26. 属性
説明回です。
呆然としていた3人の中で最も早く気を取り戻したのはセシリアだった。
「まあ、ここで立ったままなのもなんだし、とりあえず座らないかい?」
その一声でハッとして、執務室のソファに座った。イリアスとレオナルドが隣り、向かいにセシリアである。
「今回使った魔法薬は二種類。液体は魔力量、粉は属性の数と強さを測るものだよ。
イリアスくんはかなり多くの液体を入れたことから、魔力量が多く、そういう人間は複数属性持ちであることが多い。瓶の振動も大きくなると思ってね、避難させてもらったのだよ」
そういうことだったのか。レオナルドも一緒に避難していたため、これは一般知識なのかもしれない。
「そして、瓶が光ったのが見えていたかな」
「はい」
「あの光は魔力とイリアス君自身の親和性を表していてね、光り方が激しければ激しいほど親和性が『低い』。要するに、イリアス君に内包されている魔力の抵抗が、薬物という刺激を受けて可視化できるようになるわけさ。
親和性の高い人間は独学で高等魔術を使えたり、理論をすっ飛ばして魔力でごり押しできたりする。
君はどうやらそのタイプではないから、たとえ嫌がらせのついでだったとしても学園に通えたのは僥倖だったね」
(魔力の抵抗が可視化されるっていうのは鍋蓋を外した瞬間に中身が吹き上がるみたいなことか)
イリアスはふんふんと聞きながら、思い出す。
「最後の、ここじゃない風景が見えたのは何ですか?あの、妖精族みたいな羽の生えた生物も、見たことがありませんでした」
「そう!それなのだよ、不思議なのは。まず、あの風景は君の魔力の特色みたいなもので、美しい湖が現れることもあれば、廃墟だらけの街に飛ばされたこともある。火山口付近であることもあったよ。
みんな違うけれど、一番その人にあった使い方だと思えばいい。魔力を使うときにあの場所を思い出すと使いやすくなる、ということもあって、初心者は必ず自分の魔力の風景を思い出しながら練習するのさ。そのうちにあの場所から魔力を引っ張り出す感覚がつかめるのだね。つまり、あそこは原風景であり、魔力の源だということだよ」
(なるほど?)
わかるような、わからないような。
源というと滾々と湧き出る水のようなイメージがあるが、あそこには高原にそびえる大樹くらいしかなかった。場所から魔力を引っ張り出すと言われても、釈然としない。
「まあ、イメージ通りではなくとも、そういうことだよ。感覚はこれから掴めるさ」
表情から察したのか、セシリアが苦笑しながら励ますように言う。
「次に、彼らについてだね。妖精族に似ているというのは的を射ているよ。彼らは妖精族の祖ともいわれる、精霊だ。こちら側には、基本的に干渉しないし、まず現れない。測定の時に見たっきりであることがほとんどだ。
どうやら私たちとは違う世界線に、重なり合うように魔力の源というのはあるらしくてね、あそこは君だけがアクセスできる、きみ専用の魔力の源、世界だよ。あそこが彼らにとっては世界のすべてで、きみが訪れるのをずっと待っていたのさ。珍しい客人だからね、とは言っても、あそこまで歓迎されるとは驚いた。親和性が低いのに。
彼らはあの世界の守護者だと思えばいい。ずっとあの世界を守り、きみが魔力を必要としたときに助けてくれる」
(親和性が低いのに、歓迎された、ということは、普通親和性が低いとあまり喜ばれないのか)
イリアスは少しずつ言葉を咀嚼して、今まで触れることのなかった世界の話に耳を傾ける。
おそらく、この話は一般常識、という範囲を超えているのだろう。セシリアが訪れた当初の陽気さはもう、感じない。ほのかに緊張感を孕んだ眼は何かを伝えようとしている。イリアスに、あるいは、レオナルドに。
「彼らも自我のある存在だからね、気に食わない相手には多少のいたずらをする。待ちわびていた客人とそりが合わないと思えば、あからさまに落胆したり、無視したりすることも少なくない。判断基準は、親和性だ。なのに、君は歓迎された。私にも確信が持てないが、ねえ、君はもしかして―――」
