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Guardian  作者: 天宮 碧
19/35

13.たいせつなもの

前話から間が随分空いてしまい、すみません。

体調不良でもスランプでもございません。ただリアルではしゃぎすぎました。






 イリアスは街から帰ってきてからも暫くは羞恥心が消えなかったようで、元々終わっていた業務をさらに細かく仕上げ始めた。


 何もすることが無くなるとやや無愛想に「失礼します」と声をかけ、そそくさと帰っていったが、あの少年はなんだかんだ言いつつ、用心棒の仕事を自身で忘れてきてはいないだろうか。


(確かに、あのような賛辞は俺もなかなか聞いたことは無いな)


 無駄に良い見た目を褒められたことは飽きるほどあるが、言葉を尽くして美しさを褒めるのは女性に対してすることである。ある程度礼を失さない程度に抑えて大体の奴は本題に入る。

例えば婚約だの遠回しな王位簒奪のおすすめだとか。

 心底くだらない。


 だが、イリアスからの大袈裟なまでの褒め言葉は素直に受け取れた。

 恐らくそれは、彼が何も考えずに、あくまで()()()()()()()として言っていたからだ。

 そうでなければ、レオナルドが自分でも気付いていなかった自身の感情に気付くことも、曲がりなりにも王族の自分に対して「胡散臭い」などと言うことは無いだろう。


「胡散臭い、ねえ」


 周りの人間は美しいと、違和感すら覚えず褒めてくるのに。


(イリアスには感謝しなければ)


 いつしか声だけの古い友人への執着だけが強まって、感情が酷く曖昧になっていることにも、それに対して何か悲しさや寂しさを覚えることも無くなっていった。

 そのせいか自分は第一王子レオナルドを演じることに慣れ、本当の自分とやらが分からなくなった。

 あの優しい子は次に会えた時、旧友がそのようなことでは悲しむだろう。


「なあ、ヒーロー」


 この感情は、何だろうね。

 少しずつ、ぬるま湯で溶かされているような、強ばりを優しく解されるような。

 殻を剥がれて不安なような、心地いいような。






「……殿下!失礼致します」


 丁度彼のことを考えていたせいで、かなり驚いた声が出た。

 焦りが見えるようなノックの音に入室を促すと、妙に青ざめた顔をしたイリアスがいた。


「どうした?」

「……陛下が、殿下と母を、お呼びだそうです」


「は?」


 父がレオナルドを呼びつけるのは珍しいが、ないことでは無い。しかし、イリアスの母までとは?

 仮にも元々後宮だった場所に女性を入れたことを咎められるのだろうか。

 しかし、レオナルドが貧民の用心棒とその母を邸に住まわせることは父にだけは話してある。今更だ。


 疑問を抱え、イリアスから日程を聞くと、どうやら3日後らしい。急すぎないだろうか。


「母君はなんと?」

「まだ伝えていませんが……」


 それもそうか。

 息子にあたる主人への報告より先に母に相談するのは悪手だと思ったのだろう。


「断れるものでもないとは思うが、何しろ急だ。母君の都合も聞いて、良ければ諾と返せ」


 イリアスは母の療養も兼ねて雇われている。用事は入っていないだろうが、体調が優れなければ、急に言いつけた手前、断っても咎められることはないだろう。


 常に心の内の見えない父の顔を思い浮かべ、ため息をついた。







 残念ながら、と言うのも不謹慎だが、体調に問題はなかったらしい。

 精神状態は青ざめた顔からお察しだが、この顔を見る限り、アイリスも今日どうしても行けぬような事情があれば、と思っているのかもしれない。


「……大丈夫ですか」


 イリアスも同行しているが、ピンポイントでレオナルドと彼女を指名したということは恐らく人払いをかけられるだろう。

 あまりに顔色が悪かったため声を掛けると、存外気丈そうな顔でほのかに笑って見せた。


「ええ、問題ございませんわ。お気遣い、有難う存じます」


 初めて見た時は美しいが儚く、気弱な印象を受けたが、今は何か彼女からイリアスにも似た強さを感じる。

 思わぬ息子との共通点にレオナルドも微笑みを返し、エスコートをして謁見室へ入った。


(相変わらず、豪奢なことだ)


 貴族と見える際に使われるこの部屋は王室の顔と言ってもいい。趣味良く調度品が置かれた部屋は、それでいて見るものを圧倒する華やかさを見せている。


 レオナルドは跪き、アイリスもそれに倣い正式な礼をした。


(裕福な家だろうとは思っていたが、これは貴族の線が濃厚かもしれない)


 横目でその美しい礼を見て思う。


 シオンからの報告は逐次来ているが、貧民街の者の証言と戸籍謄本の記録の照らし合わせに苦労しているようだ。

 戸籍謄本を見られるのは役人と王、第一皇位継承者だけであり、さらに見るには膨大な手続きを必要とする。

 そのいずれでもないシオンは正攻法でさえできない以上、仕方がないとも言えた。


 身振りで挨拶を促されてから、口を開く。


「第一王子、レオナルド・シャル・グレートリッヒ、並びに、アイリスより、ご挨拶申し上げます」

「よく来た。顔を上げよ」


 顔を上げ、目線を外したまま言葉を継ぐ。


「それで、今回は如何様な御用でございましょう?」


 挨拶もそこそこに本題に入る。

 貴族らしからぬ無粋と取られるであろう言動だが、こちらは馬鹿王子である。父にはとうに演技などばれているだろうが、兵達もいる手前、凡愚な息子王子をしておいた方が良い。


