22. 新顔と懐古
お久しぶりです。
不定期連載系作家となり果てました。見捨てないでください。
「……そうか。お前がそういうならば、私に異論は無い」
「……ありがとうございます。」
往年の美貌を想起させる壮年の男と、その前に跪く若い男。
短く事務的なやり取りをして青年が退出した後、年嵩の男は誰にともなく呟いた。
「……今まで積み上げてきたものを無にしてもとは、血は争えないね」
※
「それでここの配置を少し変えて、見やすくなるようにしました。シオン様とマリア様のお部屋は定期的に清掃と換気をしていましたが、その他の空室には手を入れていません。それと、どうしても本宮との距離が遠いんですけど、何とかなりませんか」
イリアスは長らく留守にしていた先輩に向けて不在の間の変更点と、近況の報告を簡潔にした。
「なるほど、ありがとうございます。確かにこの方が見やすい。それと、部屋もありがとうございます。私とマリア様以外の部屋に関しては、触ってはいけないものもありますので、賢明な判断だったかと。本宮との距離はどうしようもありません。元後宮とだけあって、これでも近い方なのですが、イリアスは重いものも一気に運ぶのでそう感じるのでしょう。距離よりも人手不足の問題ですね」
逐一褒めて感謝してくれる先輩。いい職場である。
褒められ待ちついでにしれっと要望を挟んだが、にこやかに断られてしまった。
まあ仕方ないかとイリアスは素直に引き下がる。
数日前、レオナルド殿下は、正式に王位継承権を主張した。
今まで彼は妾腹の第一王子として王位継承権に関してはあってなきがごとしだったが、それに真っ向から反抗したのだ。
王位継承権が既に確立されていた弟王子への宣戦布告とも捉えられる。
相変わらずの人手不足。劣勢もいいところ。人望なし。
今まで王位から自身を遠ざけるためにしてきた愚行の数々を周りは論い、相応しくないと人目をはばかることも無く言っている。
イリアスとしても、なぜ急にそんなことを言い始めたのか、見当もつかない。シオンも戸惑っているふうだが、付き合ってきた長さか、妙に納得して動いているようだった。
「王位継承権を得たのなら、人員も増やさねばならないのでは?」
「その話ですが、今度マリア殿の復帰と同時期に新しく侍女が入ってくるようですよ。断れなかったとかで」
それを聞いてイリアスはさもありなん、と頷いた。
今までも充分イレギュラーだが、さすがに王位継承権を明確に持っている人間となると、存在の重みが違う。
まずは戦闘能力がない、身の回りの世話をする侍女から受け入れてみようということなのだろう。
いずれは護衛任務を正式に受ける騎士も入ってくるかもしれない。
人手不足が解決して、仕事も減って、いい事だらけのはずなのに、何故かイリアスは素直に喜べなかった。
(いや、なんでちょっと落ち込まないといけないんだよ)
もうじきマリアも復帰してくる。娘さんの話も沢山聞けるだろうし、新しい侍女の子とも仲良く出来たら、イリアスも嬉しい。なんせ、生まれてこの方男として生き、男やもめの中で貧しい中生き抜いてきたのだ。穏やかに女の子と話す機会など貴重なのだから、楽しみしかないはずではないか。
イリアスは微妙にモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、その日の業務を終わらせた。
※
コツコツと夜の廊下に二足分の靴音が響く。
硬質な音は、そのまま靴の主の心を表しているようだった。
柔らかにスカートを翻し、背筋ピンと伸ばした姿からは培ってきた自信とプライドを思わせる。
コンコン。
「どうぞ」
目的地に着いた少女たちは、存外軽やかに鳴く重い木製の扉を開けると、中の老婦人に向かい、完璧なカーテシーを披露してみせる。
「お初にお目にかかります。
サリーヌ家次女、ミアでございます。
この度、テオドール・ロメロ様のご紹介でレオナルド殿下にお仕えさせていただくこととなりましたので、ご挨拶に参りました。どうぞよろしくお願いいたします」
「同じくテオドール・ロメロ様のご紹介でお仕えさせていただくこととなりました、メルクーリ家三女、アリスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ミオは玲瓏な印象を与える切れ長の目をした金髪碧眼の少女、アリスは勝気そうな猫目に桃色の瞳を持つ茶髪の少女だ。
スッと頭を上げる動きまで、洗練されていて美しい。
はらりと白い頬にかかる髪が軽やかに揺れる。
完璧ともいえる挨拶を受けたマリアはいつも通りの無表情で応える。
「よろしくお願いします。
ロメロ侯爵から話は聞き及んでおります。とても所作の美しい、淑女であると。
その通りだったようですね。
本日はこの屋敷に泊まっていただき、明日から出勤という形になります。
明日ダリヤ宮の皆様に挨拶していただきますので、早めにお休みください」
「「かしこまりました。お休みなさいませ」」
少女たちが退室した後、マリアはほうと息をついて住み慣れた部屋を見渡した。
亡き夫の形見の懐中時計。
温かな光をこぼすアンティークのランプ。
刺しかけのまま何年も放っておいてしまっている刺繡に、机に置かれた数冊の本。
娘が成長し、結婚して、孫までいる年になってしまった。
「私は何も、成長しないままね」
椅子に深く腰掛けなおして、ひとり呟く。
(まさか、貴方の娘と、この年になってようやく会うことになるだなんて思わなかったわ。―――ロナウド)
よく手入れをされた古い懐中時計が時を刻むことは、もうない。
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