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この世界でやりたいこと




 夜、シロガネは寝る準備をしながら、アンナから聞いたことをベッドに仰向けで寝転がるヒノに伝え終えた。

 ラルナーの家の木造の部屋は、夜の静寂に包まれ、窓から差し込む月光が床に淡い影を落としていた。

 シロガネが服を畳む音が、静かな空間に軽く響いた。


「そういうことらしいんだよ」


「道理でここの奴ら、歳の割に達観した奴が多いわけだ」


「というわけで、ロウさんに勝てば変わる可能性が高い」


「知らねえよ。どうせリベンジするつもりだったし」


「少しは関心はないのかよ」


「当事者でもない俺達が同情したって仕方ねえだろ。お前は何かしたいのか?」


 ヒノが不機嫌そうにシロガネに問いかける。

 その声には、昼間の疲れと、ロウへの闘志が混じっていた。


「俺は……」


 シロガネの脳裏に、元の世界で見捨ててきた人々が浮かぶ。

 廃墟の中で見捨てた子供の声が、静かな夜に微かに響くように蘇った。


「俺達ってずっと見捨てながら生きてきたよな」


「そんな余裕なかったからな」


「でも今の俺達には余裕があるだろ。あの子はあのまま進めば、きっと壊れる」


「その前に仲間に後ろから刺されるんじゃねえのか、あいつ」


「お前もそう思うなら……頼むよ」


 シロガネが真剣な顔でヒノに頭を下げる。

 その瞳に、過去への悔恨と、今への決意が宿っていた。


「はぁ」


 ヒノは寝たまま、視線だけをシロガネに送り見つめる。

 月光が彼の顔を照らし、微かな苛立ちと懐かしさが混じった表情が浮かんだ。


「なんか昔のウザいお前に戻ったみたいだな」


 真剣なシロガネを見て、ヒノが笑いながら揶揄う。

 シロガネは顔を少し赤くする。

 その反応に、ヒノの笑みが一瞬深まった。


「わ、悪いかよ……!」


「いいんじゃね。その方がお前らしいからな。つか、お前が戦ってもいいだろ」


「俺は……多分勝てない。そんな気がする」


「まぁ、少しは考えて戦うよ」


「あと、このガーデン、凄い借金があるらしいんだよ」


「はぁ?」


 突然の話題転換に、ヒノが思わず声を上げる。

 その驚きが、静かな部屋に軽い波紋を広げた。


「急いで復興しようとしたせいで、他のガーデンからかなりぼったくられたんじゃねえかな」


「この世界もお人好しばかりじゃねえってことか。……もしかして、それも俺達で頑張ろうって話か?」


「俺は頑張りたいと思ってる」


 シロガネの甘さに、ヒノが呆れた顔を見せる。

 その表情に、戦友への苛立ちと理解が混じっていた。


 一度目を閉じて考えた後、ヒノが口を開く。

 静寂の中で、彼の声が落ち着いて響いた。


「まぁ、ここの生活は心地いいし、おじさんに拾ってもらった恩もあるか」


「なら」


「俺もこのガーデンのためにキリキリ働くことにするか」


「やっぱり、お前も何だかんだいい奴だよな」


 シロガネがヒノに近寄り、腕を肩に回しながら褒める。

 その笑顔が、月光に照らされて柔らかく輝いた。


「うるせえよ。くっつくな、アホ」


「何にしても目標は決まったな。これから頑張ろうぜ、キョウヤ」


 そう言うシロガネは、元の世界では見せなかったほど嬉しそうだった。

 その表情に、過去の重さから解放された軽さが滲んでいた。


「はいはい。もう寝るぞ」


 口には出さないが、本来の輝きを取り戻してきたシロガネを見て、ヒノは少し嬉しかった。

 その気持ちが、眠りに落ちる前の静かな温かさとなった。


 その後、二人は眠りに就き、夢で昔の記憶を見た。

