知ってしまったかもしれない。秘密にしていたのなら申し訳なかったな。私も男の子だと思っていたものだから......」
そういって目線をそっと降ろされる。さりげないが、目線をたどると明確に胸を見ていることがわかる。
ちなみに、セシリアの胸はパッと見てわかる程度には豊かである。
無言でいたわるような目を向けるこの人は優しいかもしれないが、デリカシーは確実にない。
イリアスは持っていた荷物でそっと自分の胸を隠すと、目をそらしていった。
「いえ!全然大丈夫です!隠してませんし!」
そう。隠していないのだ。動きを邪魔しないようサラシは巻いているが、そもそも動きにくくなるほどの大きさはない。
「.......よかったよ」
別に良くはない。
※
「おかえりー、え、何でそんなむくれてんだ」
「何でもありません。何でもありませんよ、本当に」
重厚な革張りのソファにだらしなくもたれかかるレオナルドに、イリアスはむっつりと返す。
「まあ、大体何を言われたかはわかるけれど」
「え!?」
そういえばセシリアは「レオナルドも気づいたかもしれない」と言っていた。そのうえでこの発言ということは、彼もイリアスの胸が寂しいと思っているのだろうか。そういえば女好きといううわさがこの人にはあるのだったな。そういえば、たくさん餌付けをされた記憶がある、それはどうにか胸への栄養を増やそうとして……?いやいや、その時はまだ知らなかったはずだ。ただ貧弱だと思っていただけか……?―――っは!それだと、胸が寂しいと思っている(かもしれない)彼はこれからもっとお菓子やら肉やらを与えてくるのではなかろうか。
つなげなくていい点と点をつなげていくイリアス。
「つじつまが合う......!」
「何の話だ。まあ、これでも食べて落ち着け」
「やっぱり!!」
「だから何がだ!」
ぴっしゃあああん!と落雷のようなショックを受ける彼女をレオナルドは胡乱な目で見た。
「彼女は今はあんな姿をしているが、元々は他国の王女だ。だから俺のことも呼び捨てだっただけで、特に深い関わり合いはない。互いに王族で知人であるだけだ。本当に、親しい訳では、無い」
(なんだ、藪から棒に)
「?はい。左様でしたか」
キョトンとした顔で数秒見つめ合った謎の時間は、レオナルドがへなりと机に突っ伏したことで終わった。
「え、どうされたんですか。どこか具合が」
「悪くない。どこも悪くない」
しいて言うならば頭かもしれない。とイリアスは思ったが言わない。優秀な側仕えなので。
「彼女は王家の人間、とおっしゃいましたが、なぜあのような仕事を?」
いかにも旅商人といった風情で慣れたようにトランクを扱う姿からはとても元王族などとは思えない。 王族と言ったら、ましてや王女ともなれば、王宮の中で囲われ、ガラス細工のように大切に大切に扱われるはずである。
「なんだったかな。数年前に、置手紙残して突然出奔したんだよ。昔から好奇心旺盛だったからな。王族は自国のみならず、自国にとって脅威となりうる家は他国であっても情報を事細かに探る。その過程で興味のある人物だの家だのが出てきたんじゃないか?」
話を聞くに、置手紙とやらには「伝説に会いに行く」とか書いてあったらしい。
まるで英雄譚の主人公である。王女であったころから快活で豪胆な人だったのだろう。
はた、とイリアスは気づく。
(もしかして『僕たち』って他国の王族のことか?)
自分の持つ真実の眼とやらはもともと一族に伝わっていたものらしいし、この能力はじゅぶん他国にとって脅威足りうるだろう。
(いや、わかるわけのない人称を使うなよ)
それよりも、彼も知っているのだろうか。自分に、こんな忌まわしい能力があることを。
「まあ、実際会えたかどうかは知らないが、なんやかんやで彼女が自国にもたらす情報は価値が高いし、彼女自身も強かだからな。王家としては異例だが許していると聞いた」
そっとレオナルドの顔色を伺ったが、「会えたかどうかは知らない」といういつも通りの横顔を見て密かに息を吐く。
いつまで、この人に対して秘密を抱えるようなことをしなければならないのだろう。
性別のことだって、自分で話していない。
もう知ってしまったかもしれないけど。
それを気にしていないように振舞ってくれているだけかもしれないけど。
自分の秘密を、自分の口から、言えたら。
『お前など―――』
イリアスはぎゅっと目を瞑った。
「おい、どうした?」
目をゆっくり開けた先にある心配げな顔にそっと微笑んだ。いつものように。
「いえ、大丈夫ですよ。学園に通えるだけの魔力があってよかったな、と」
「本当にな。全く、苗字を言っていないのだから平民の可能性も考えただろうに、わざわざ学園に放り込むあたり、貴族連中は君にまで嫌がらせしたいのだろう」
「あー、そういえばそうでしたね。本来貴方が通う予定ではなかったなら、魔力があったらあったでいいし、なかったら嫌がらせできて万々歳だったでしょうね」
一刻も早く、この優しい人から離れなければ。
そうでないと、期待してしまう。
受け入れてくれるんじゃないかと。
父親のように顔をしかめることなく、この瞳を真正面から見てくれるのではないかと。
言ってしまいたくなってしまうから。
口を尖らせて貴族の愚痴大会を始めてしまった主君が、まだ気づかないうちに。
今回はタイトルに主人公の本音を入れるシリアススタイルです。