「人払いを」

「はっ」


 予め伝えられていたのかもしれない。イリアス以外はさして戸惑う様子も見せず、王たる父と馬鹿王子と評される自分、正体不明の女を残して部屋から出て行った。


「……もう、良いかな」


 その言葉に隣のアイリスがぴくりと動く。


「久しいな、アイリス。そなたとこのような形で再び見えることになろうとは思わなかったよ」

「……お久しゅうございます、陛下。私も、再びお会いしようとは、思いもしませんでした」


 どうやら2人は知り合いらしい。ますます身分が気になるところだが、まずアイリスの、取りようによっては不敵とも取れる発言にひやひやする。

 王族への畏れのなさは遺伝なのか。そうなのかもしかして。


「変わりないようで何よりだ。ここに呼んだ理由を、聡いそなたはもう分かっているのであろう?」


 待て、俺は分かっていない。どういうことだ。


 レオナルドは涼しそうな無表情の裏でめちゃくそに焦っていた。


「ええ。イリアスをご覧になったのでしょう?聞きましたわ」


 どうやらあの少年が絡んでいるらしい。


「その顔を見る限り、愚息は何も知らないようだね」


 見抜かれていた。

 この父親は異常に人の心を読むのが上手い。そして愚息呼ばわりである。腹立たしいが事実として分かっていないのでぐうの音も出ない。


「……本人のいない所で彼のことを話すのは気が引けるが、これは我が愚息にも関わることだ。了承してくれるね、アイリス?」


 有無を言わせない口調である。まるで心中では気が引けるといいながらも躊躇ってはいないのだろう。


 そっとアイリスを横目で見る。

 その表情に、レオナルドははっとした。あれは、先程見せた強い者の面構えである。覚悟の籠った、美しさ。


「いいえ、お断りします」


 彼女はその目に強い光を湛え、息子の自分でさえも息苦しいような圧力の中、凛と言葉を紡ぐ。


(わたくし)の子ですわ。陛下が第一王子殿下に知らせておくべきと考えることは親として共感できますが、それでも私にとって一番大切なのはあの子です。事情を王子がお知りになって、あの子が傷つくようなことは、決して了承できません。

 私の療養やあの子の仕事に理解を示してくださる王子には感謝していますわ。王子が信用出来ないというわけでもございません。しかし、あの子が抱えるものは……あまりに大きい」


(俺が……イリアスを傷つける?)


 その言葉に、思わずありえないと言いそうになったことを自身で驚いた。

 イリアスは駒のひとつに過ぎない。数多ある、味方にも敵にも張り巡らしている操り糸に繋がれたひとつ。


 しかし。


「発言をお許しください」


 レオナルドは心に渦巻くいくつもの感情に戸惑いながら、言葉にしようとする。


「許そう」

「アイリス殿。俺があなたにとってよく知らない他人であるのは間違いない。しかし、イリアスは俺にとっても大切な―――――」


 大切な、なんだ。


 あいつは、俺にとって。


 有能な部下であることは間違いない。契約上の冷めきった関係ではあったが、少しずつ見える彼の内面に触れて――――――。


(そうか)


 イリアスはあの子に似ているのだ。だから、つい情がわき、そばにいられるとどこかこそばゆくて、彼をもっと知りたいと願って―――()()()()()がこんなにも腹立たしい。


「大切な、者、です」


 この感情の正体は知らない。

 友人よりは遠くて、部下よりは近づきたいと思っている。だから、今はこの事実だけでいい。


 レオナルドは真っ直ぐにアイリスを見た。


「だから、抱えているものがあるのなら、それごと彼のことを受け止めたいと、思います」

「……左様でございますか」


 アイリスはその言葉に少し目を見開くと、ふわりと笑った。


「陛下のご子息は、随分男前ですのね」

「私の若い頃にそっくりであろう」

「あら、どうでしたかしら。陛下はもっとやんちゃで、皇后陛下がヤキモキする程度には臆病でしたわ」

「……それは、耳が痛いな」


 勝手に和やかな雰囲気になってしまったが、レオナルドは状況を理解するのに必死だ。


(陛下と知り合い、しかも軽口を叩けるほど親密な関係だったとすれば、アイリス殿は身分は元貴族。そしてイリアスには何かしらの問題があり、それを隠すのはある程度理にかなった訳がある?)


 情けないほどにふんわりとした推測だが、如何せん会話から読み取れる情報が少なすぎて、レオナルドにはこれが限界だった。


 頭に?を沢山浮かべたまま愛想笑いをするレオナルドを見かねてか、アイリスが柔和な笑みをこちらへ向けた。


「殿下。正直私は、そのお言葉をお聞きした今でも、少なからぬ警戒心を抱いています。

しかし、あの子が人に理解される、損得なしにあの子を受け入れて、守ってくださるのではないかと、あなたに希望をもちました。

殿下のお心から出たお言葉を信じ、お話させてくださいますか」


 なおも不安そうなアイリス。


 おそらく彼女は、この話の中で全てを明らかにすることはしない。彼女が持ったのはあくまで()()である。確実でない以上、息子を守る保険として、彼女はカードをいくつか隠すだろう。

 それでも、レオナルドは大きく頷いた。


「もちろん、お聞かせください」






伏線が多すぎると自分で分からなくなるので回収は多分早めです。

シリアスが長続きしないこの癖を何とかしたい。

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