 静かな夜が、彼らの過去と今を繋ぐように包み込んだ。


---


 シロガネの夢は、資源を求めて廃墟のビルに来た時のもの。

 崩れたコンクリートの隙間から冷たい風が吹き込み、埃と錆の匂いが鼻をついた。


「おい、アイツらに見つかる前に早く逃げるぞ」


 戦闘装甲『迦具土神』を装着したヒノが、『鳴神』を装着したシロガネの肩に手を置く。

 装甲の重い音が、廃墟の静寂に響いた。


 シロガネの目の前には子供がいた。

 左足と左腕がなく、ここらの化け物にやられたのか、人間にやられたのかは分からない。

 その小さな体が、瓦礫の中で震えていた。


「生体チェッククリア。武器も未所持。だけど、そいつを担いでアイツらから逃げるのは不可能だ。行くぞ」


「ああ、分かってる。分かるけどよ……」


 仮に助けたとしても、ヒノ達には障害を抱えた子供を養う余裕が今はない。

 食料も燃料も乏しく、生き延びるだけで精一杯だった。


 シロガネが中腰になり、子供に一言だけ告げる。


「ごめん……」


 バーニアの点火音が響く。

 ヒノが外へ出て飛び立った。

 その背中が、灰色の空に溶けていく。


 追うようにシロガネも出ようとした時、微かな声が聞こえた。


「た……す……けて……」


 微かな声だったが、『鳴神』の音声システムが確実に拾い、シロガネにははっきり聞こえていた。

 その声が、心に鋭く刺さった。


 一瞬歩みが止まるが、すぐ前へ進み始める。


「……ッ」


 シロガネは振り向かず、『鳴神』のバーニアを点火させ、その場を去った。

 背後で響く微かな声が、風に消えていった。


---


 ヒノは別の場面の夢を見ていた。

 汚染された大地が広がり、空は鉛色の雲に覆われていた。


 ヒノとシロガネがいた世界は、海も大地も空も取り返しのつかないほど汚染されていた。

 それでもなお、人間は生きるために資源を奪い合い、殺し合う。

 そんな世界でヒノ達は生きていた。

 瓦礫と錆が広がる荒野で、希望は遠く感じられた。


「そっち、なんか使えそうなもんありそうか?」


「いや、特に何も」


 ヒノがやる気のない声でシロガネに問いかけ、シロガネが返す。

 その声が、荒涼とした風景に虚しく響いた。


 そのまま落ちているガラクタを掻き分けながら、二人は会話を続ける。

 クソまずい空気も毎日吸っていれば、もう何も感じない。

 汚染された風が、肌にまとわりつくだけだった。


「こんなことするより、他の奴らから奪った方が何十倍も楽だな」


「無駄な争いするのはダメだって」


「無駄ではないだろ」


「……そうだな」


 シロガネが深いため息を吐く。

 二人はここに至るまで地獄の日々を送ってきた。

 自分達の故郷は消え、空船にいた仲間を失い、今はあるかも分からない使えるガラクタを探している。

 その重さが、ため息に滲んでいた。


「この世界……ここから戻れると思うか?」


「あ? 無理に決まってんだろ。あれ見てみろよ。もう手遅れだ、手遅れ」


 ヒノが変色した海を指差し、シロガネに言う。

 その海は、かつての青さを失い、毒々しい色に染まっていた。


「俺達の最後ってどうなるんだろうな」


「さあな。ただ、死ぬ前にこんなクソな世界にした元凶のあいつを後悔させて殺したいな」


 ヒノが真面目な口調で殺意を込めた言葉を放つ。

 その声に、静かな怒りが宿っていた。


「……その時は俺も付き合うからな」


「トドメはお前に譲ってやるよ」


「……ああ」


 そんな話をしていると、止めていた空船から一人の少女が降りてきた。

 その小さな足音が、荒野の静寂を軽く破った。


「キョウヤ兄とヤマト兄、なんかあった?」