言い淀むセシリアに対し、イリアスは仄かに笑ってみせた。
それは肯定であり、牽制でもある。
ここで、言うべきではない。
そこでようやく察したのだろう。セシリアは眉を下げて笑った。
「それで、属性は」
レオナルドが気まずい空気を払しょくするように淡々とした声で話を進める。
セシリアは気を取り直したように笑みを作り直し応える。
「水、木、土、火、風の五つのうち、水が一番強いみたいだね、木も人並みかそれ以上に。土も少し使えるけど、あまり実践では使えなさそうだ。火と風に関してはほぼ使えないと思っていい」
基本的に水は木を、木は土を、土は風を、風は火を補佐する関係にあると思えば水の次に木が使えるというのは妥当だろう。
相性が悪いのは水と火、火と土、土と風、風と木である。水で火が消える、火が大地を燃やす、風は大地に影響を与えられず、風は木を枯らす、と考えればこれもわかる。土と風の関係は、山から風を吹き降ろしたり岩の間を突き通る風の勢いが強くなったり、というあくまで土→風の向きでのみ作用すると考えれば理屈は通る。
「ただ、君はすでに魔力だけなら体内に巡らせて使うことができるのだね。滞りなく身体の末端まで流れていて、素晴らしい」
セシリアはイリアスの全身を眺めて恍惚としたように笑みをこぼした。
「ああ、それと、精霊の祝福を受けている。最後に精霊の長からキスを送られただろう?彼らが君を裏切ったり、ひどく嫌ったりすることは、よほどのことがなければないと思うよ」
「よほどのこと」
「例えば、魔力は血流と同じように全身をめぐるのだけれど、その魔力の流れ道が焼き切れるような使い方をしたり、かつていたのが、祝福されていながら、それを利用してもう一度自分の魔力世界を訪れ、ある精霊を誘拐する、なんていう冒涜的なことをした人がいてね。その人は二度と魔力が使えなくなったよ」
あの幻想的な世界でも狼藉を働こうという意思が働くのか。いや、その人の世界が割と荒廃していたのか。少なくとも祝福は人格や倫理観を考慮して与えられるものではないらしい。
「ちなみに妖精族はその時さらわれた精霊の子孫なのさ」
ちなみに妖精族は別大陸にすむ、獣人族と呼ばれる獣の特徴を備えた人よりも人族に近い造形をしている。「ある精霊」というからには攫ったのは一人だけなのだろう。そして妖精族は今に至るまで繁殖している。
「そりゃあ、......嫌われるでしょうね」
「だよねえ」
口にするのもなかなかにおぞましい出来事である。
「まあ、そのレベルのことをしなければ嫌われないから、安心していいよ」
「それは、まあ、はい。しませんけど」
自分の生育環境は良くなかったと自覚しているが、母のおかげで人並みの倫理観を持っているつもりではある。
「まあ、診断はこんなもので終わりかな」
「ありがとうございました」
セシリアは割れた瓶やら何やらを再びトランクに詰め、ふわふわと赤毛を揺らして立ち上がる。
「イリアス」
「はい」
セシリアのトランクを預かって見送りに行こうとするイリアスは、招待主であるはずの主人が動く様子がないのを見て怪訝そうに隣を見上げた。
「俺はいいから、セシリアと少し話してきなさい」
「そういうわけには」
今はシオンもおらず、いざとなった時の連絡手段がない。
「ありがとう。借りるよ」
「セシリア様!?」
セシリアに背中を押され、後ろ髪をひかれる気持ちで主人を振り返ると、のんきに手を振っている。
あの人は自身が護衛対象であることも、イリアスを用心棒として雇ったことも忘れていそうである。
絶対にいつかあの雇い主には説教をせねば。
イリアスは固く決心をしてしぶしぶセシリアについていった。
セシリアさんは対外的には招待客として入ってきているので、来るときもシオンさんにトランクを持ってきてもらっています。ちなみにトランクはめっちゃ重いです。




