16. そういうお年頃
「初めまして。えっと、当学期からこのクラスでお世話になります、イリアスです。よろしくお願い致します」
まばらな拍手に迎えられ指示された席に着くと、ねっとりとした視線がようやく外され、イリアスはほっと息をついた。
イリアスが今身につけているのは平民にしては仕立てがいい程度の服である。
貴族の子女が多くいる中で、どこぞの貴族が養子を取ったなどという噂もないのに貴族名鑑に載っていない者がやたら良い服を着てこようものなら悪目立ちどころの話じゃない。
入学時期に間に合わなかったものの、優秀さを見込まれて平民が編入してくることは珍しいが考えられなくは無いらしい。
強制参加させられたあの会議に出席していた貴族の子供がいたとしても、貴族会議の様子や内容は原則他言無用である。上手く平民に紛れ込めるだろう。
レオナルドさえ大人しくしていれば。
などと考えたのが良くなかったのか、我が国の第一王子殿は早速やらかした。
授業を無断で抜け出すわ女生徒を密室に連れ込むわと初日から皆の噂に昇ることとなった。
バカ王子の本領発揮である。
イリアスが友達が出来なかった教室の中で一人頭を抱えたのは言うまでもない。
「何、やってんですかあんたは!!」
帰って早々イリアスが主を問い質すと、悪びれもせずしれっと答えた。
「何もしていないが?」
ネタは上がってんだよこの馬鹿王子と言いたい気持ちを抑え、噂を聞いたことだけ伝える。実際に見た訳では無いので、弁明や事情があるなら聞こうと思ったのだ。
「あー、それな、授業がつまらなかった」
無かった。
「サボりはともかく密室事件はまずいでしょう」
「人を殺人犯みたいに言うなよ。めくるめく禁断の恋の方だろ連想するなら」
「そっちもそこそこまずいですよ」
思考回路がサスペンスに染まりきっていたが、どうやらそういうことのようである。
「……ケダモノ」
「違う!!」
イリアスの軽蔑しきった目線を受けて誤解があると気づき、顔を赤くして弁明する彼によると、
「あれは違うんだ。俺がじゃなくてあっちが俺を連れ込んだんだって」
「で、ヤッちまったと」
ケダモノめ!と睨むイリアスにさらに言い募る。
「やってない!やってないし、事実はちゃんと明日学園側から説明があるはずだし」
なるほど王族ともなるとちょっとした猥談も学園スケールで弁解がされるのかーほうほうほう。と、イリアスの目はなおも冷たい。
「事実やっていなくて、誘惑されたのは事実だけど、応えてないし、何事もなく仕事の手伝いだけして帰ったのが監視魔道具に映ってるはずだ」
「などと供述しており……」
「違うんだって!」
そろそろ涙目になってきたのでその辺で話を逸らしてやった。何も本当にやったとは思っていない。
後日しっかりと学園側から説明がされ女生徒自身も否定したことから、そちらの噂は沈静化したものの、生徒たちの間ではサボり魔の腑抜けと新たに不名誉な噂が立った。
「なんだろう、紳士的な対応だったはずなのに」
「今までの行いじゃないですかね」
そう返すイリアスが継いだ次の言葉にレオナルドは目を見開いた。
「良かったじゃないですか、狙い通りでしょう」
「……そうだけど、気付いてたんだ」
「そりゃあ気付くでしょう。貴方が世間で思われている通りの馬鹿でないことは貴方が私に見せた通りです」
こくりと頷くレオナルド。
やはり端からそれはわざと見せていたのだ。
「次に何故馬鹿では無いのに馬鹿だという噂があるのか。それは貴方が能力を示す場を作らなかったこと、責任感のない行動をし続けたからです」
ここまでは推理でもなんでもない。ただ彼が見せてきた行動を並べただけである。
「では何故そのような行動を示し続けたのか?異様に少ない使用人の数と貴族会議でのあなたの振る舞いを見れば分かることです」
彼ほどの地位があれば例え能が無くともその権威を自分が操りたい、そこまでは行かずとも媚びを売って繋がりを持ちたいと言う者は多いだろう。にも関わらずこの味方の少なさ。毒殺のリスクを避ける以外にも、『第一王子殿下は限られたお気に入りしか手元に置かない』。そうなればそもそもうつけ者の王子に対し時間と労力をかけて媚びを売ろうとするものはいなくなる。
貴族会議ではわざと皮肉にも聞こえる言葉で釘を指しておいて、男色との噂を立てる。
貴族内での評価や好感度も、世継ぎを作る意思も王となるには必須である。
つまり、
「貴方は王になる気がない、というよりなりたくない」
意図的な悪役の誕生である。
それこそ馬鹿な権力者を操りたいと思う輩には格好の餌だが、それさえ炙り出すための罠。
「……王位継承権を身内で争ってわざわざ国を乱すことないだろ」
この国で正妃以外から産まれた第一王子という身分は思っていたよりも面倒らしい。
あのやたら敵視してくる第二王子が知っているかどうかは分からないが、彼は彼で母国を思っているらしい……と考えたところで、ふとひっかかるものを感じたが、それは直ぐに思考の波をすり抜けてしまった。
「……お前は、王太子に仕えたいのか?」
「私が今お仕えしているのは貴方ですし、むしろ今の立場でさえ重いと感じていますが」
「ふうん?」
不安そうに訊いてきた彼からわざと顔を逸らし、あくまで飄々とした態度で即答すると、目の端にこっそりとにやける王子が映った。
(重いって言われてるのに、嬉しそうとか)
全く素直じゃない似た者主従は、互いから目を逸らしたまま口元を緩めた。
いいねや評価、ブックマークありがとうございます!!




