14.今はただ、君に安らぎを
遅くなってすみません、そして短いです。
この国には元々、「真実の眼」を持つ貴族がいた。
建国にも携わった由緒ある一族であり、一代に一人、「真実の眼」と呼ばれる特別な瞳を持つ。
美しい蜜のような金の瞳はどのような嘘でも看破し、更には些細な動揺すらも見抜いた。
その能力の重大性を鑑みた歴代王族は彼らの能力を秘し、末端の貴族位と、後の忠臣とすべく、王族の相談係という称号を与えた。
一族は瞳の力で、下位貴族にして上位貴族に匹敵する財産を築き上げた。
しかし、それも十数代前の王の治世、時間にして三百年以上も前に途絶えた。
一代に一人だった瞳の継承者は数代に一人となり、いずれ昔話の中の存在となった。
王族はそれまでの彼らの忠誠から、低い貴族位にも関わらず一族との交流を続けたが、瞳が失われた一族は失墜していき、王族は彼らからの願いによって交流を絶った。
その家がとうとう無くなったのが十年前。
資金のため娘を嫁がせた家の不祥事と、それに伴う娘の失踪である。
「その一人娘が、私です。父は私の息子を後継者にするつもりで、婿入りでなく嫁に入らせるという夫の条件を飲みました」
アイリスは静かな口調で己の家の零落の様を語り、一息ついた。
「あの子は、百年生まれなかった、『真実の眼』の継承者です」
「……」
話の途中から、何となく察しはついていた。
陳腐な表現だが、なんとも壮大で、その分よく動くあの小さな背中が思い出された。
あの少年は、聡い。
不祥事に逃げ出したということだが、彼の母が病弱であることを踏まえると、その情報を手に入れ、自分の頭で精査したのは彼自身だろう。
十年前。
彼はまだ六歳。
(なんて末恐ろしい子供だ)
レオナルドは目眩がするようだった。
この情報があれば、イリアスの身元は特定できたも同然だ。
しかし、この件を深掘りしていいものか。
十年前に貧民街へ来たイリアス。
十年前いなくなったあの子。
どちらも原因は不祥事だという。
「……立ち入ったことを聞きますが、その家に子供はイリアスだけでしたか?」
「?いいえ。異母弟が敷地内に母親と」
堂々と不倫をしていたらしい。
恐らくイリアスはあの子だ。
幼い時に父親に見切りをつけた、イリアス。
そのようになるまで、どのような扱いを受けたのだろう。
息子が1人と書かれていた戸籍。
父は弟の方が大切なのだと言っていたあの子。
息子として扱ったのは。
そんな瞳を持っていて、人の感情が分かるのなら尚更―――。
思考がぐるぐると巡って気持ちが悪い。
アイリスと父が何やら話しかけているが、言葉として頭に入ってこない。
ずっと会いたいと思っていた子は既にそばにいて。
その子は幼い自分に話したより辛い環境に置かれていて。
知りたい。知りたくない。
可哀想だ。そう思うことは必死に生きた彼への冒涜だ。
嬉しい。そう思うのはあまりに不謹慎だ。
あの瞳を、綺麗だと思うのは、いけないだろうか。
気付くと、自分の寝室に横たわっていて、そばにはイリアスがいた。
「!!!」
「ああっ、急に動かないでください!!」
驚いて身を起こすと、頭に激痛が走った。
濡れたタオルをのせようとしてくれていたらしいイリアスはビクリとして文句を言う。
「殿下、陛下のところからフラフラしながら帰ってきて、そのまま倒れたんですよ」
「……アイリス殿は」
「謝ってましたよ。俺にはよく分からないんですけど、なんか混乱させて申し訳ありません、だそうです」
過労ですかねえ、明日くらいまで休んどきましょうと言うイリアスの手にそっと触れる。
イリアスはぎょっとしたようで、「な、なんです?どうしたんですか?」と言った。
「あなた高熱で精神が参る人だったんですね、意外です」
また失礼なことをと思って顔をわざとしかめて見せると、頬を何か滑る感覚がした。
手をやって見ると、俺は泣いていて、イリアスはそんな俺をどこか優しい表情で見ていた。
「ああもう、大丈夫ですよ、ちゃんとここにいますから。寂しい思いも、死ぬかもなんて杞憂もしなくていいんですよ」
熱の時に人が感じることを例に出して言ったようだが、全く的外れのその言葉に少し笑って、俺は目を閉じた。
涙をタオルで拭う感触が心地よくて、その手を壊れ物を扱うように握り、顔を擦り付ける。
ここに来るまでの苦労を全て、分かりたかった。
もし自分が彼と共にいたならば。
少しでも近くで、触れ合って。そばで支えてやれたなら。
イリアスがされるがまま、力を抜いて手を委ねているのをいいことに、指を絡めて握り直す。
ここに彼が居場所を感じとれますように。
そう願いながら。




