生まれた理由
「よくこんな場所見つけたな」
「昔は一人になりたいことが多かったから」
ヒノとアイリスはユグドラシルの枝に腰を下ろした。ここはちょうど月明かりをすべて受け入れる場所だった。夜空が広がり、星々が静かに瞬き、木々の間を抜ける風が二人の髪をそっと揺らした。
「それで、何が聞きたい?」
少し酔って上機嫌なのか、ヒノの声色は明るい。アイリスは少し考える素振りを見せると、口を開いた。彼女の目には、月光が映り込んでいた。
「キョウヤの本当の過去」
「その話か……。まあ、もう命を賭け合った仲だしな」
「……まず、俺たちは違う世界、それか遠い過去から来た。このどちらかだ」
「違う世界か過去……?」
「多分な」
「冗談じゃないよね?」
「大真面目だ」
「……」
ヒノは自分たちが生きた世界について語り始めた。発展しすぎた科学力によって自然の緑が失われ、汚染された世界。そこでは獣が異形の姿となり、人間たちは少ない資源を奪い合っていた。そして、そんな世界でずっと戦い続けてきたことを。彼の声は低く、遠くを見つめるようだった。
「ヒノの異常な戦闘能力って、そういうことだったんだ」
「こんな突拍子もない話を信じるのか」
「信じるよ。キョウヤだから」
「……」
簡単に信じてくれたアイリスに、ヒノは少し驚いた。もっと疑われると思っていたが、予想とは違っていた。少しの沈黙の後、彼女がさらに質問する。風が一瞬止まり、静寂が二人を包んだ。
「ヒノはその世界の家族は?」
「死んでる。いや、俺が殺した」
「え……?」
その答えにアイリスは混乱した。自分の親を殺したという発言は、彼女にはまるで理解できなかった。しかし、ヒノが理由もなくそんなことをする人ではないと知っている。だから尋ねる。彼女の声がわずかに震えた。
「なんでそんなことを?」
「色々あってな。話すと長くなるぞ?」
「話して。私は知りたい」
「……まず、俺が生まれたのは母親の腹の中じゃない」
「……?」
「ほら、薬とか入ってるガラスの瓶あるだろ? あんな感じのやつの中で父親に作られた」
「……キョウヤの世界じゃ、そんなことができるの?」
「俺の世界でもかなり珍しいかな」
「何でそんなことをしたの?」
「……俺の父親はある組織のリーダーでな。ここで言うならギルドマスターみたいなもんか。でも、病にかかって、もう体が持たなかった」
「……」
「だから代わりの体が欲しかったんだよ」
「代わりの体って?」
「俺」
その話を聞いたアイリスは、なんて言えばいいか分からなかった。彼女の瞳が揺れ、言葉を探すように宙を見た。
「そのせいで作られた時に脳を色々弄られててさ。さっきリースに言われたことだけど、俺には性欲を持てないようにされてる」
「なんでそんなことを?」
「さあな。たぶん、俺にはただ強い肉体を鍛えることだけに集中させたかったんじゃないか。他にも恐怖とかの感情を抑制されてる」
「……でも、キョウヤが今生きてるってことは?」
「まあ、色々あって体の主導権を取り戻して、やり返してやったわけ。本当、最後まで碌でもない父親だったな」
「……話してくれてありがとう」
「感謝されることじゃないだろ」
「話したくないことだと思うから」
「アイリスは他の奴らと違って静かに聞いてくれるからな。話しやすいだけだ」
「リースに話したら騒ぐどころか拡散しそうだもんね」
「だろ?」
「……お返しって言うのは違うけど、キョウヤに話したいことがある。いや相談かな」
「なんだ?」
「私の異能についてのこと」
「異能? 氷だろ」
「……もう一つあるの」
「は?」
ヒノは驚いた。氷だけでも十分強いのに、さらに何かあるのかと。彼の目が一瞬大きく見開かれた。
「なんで使わないんだ?」
「炎災の時にお父さんたちと戦った時に、力が制御できなくて迷惑をかけたから」
「迷惑って?」
「お父さんの大剣の一つを壊した。あれはかなり戦況を左右したと思う」