 少女の名前はミナセ・メイ。

 ミナセ・アヤという、ヒノ達と同じ歳の女性の娘である。

 父親はすでに死んでいる。

 その小さな体に、過酷な世界の重さが乗っていた。


「いやぁ、何もねえよ」


「……私も手伝うよ」


 ヒノが答えると、メイが申し訳なさそうに声を出した。

 そしてガラクタを漁り始める。

 その小さな手が、汚れた金属を掻き分けた。


「おいおい、メイは休んでろって」


「私だって、もっとみんなの役に立ちたい……」


 シロガネが止めても、メイは止まらない。

 メイの声からは悲壮感が伝わってくる。

 まだ10歳前半なのに、人の死を見過ぎたのが原因なのは明らかだった。

 その瞳に、幼さとは裏腹な暗さが宿っていた。


「うわっ!」


 ヒノがメイを後ろから両手で持ち上げる。

 その動きが、彼女を軽く驚かせた。


「もうこんなとこ探しても意味ねえよ。帰るぞ」


「ちょっと手伝い始めたばかりだよー! キョウヤ兄ぃ!」


「ははっ……ん?」


 シロガネがヒノとメイのやりとりを見て笑っていたが、ふとメイの漁っていた場所に目が吸い寄せられた。

 その瞬間、何かが頭をよぎったが、夢の中で曖昧に消えた。


---


「……」


 ラルナーの家の部屋のベッドで横たわるヒノが夢から目を覚ます。

 仰向けのまま起き上がらず考える。

 窓から差し込む朝の光が、部屋を穏やかに照らしていた。


「(ここから先、何があったんだっけ?)」


 思い出せない記憶を失ったのか、そもそもなかったのか、ヒノには分からなかった。

 その曖昧さが、心に微かな不安を残した。


「……」


「ぐー……」


 安らかなアホ顔で寝ているシロガネを見るヒノ。

 元の世界ではそうそう見ない表情だ。

 その無防備な寝顔が、平和な今を象徴しているようだった。


 ヒノがベッドから離れ、窓を開ける。

 そこから見える光景は平和そのものだった。

 ガーデンの家々が朝の陽光に輝き、遠くで鳥の声が響いていた。

 だが、今日はその平和をぶち壊す行動をヒノは取るつもりだった。

 その決意が、静かな朝に鋭い影を落とした。


---


 学園でいつも通り過ごし、授業が全て終わり自由時間になった瞬間、ヒノはすぐ教室にいるロウ・アイリスの元へ向かう。

 教室の喧騒が静まり、昼の陽光が窓から差し込む中、生徒達の視線が集まった。


「ちょっと、いいか?」


「……何?」


 綺麗な顔なのに相変わらず無愛想なロウが椅子に座っている。

 隣にはアンナが立っている。

 ロウの冷たい瞳が、ヒノを静かに捉えた。


「この前のあれ、ちょっと油断しすぎてたから、再戦させてくれ」


「えぇ……」


 ヒノの苦しい言い訳と直球のリベンジ宣言に、隣にいたアンナが思わず呆れた声を出す。

 その声が、教室の静けさを軽く揺らした。


 ロウは無言でヒノを見つめる。

 周りのクラスメイト達もヒノの声を聞いてざわつき始める。

 そのざわめきが、教室に微かな緊張感を広げた。


「何回やっても変わらない。何も捨ててない君は私に勝てない」


「何の話だよ」


 慣れたようにロウが席を立ち、ヒノに背を向けて歩き出す。

 その背中に、ヒノが投げつけるように声をかける。

 昼の光が彼女の影を床に短く落とした。


「逃げんのか?」


「……は?」


「この前やった最後の一撃。ビビってただろ?」


「ッ……」


 不機嫌そうに振り向くロウが感情を剥き出しにし、舌打ちをする。

 その音が、教室に鋭く響いた。


「悪い、図星だったか」


「……」


 ヒノの追加挑発に、ロウが心底呆れた様子を見せる。

 その表情に、冷たい苛立ちが浮かんでいた。