それがアイリスが負い目に感じる大きな原因だった。彼女はその後も活躍していたが、人間とは活躍よりも一つのミスが気になるものだ。彼女の声には、かすかな後悔が混じっていた。
「で、どんな異能なんだ?」
ヒノは特に気にする様子も突っ込む素振りも見せず、アイリスに尋ねた。彼の声はいつも通りの落ち着きを保っていた。
「重力っていうのを操れるの」
「重力?」
星が物体をその中心に引きつけようとする力。それを操れるというのだ。炎災の日に覚醒した、もう一つの異能だった。彼女の言葉に、風が少し強く吹いた。
「ちょっと試してみろよ」
ヒノは右腕甲を生成すると、外して地面に置いた。金属が地面に触れる乾いた音が響いた。
「え、でも……」
「俺の秘密、話してやっただろ?」
「うぅ……」
アイリスは渋々彼の腕甲に触れた。トラウマで制御が難しいのか、顔に汗を浮かべる。しばらくすると、腕甲がフワフワと宙に浮き始めた。月光に照らされ、金属が不思議な輝きを放った。
「おお、すげぇじゃん」
次の瞬間、腕甲は潰れて壊れてしまった。アイリスですら制御が難しい力だと分かる。ガシャンという音が静寂を切り裂いた。
「はぁ……はぁ……やっぱりダメ」
「……凄いパワーだな」
制御できない様子を見て、ヒノはあることを思い出した。戦闘装甲に付いている反重力装置は、バリアフィールドを纏っていないと上手く機能しないということを。ちなみに、反重力装置とバーニアで空を飛ぶのが、彼の世界の戦闘装甲の主流だった。彼の目が遠くを見た。
「次は氷で包んでやってみろよ」
「え?」
「はい、次は左腕」
左腕甲を外してまた地面に置く。アイリスは腕甲を氷で包んでから重力を操った。すると、彼女は驚いた表情を見せた。氷がキラキラと光り、冷気が漂った。
「あれ? さっきより……」
どうやら氷で包むと、中の物体の重力操作が簡単になるようだった。腕甲が安定して浮き、彼女の手がわずかに震えた。
「何事も試してみるもんだな」
そう言いながら、ヒノは胡座をかいて座った。地面に触れる彼の姿は、どこか自然体だった。
「やっぱりヒノといると、私はどんどん強くなれる」
「人間ってのは周りに多いほど強くなるもんだ」
そのまま二人は「重力」の使い方や、自分たちの異能の活用法について話し合い、盛り上がっていった。月が少しずつ動き、夜が深まっていった。
話しているうちに、ヒノは睡魔に襲われ始めた。
「(こいつが二つの異能を使いこなしたら、俺、勝てるかなぁ)」
「ヒノ?」
「……(まあ、やりようはいくらでも……)」
そんなことを考えているうちに、ヒノは寝落ちして横になってしまった。それを見たアイリスは運ぼうかと思ったが、気持ちよさそうに寝ている彼を見てやめた。静かな寝息が聞こえ、彼女の表情が柔らかくなった。
「(でも、頭痛そう。そうだ)」
アイリスはヒノの頭を自分の太腿に乗せた。彼女の動きは優しく、そっと彼を支えた。
「あの時のお返し」
そのままアイリスも樹木を背にして、月明かりに照らされながら寝落ちした。星々が二人を見守るように輝いていた。
「ん……?」
ヒノが目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていたのか、朝になっていた。そして、寝心地の良さにも気づいた。朝陽が木々の間から差し込み、柔らかな光が彼を包んだ。
「(アイリスが気遣ってくれたのか。おかげで頭痛くねえわ)」
アイリスの太腿から頭を上げて立ち上がると、アイリスが枝を枕のようにして寝ていることに気づく。彼女の寝顔は穏やかで、朝露が髪に光っていた。
「(こんな枝、生えてたっけ?)」
見覚えのない枝だったが、特に気にしなかった。その後、二人は起きて帰ったが、捜索隊が出されていて迷惑をかけたことが発覚した。帰り道で聞こえた仲間の声に、二人は苦笑いを浮かべた。