「君みたいな人は何人もいた。再戦後もまた負けて言い訳して――」


「じゃあいいだろ。俺も同じ目に合わせれば」


「……」


「二人とも、そんな殺伐とした雰囲気はやめましょうよ……ほら! 私達、クラスメイトですし」


「(悪いけど、そうしないと勝ち逃げされそうだからな)」


 ヒノが心の中でアンナに悪いと思いながらも態度を変えない。

 その内心が、彼の挑発的な声に隠れていた。


 アンナが今にも殴り合いになりそうな二人の間に挟まって止めようとするが、止まらない。

 その動きが、教室の空気をさらに緊迫させた。


「俺は白黒つけたいだけだ」


「君は黒だったよ」


「だから油断してただけだって」


「油断する方が悪い」


「いいからやろうぜ(確かにその通りだ)」


「二人とも、もうちょっと穏やかに……」


 止まらないヒノに困り果てるアンナ。

 そこに一人の男が視界に入る。

 教室の隅で静かに見守る影が、昼の光に映えた。


「……あっ、シロガネ!」


「ん?」


 遠くから眺めていたシロガネを見て、アンナが駆け寄る。

 その足音が、教室の床に軽く響いた。


「ヒノにもっと穏やかにやるよう頼めないですか?」


「あいつ、熱くなると止まらないから」


「そんなー」


 アンナががっかりしながらロウ達の方を見ると、先ほどより悪化した姿が目に入る。

 ヒノとロウの間に、火花が散るような空気が漂っていた。


「もういいよ。どこでやるの? 潰してやる」


 ロウが不機嫌パワーを解放するかのように言葉を荒げる。

 その声が、教室に冷たい怒りを響かせた。


「いいね。これから採取任務を理由にガーデンの外に出る」


 どこでやるかは、予め計画を立てて準備していたヒノ。

 その計画が、静かな決意と共に口から出た。


「外で?」


「中じゃお互い本気でやれねえだろ」


「外でやれば止める人はいない」


「そうだな」


「君の命は保証できない」


「こっちは保証してやるよ」


「……」


 ヒノの連続挑発により、ロウの心は今にも爆発寸前だ。

 その瞳に、冷たい闘志が燃え上がっていた。


---


 ギルド・ユグドラシルという建物内の受付で、女性に薬草の採取依頼を受けるヒノ。

 木と石でできたその建物は、依頼を求める人々で賑わい、壁には古びた掲示板が掛かっていた。


「えっと、その人数でこの依頼を?」


 ヒノの後ろにはクラスメンバー全員がいる。

 依頼に対して過剰な戦力なのは明らかだ。

 その異様な人数に、受付の女性が目を丸くした。


「俺が依頼受けるの初めてなんで、アイツらが教えてくれるんです」


「あぁ、なるほど(全然教えてる素振りないよね)」


 適当なことを言うと、受付の女性がすぐに納得してくれたとヒノは思っていた。

 その軽いやりとりが、緊張を一瞬和らげた。


---


 依頼を受けたので、次は外へ行くために門まで移動する。

 昼の陽光がガーデンの壁を明るく照らし、遠くで鳥の声が響いていた。


「えっ、どうしたんだ? みんなでぞろぞろと」


 門番をしている男が驚いた様子で聞いてくる。

 その声に、田舎らしい素朴さが滲んでいた。

 それにユウジが答える。


「みんなで西の森に採取仕事だ。俺たちのクラスに入った二人との親睦を深めるためにな」


「そ、そうなのか。いやぁ、こんな精鋭揃いで豪華だなぁ」


 奇妙な目で見られたが、これでやっとロウ・アイリスと再戦する準備ができた。

 門が軋む音と共に開き、昼の光が彼らの背中を照らした。


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